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壊れかけの世界で第二の人生を  作者: ひいこ
第一章
9/22

準備期間

 



 側近らが王子への報告と部屋の片付け、それから新しい部屋の準備をしている中、私はミレーリットの説教を聞いた。


「ごめんなさい」

「はあ……。一体何をなさったんですか?」


 完全にミレーリットが他人に対する愛想を崩して私に言った。ミレーリットは私が傷つけしまった本達を丁寧に風魔法で乾かしている。比較的安価で燃えてしまった物はもう灰になってしまっている。


「その、ステッキに魔力が流れていく感覚がわからなかったんです。だから、なんとなくで魔力が流れていく想像をして、火をつけるイメージをしたら、ぼわあっと燃えて」

「……どういうことですか?」


 私でも変な説明をしている自覚はある。でも、それ以上どう説明していいのかわからない。他にどんな説明の仕方があるだろうか、と頭の中で考えていると、ミレーリットが「感覚がわからなかったのですか?」と復唱するように呟いた。


「え? はい」

「あれだけの魔力を使っているのに……なんてこと」


 口を手で覆って驚いているミレーリットの後ろで、準備を整え終えたエドワードも目を見開いて固まっていた。

 ミレーリットの表情は次第に険しくなっていき、私を見据えた。その目には焦りや困惑が滲んでいる。


「貴方の魔力量は計り知れない程巨大なようですね」


 姿が完全にこの世界基準での子供なので、こんなに多くの魔力を持っているとは正直思っていなかったらしい。

 水入れが大きければ大きい程沢山の水が入るように、魔力も体積が大きい人間の方がより多くを蓄えることが出来る。

 だから、上級貴族であっても大人より子供の方が魔力量は少ないし、練習を積み重ねて魔力の扱いや蓄え方を感覚で覚えて増やしていく。

 なのに、私は子供で魔法を使ったことすらないのに多量の魔力を使う魔法を易々と発動させてしまった。


 愛子を殺すための贄として異世界人を召還した。

 その言葉が冗談でも脅しでもなく本気の作戦だったと今更気付いて、ミレーリットの肩に力が入った。


「シオン様、早急に魔力をコントロールできるようにならなければいけません」

「私もそう思います」


 無残な状態の部屋から整えられた部屋に移って本気で思った。練習の度に部屋を一つ潰していたら、大きなお城でも何日ももたない。


「場所を用意します。ですから、今日は座学のみに致しましょう」


 いつも通りといえばいつも通り。

 私は貴族の相関図を見たり、字の練習をしたり、淑女らしい仕草や立ち振る舞いを学んだ。




 その日の夕食後、私はレオナルド王子に誘われて食後のティータイムを共にすることになった。

 貴族の挨拶を終えると、「今度は部屋を燃やさぬように」と苦笑された。王子が一口お茶を飲み、私に向き直った。


「ミレーリットから報告は届いている。ステッキは本来魔法を発動するのに必要不可欠な魔術具だ。シオンは唱えるだけで魔法が扱えると聞いたが、それでは感情や感覚に左右されやすいだろう。なるべく早くステッキを使いこなせるようにしなさい」

「はい」


 腰にある杖を見下ろして、私は頷いた。

 魔法や魔力の概念は座学で知ったけど、やっぱりこの世界の常識は私にとってはファンタジーなのでなかなか理解しにくい。

 魔力の流れとかなんとかってのも、ゲームのように数値やメモリがあればわかりやすいのに、なんて思う。

 蜂蜜漬けされた干した果物を口にした。先程の話は雑談の域だったようで、「本題だが」と王子が切り出した。


「もうすぐ収穫祭がある。収穫祭は王族と全貴族が参加しなければならないが、下働き以外は立ち入り禁止だ。しかしだからといって君一人を城に残しては攫われてしまうだろう。そこで、君を堂々と収穫祭に参加させるために、君をフォーサイス家の養女にすることに決まった」

「へ?」


 なぜそんな話になっているのだろう。しかもフォーサイスって聞いたことがある。相関図に載っていたはずだ。ええと、えーと……ああ、思い出せない。


「君は南西部の領地を治めていたメトカーフ伯爵家当主の令嬢だった。しかし内戦によって没落し、令嬢は貴族の立場を失いかける。しかし、親族であり令嬢の優秀さを知っていたフォーサイス侯爵が引き取った」


 優秀、だとか元伯爵家の令嬢だった、とか色々ツッコみたい。けれど、上の者の言葉を遮ってはいけないと習ったところなので、私は戸惑いつつ聞くことにした。


「そうだ。シオン、年はいくつだ?」

「二十歳です」

「ん? ああ、十二歳か。ならば本来社交界デビューするのがその年なので問題ない。歳の割に小柄なのは病弱だったとでも言っておこう」


 二十歳といったのに十二歳に訂正された。解せぬ。

 話は進み、フォーサイス侯爵と会うのは二日後だと言われた。ちなみにフォーカス侯爵家は私の護衛を勤めてくれているアレックスの実家。つまり、私はアレックスの妹で、レオナルド王子の護衛であるヒューバートの従妹になる。

 突然出来た兄を見ると、アレックスはにっこり微笑んだ。


「シオン様、家族間では私を”お兄様”とお呼び下さいね」

「わ、わかりました」

「フォーサイス侯爵家は王族と関わりが深くこちら側の忠臣だ。現当主のフォーサイス侯爵はとても勤勉で真面目な男だからよく彼の話を聞くように」

「はい」

「勿体ないお言葉です」


 アレックスがゆっくり膝をついた。

 ちゃんと覚えなくちゃ、と何度か頭の中で家名を呟く。手続きは顔合わせの時に行い、今日は報告だけだそうだ。

 私以外の人は一先ず上手く纏った、といった顔をしているが不安要素しかない。私はここにきてまだ数週間程度の、本当に短い期間で、字も覚え切れていないのだ。


「……あの、レオナルド王子。その、いくらなんでも無理があると思います」

「ん?」

「私……いえ、わたくし、まだ貴族の常識もわかっていないですし、優秀な令嬢の振る舞いなんて出来ません。それに、没落貴族といえどどこから私の出生がバレるかわかりませんよ」

「貴族の常識や振る舞いはミレーリットが必ず叩き込んでくれるだろうし、出生についてはなんとでもできよう。没落貴族となったのはメトカーフ伯爵家だけではなく、そこと親しくしていた貴族はもれなく共倒れしている。今残っている貴族に旧家の親族は誰もいないし気にする事はない」


 つまり、死人に口無しということだろうか。

 私が口元を痙攣らせていると、背後で名を出されたミレーリットが使命感に駆られた表情をしていた。目が合うと、圧のある笑顔を向けてきた。ひええ!


「君はただ微笑んでいればいい。社交界デビューして数年経った者ならそれ相応のものを求められるが、デビューしたての子供に多くは望まない」

「そうですよ、シオン様。あ、当日はアレックスの後ろに隠れて立っているだけでいいですよ」


 コーネリアスが揶揄うようにそう言った。アレックスを見ると頷いている。

 初めの挨拶さえまともに出来れば、後は大人達の場になるようで特には問題ないそうだ。


 ……なあんだ。すっごく気負ってたのに。めちゃくちゃ楽じゃない。


 ふう、と肩の力が抜ける。挨拶さえまともに出来ていればオッケーならこんな簡単な社交はない。

 私が得意げに笑うと、王子が胡散臭そうなものを見る目で私を見ていた。


「ミレーリット、頼んだぞ」

「畏まりました」

「シオン、ミレーリットが教えてくれる全てを覚えるんだ。これから毎晩会議を行うから、その時にテストをするからな」

「が、頑張ります……」


 私は王子の念押しを受けて、側近達と退出した。

 ミレーリットだけでなく、王子直々の命令とあって、他の側近達も顔が強張る程に緊張した様子で私を見下ろしていた。




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