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壊れかけの世界で第二の人生を  作者: ひいこ
第一章
7/22

襲撃

 



 衝撃を受けた後、一旦休憩を挟んだ。

 美味しいお茶にたっぷり蜂蜜を溶かして飲んだら、とてもホッとする。息をついて、私は再びミレーリットを見た。読んでいた本を閉じ、ミレーリットは私に微笑む。


「そういえば、レオナルド王子はおいくつなんですか?」

「レオナルド様は十四歳でいらっしゃいます。今年、成人を迎えられますよ」


 はえ!? 十四歳? どう見ても十七~十八歳くらいじゃない!


 すらりとした長身の整った顔の美青年を思い浮かべる。少年らしさは残るものの、纏っている空気が大人っぽ過ぎて全くそう見えない。

 あれが十四歳なら、そりゃ私は十歳そこそこの子供に見えるよな……と思った。いや、納得したくないけど。


「未成年だったんですか」

「はい。成人されたら、恐らく王太子への就任式があると思います。就任式は町全体で祝うものですから、来年のラスティラルフはとても華やかな一年になりそうです」


 楽しみですね、と笑う側近に私は疑問が浮かび上がってくる。

 王太子とは、王位継承権がある者の中で最も優れた次期国王と認められた者に与えられる称号だ。第一王子や第三王子がいるのに、そんなに簡単に決まることなのだろうか。


「レオナルド王子が就任するのは決定事項なのですか?」

「当然でしょう。神の愛子であり、剣術や学問においても優秀で、国を思う王の素質もお持ちですもの」

「それに、第一王子のアダルブレヒト様の母君は男爵家の令嬢で身分が低く、元々王位継承権は御座いません。第三王子のユーリエス様は王位継承権をお持ちですが、まだ八つと幼く王太子には即位出来ません」


 レオナルド王子は生まれながらに王位継承権第一位らしい。

 若いのに凄いな、しっかりしてるな、とさっきから他人事な褒め言葉しか出てこない。

 あれだけかっこよくて中身も素晴らしいと側近たち全員が言うのだから、さぞモテることだろう。彼の結婚相手はどんな人なんだろう。


「レオナルド王子と結婚される方は一体どんな方なんでしょう? とても素晴らしいのでしょうね」


 興味本位で先ほどの恋バナと同じ感覚で質問したら、側近全員が渋い顔をした。

 あれ? 私、失言した?

 不安に思いながら様子を伺うと、やんわり微笑まれた。


「レオナルド様に婚約者様はいらっしゃいません」

「え?」


 女性陣は手を頬にあて、「仕方ない人」と言いたげに苦笑している。男性陣はレオナルド王子の過去を思い出しているのか恨めしそうな、羨ましそうな遠い目をしていた。


「王太子になられるのなら、次期国王ですよね? なら早くお相手を見つけた方がいいんじゃ……」

「それはそうなのですが、レオナルド様の妃になられる方は必然的に王太子妃に、そしてゆくゆくは王妃になられます。ですから、レオナルド様はとても多くの条件を提示されているのです」


 王妃の素質がなければどれだけ美しい姫でも、どんなに位が高くても、王と共に国を治めることが出来ないと判断した女性との縁談は片っ端から断っているらしい。その中には誰もが見惚れる絶世の美女もいたらしく、レオナルド王子の理想の高さには国王も手を焼いているそうだ。


「その……大変ですね」

「ええ。けれど、レオナルド様の言い分は最もなのです」

「王妃になられる方が困った方ですと国が荒れる原因になりますからね」


 ふう、と呟いた言葉にはとても重みがあって、私はなんとなく違和感を覚えた。


 ……もしかして、この国も荒れているのかな?


 そんな事は聞けず、勉強を再開し今日の復習を終えたら夕食の時間がやってきた。

 準備が進められる中、ぼんやりと窓の外を見る。ゆっくりと日は落ち、空は藍色に染まっていく。少しずつ姿を現した星が夜空を彩る頃には夕食の準備は整い、食事を摂った。




 食後のお茶を飲みながら、のんびり過ごした。

 今日は王子からの呼び出しもなかったので、ちょっとだけ気が楽だ。お嬢様言葉というか、丁寧な言葉使いは難しくて疲れる。


 じんわりと美味しいお茶の香りがいっぱいに広がっていく。こんなにおいしい紅茶を飲んだのは初めてだ。そうエリーゼを褒めると、少女ははにかんで喜んだ。可愛い。

 お茶を飲んで一息つきながら、今日学んだ事を頭の中で整理するのは日課になった。もうこの世界に来て一週間以上経った気がするけど、一向に帰れる兆しはないので、レオナルド王子とその側近達にはしっかり調べて欲しい。


 今はまだ大丈夫だけど、一か月以上休むようなことになったら、テストの事もあるし大学の単位が危うい。それに、家族も突然私がいなくなって心配しているだろう。バイトも急に休んでしまって迷惑をかけてしまっているし、急に連絡が取れなくなった友人達も困惑しているはずだ。

 忙しくて忘れがちだったけど、思い出してくると胸が切ない。家族の顔が次々に浮かんできて、寂しいなと感じた。ちょっとだけ弱音が出そうになって、私は慌てて頭を振った。


 マイナス思考に染まり切ったら立ち直れる自信がない。

 パンパンと頬を叩いてお茶を一気飲みしたら、戸惑いがちにリオノーラにはしたないと怒られてしまった。ごめん。




 今日はもう予定がないので、私はお風呂に入り身を清めたら早々に寝台に入った。天蓋が閉められ、空間に一人きりになった。静かに上を見上げて、私は再び思考の海に身を沈めた。


 魔法が存在する不思議な王国。そこに私は闇の神へ捧げる贄として召還され、運よく術者が呪い殺そうとしていた王子に助けられて彼の庇護下で生きている。

 バイト帰りに夜道を歩いていただけでこんな不思議な体験をするなんて、冷静に考えれば考えるほど夢みたいだ。本当は私、車に轢かれて寝たきりになってるなんてことないよね? と不安になる。けれど、ここであった体験、感触、臭い、全てが現実なのだと告げてくる。


 私はどうなるんだろう。それに、この国は今どうなんだろう。


 ほぼ部屋から出ず軟禁状態なので自分の目で見ることが出来ず、薄っすらとした知識しかないけれどとても心配になる。

宗教の問題、派閥争い、必要不可欠なクルレギアの減少、第二王子の暗殺未遂。たった数日いただけの私でもこれだけの問題点を思い浮かべることが出来る。

 まだここの常識に疎いのでそれらがどれくらい深刻なのかはわからないけど、不穏な気配がする。

 そもそも、神の愛子である王位継承権第一位の王子を呪い殺すなんてとんでもないこと、一体誰が企んでいるのだろう。側近たちの話しか聞いていないので断定は出来ないが、彼自身に大きな欠点があるようには思えない。なんとなく、私の直感がそう告げている。


 レオナルド王子の顔が頭に浮かんで、私は薄っすら目を閉じた。


 ……なぜ、あの女は王子を殺そうとしたんだろう。

 呪いを成立させるには、それ相応の贄と対象と同じだけの魔力を持つ術者が必要だ。神の愛子であり王族である王子と同じくらい魔力がある、つまり同じくらい高貴な身分であり、且つ王子が消えて得をする人物って……。


「……スティルエーテ王妃?」


 ぽつりと呟いた時、合点がいった。しかしその次の瞬間にはぞわりと全身に悪寒がして、私は凍てついた。

 頭の中で女の笑みが響き渡り、体中に何かが流れる。言葉に応じられ、絡め捕らえられたような嫌な感じがする。

真っ暗闇の中、女の酷く歪んだ笑みが、細く白い手が私を掴んで離さない。何かが走り抜け、体中を縛りきつく締め付けられた。

冷や汗がぶわっと流れ、呼吸が浅くなっていく。怖くて、苦しくて、気持ち悪くて堪らない。

 ぐわんぐわんと耳鳴りがする。金縛りにあったかのように硬直した体は自由を失い、恐怖だけが能を支配していく。


 ……やだ。やだ、助けて、助けて!


「オリート!」


 恐怖に涙を滲ませ、呪縛を解き祓うように叫んだ。

 その瞬間、天蓋の内側がぶわあっとどこからともなく現れた真っ赤な炎に包みこまれた。火が肌に当たっているのに全く熱くなく、けれどカーテンやシーツは次々に燃えていく。

 頭の中で大きな舌打ちが聞こえた。途端に体を拘束していた力は解け、私は自由を取り戻した。


「シオン様!」


 呼びかけられ、そちらを見た瞬間勢いよくバシャアッと水をかけられた。

 大きく咳き込み、私は蹲る。私にタオルを掛け、リオノーラは必死の形相で私の肩を抱いた。


「シオン様! ご無事ですか!?」

「魔力の気配が消えた? シオン様、一体何が?」


 ミレーリットが眉間に皺を刻んで私の前に立った。私は呼吸を整えながら混乱する思考の中、必死に言葉を紡ぐ。


「急に、頭の中に女性の声がして……そしたら何かが体に流れてくる感じがして、動かなくなって、息が苦しくて……それで、オリートを」

「オリート?」


 ミレーリットが、訳が分からないと言いたげに困惑している。燃えて灰になった寝具と私を交互に見比べて、ミレーリットはしゃがんだ。目に涙を浮かべ、びしょ濡れの状態で震える私をリオノーラは心配そうに見ている。ジェシカが新しいタオルを持ってきて頭巾のように頭に優しく被せ、私の涙を拭った。

 温かい手にホッとする。背を撫でられると漸く緊張が落ち着いてきて呼吸ができるようになってきた。


「何事ですか、ミレーリット。なぜ火が……?」


 護衛のジョサイアが燃えた燃えた布切れを掴んで、訝しげにミレーリットと部屋の惨状を眺めた。ミレーリットは眉間に皺を刻んだまま、燃えカスをじっと見つめている。

 よく見ると部屋には護衛の男達が全員室内におり、呼吸が落ち着いた頃にはレオナルド王子とその側近達もやってきた。


「何事だ?」

「結界が破られ、この部屋から膨大な魔力を感じた」


 寝間着姿の女性を視界に入れないよう配慮しながら、カーレスが問いただす。

 側近達が全員部屋に揃い、話ができるよう環境を整えていく。私も濡れた服を着替え、ジェシカとリオノーラに支えられながら部屋に戻った。

 温かいお茶が用意されていて、私は促されて王子の前の席に座る。

 レオナルド王子は一口お茶を飲み、気遣うように、しかし厳しい目つきで私を見つめた。


「なにがあった? シオン」

「寝台に横になっていたら、急に体が動かなくなったんです。段々息も辛くなって、女性の笑い声が響いて、耳鳴りがして……怖くて、苦しくて、必死で、助かりたくて唯一知ってる魔法の言葉を叫んだんです。オリートって。そしたら急に炎が現れて、体に流れる不快な感覚も耳鳴りもなくなりました。それで、今に至ります」

「レオナルド様の結界が破かれる程の魔力を受けながら、不寝番は何をしていたんだ?」

「異変がして助けようとしたら目に見えない膜のようなものに阻まれたのです。シオン様を襲った者がわたくし達より魔力が強く、反抗されました」

「なに?」


 ミレーリットの言葉に、カーレスが目を見張った。

 王族と関わりが深い上級貴族であるミレーリットを凌ぐ魔力の持ち主など多くない。

 なぜ誰も助けてくれないのだろうと思っていたが、魔力の壁に塞がれていたと知って私は身震いした。彼女達が私を呼ぶ声さえ聞こえてこなかった。あのまま苦しめられ続けていたら、私はどうなってしまっていたんだろう。


「わたくし達が太刀打ちできぬ状態の時、急にシオン様の寝台が大きな炎に包まれました。その瞬間、わたくし達を阻んでいた魔力の壁が消えたのです」


 主がいる寝台が燃え、全員大慌てだったらしい。私も私でパニックだったが、側近もパニックだったようだ。

 ちら、と燃えた布を見て、その視線を感じたジョサイアが布をカーレスに渡した。

 カーレスはじっとその布を見て不可解そうに私を見た。まるで私を警戒しているような、探っているかのような鋭い視線だ。萎縮してしまった私を庇うように、レオナルド王子は軽くカーレスを諫めた。


「確かに魔力を感じます」

「シオン、君は魔術具を持っているのか?」

「持っていません」

「なら、なぜ魔法が使えた? しかもこの範囲のオリートとなると随分魔力が必要なはずだ」


 燃えて黒くなった大きな寝具を一瞥し、レオナルド王子の瞳が再度私を映した。

 私が寝ていたベッドは確かに大きく、大の大人五人が悠々と眠れるほどの大きさがある。

 魔術具がなければ魔法は使えないと聞いていたのに、私だって驚いているのだ。確かに頭の中で大きな炎を想像しながらオリートを唱えたけど、ミレーリットに見せてもらった杖の先っちょにほんのり灯っていたくらいの火があんなサイズになるなんて想像つかない。


「私だって、わからないです。その、私の国では火は魔を祓うと言われていて、だから藁にも縋る思いだったんですけど、まさかあんなことになるなんて」


 大惨事な有様に申し訳なくて、頭を垂れる。

 嘘をついていないと判断したのか、私に対する警戒を解いて皆が顔を見合わせて息をついた。


「魔法に関してはすぐに調べねばな。魔力診断の結果も全属性だったし、なにか関係があるかもしれぬ」

「え? 全属性……?」

「健康診断の時、楕円形の魔術具に触れただろう。あれが魔力を判定するものだったのだ」


 調査中だったからな、と言って王子はさっさとその話を終えた。

 もっと聞きたかったのは私だけらしく、ミレーリットに宥められ話が戻される。


「シオン。襲われたのは急にと言っていたが、寝台で横になっているとき何があった?」

「え?」

「結界には外部の者が君を探知できないようにしてあった。なのに結界は突然破られ、君は襲われた。その前に何かあったはずだ。思い出せ」


 真剣な表情に、肩に力が入る。

 私は事の始まりを思い返した。


 ……ええと。この世界に来てからあった出来事を振り返ってて。家族に会いたいなって寂しくなっちゃって。マイナスな感情を消し去るようにこの国の問題を思い出して、王位継承権と王子の暗殺の事を考えていて。それで……


「……王妃の名を、呟きました」




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