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壊れかけの世界で第二の人生を  作者: ひいこ
第一章
6/22

宗教観と歴史

 



 昨日の夜、特に襲撃に遭うこともなく朝起こされて目が覚めた。

 なかなか寝付けなかったせいか、体が重くまだ頭がぼんやりとする。

 ゆっくりと食事を取って着替えさせてもらい、ミレーリット先生による授業の開始だ。


「昨日、レオナルド様とお話しされていた神話を学びましょうか」

「はい」


 豪奢な飾りが施された革表紙を捲り、羊皮紙の紙を指で撫でるミレーリット。

 少し滲んだ、知らない言葉の羅列を見ながら私はその指を辿る。


 前回までに聞いた神王 クルレインアルジャーノンの話から始まり、四つの神々の事、その眷属、そして災害によって消滅したクルレインアルジャーノンだった光の神と闇の神の話をおさらいした。


「よく覚えていらっしゃいますね。素晴らしいです」


 私の頷きや言葉を聞いて、ミレーリットはとても満足そうに感嘆の息を吐いた。お茶を入れてくれるエリーゼも大きく頷いている。


「眷属は数が多くてあまり覚えられてないんですけど、何度も聞いたのでそのあたりは覚えています。昨日、レオナルド王子も話してくれましたから」


 私は一口お茶を飲んだ。

 頭の中を整理するようにレオナルド王子との話を思い出し、私はふと昨日彼が言っていた「世界が混沌している」という言葉を思い出した。


「あの、ミレーリット。昨夜レオナルド王子が、クルレインアルジャーノンが消滅し、光の神と闇の神に別れた事によって世界が混沌していると言っていたんですが、それはどういうことですか?」


 私が聞くと、ミレーリットは少し顔を引き締めて別の本を開いた。物凄く古いと分かるその本は、とても傷んでいて紙も茶色く変色している。文字は微かに読めるけど、とても歴史の古い貴重な本だとわかった。


 こんな本を私の勉強に使っていいのかな? と思ったけど、そこは王子の権限だ。なんとなく、その権限を大義名分を振りかざしてミレーリットが貴重な本を持ち出している気がするけど、無駄な発言はしないよう黙っておく。


「クルレインアルジャーノンが消え、当時は大騒ぎだったと記されてあります」


 貴重な本を愛でるように指を這わすミレーリットの目はうっとりしている。

 側にいる侍女や護衛達が顔を痙攣らせたのがわかった。


「……ですが、消失して間もない頃は大した実害はなかったようです。しかし人口が増え、魔力を扱える者の増加と共にクルレギアはどんどん減少していきました」


 神々と密接な関わりがあるこの世界では、それが大きな亀裂を生む問題になった。


「けれど日が昇る日中は光の神 メビユライネーツの力が増え、日が沈む夜は闇の神 ベントゼンターナーの力が増える。それを知った者たちが新たな宗派を作りました」


 ミレーリットが一番初めに開いていた歴史書をパラパラと捲り、中盤近くのページを開いて指差した。

 そこには二つの挿絵があり、左ページには光の神 メビユライネーツと信者の絵が、右ページには闇の神 ベントゼンターナーと信者の絵が描かれていた。


 優美な光の女神と、英姿颯爽とした闇の神の絵はとても神々しく、当時の人々がどれほど彼らの力の存在に歓喜したのかよく伝わってくる。


 クルレインアルジャーノンの力が弱まっていく中、それに反比例するように強くなっていく光の神と闇の神の力を人々が崇拝するのは、仕方のないことだったのかもしれない。


「新しい宗派の誕生で、ラスティラルフには三つの宗派が存在します。今まで通り、クルレインアルジャーノンを崇拝する者。光の神 メビユライネーツが女神を崇拝する者。そして、闇の神 ベントゼンターナーを崇拝する者。崇拝する対象の違いから宗教観も異なり、宗派同士で度々諍いが起きているのです」


 それが、世界が混沌としている理由だそうだ。


 死を司る闇の神が生きとしいけるものの命を奪うことは生を司る光の女神を愚弄しているとか、死するはずだった魔獣が日の光と共に与えられる光の神の力によって蘇生したのは闇の神の配下を荒らしたことになるとかなんとか。


 ミレーリットは本を眺め歴史を確かめるように、今まで起きた内乱の原因を話す。


 特に大神殿の宗派はクルレインアルジャーノンを崇めているので、それに異を唱える者が屡々、示威抗議を行なっているらしい。


 私はそれらを痛ましく思いながら話を聞いた。けれど、腑に落ちなくて頰に手を当てる。


「どうして光の神と闇の神を崇める宗派が力を増しているんですか? 魔法が使えている以上、創世の神を崇めるクルレインアルジャーノン宗派の権威は揺るがないと思うのですけど」


 こてん、と首を傾げながらミレーリットを見つめた。


 大変だなあという感想は浮かぶけど、光の神と闇の神の力を扱える人が殆どいないというのに、新興宗教の発言に影響力があるとは思えない。

 それに、長い歴史の中で闇の神の力を呪いとして利用する者が現れてから、死を司る闇の神を崇拝するのはタブー化されているし、内乱の原因の殆どは光の女神宗派と闇の神宗派のいざこざだ。


「……力を与える存在がなくなり、四つの力が徐々に弱まりつつあるのです」


 ミレーリットが呟いた。

 その顔は真剣で、どれだけ深刻な問題なのかわかる。


「クルレインアルジャーノンの力が衰える中、強くなっていく光の神と闇の神の影響力が強まっていくのは仕方ないことでしょう」


 クルレインアルジャーノンなき今、最高神は光の神と闇の神なのですから、とミレーリットは言った。

 明言はしないけれど、二つの宗派を押し切ってしまえる程権力がないのかもしれない。


「それでも、神の愛子であるレオナルド様は特別な存在であり、その親族にあたる王族は揺るぎない地位で在らせられます」


 そう言ってミレーリットは本を閉じ、昼食の準備が進められた。




 昼食を終え、食後のティータイムは休憩時間だ。

 お茶を飲みながら、お菓子を口にする。共に添えられたキャラメルを口の中に転がすと、ほんのりしたバターと甘さがとろけて美味しい。

 神々の名と文字を覚えるのに必死に頭を使っていたから、糖分は有難い。


 ゆっくりしたひと時を過ごして、またすぐに勉強をする。


「貴族の礼儀作法も学んで頂く必要がありますわ」


 そう言って、私の目の前に立つのは侍女のリオノーラとジェシカ。

 ミレーリットは報告へと王子のもとへ行ったので、午後の先生はこの二人になる。


 リオノーラは挨拶や言葉遣い、優雅な振る舞いを私の体と脳に叩き込んでいく。

 彼女らの言葉の端から、私がどれだけ足りなかったのか思い知らされる。貴族の生活なんてした事ないんだから当たり前だけど。


「シオン様、優雅さは指先の角度一つでも変わってきます。瞬きの仕方、表情の作り方、体重移動の一つに至るまで美は宿るのですよ」


 そう言ってお手本を見せてくれたリオノーラは優雅で、本当にお姫様のようだった。

 整った顔を美しい笑顔にしてこちらを見つめられると、女である私さえ見惚れてしまう。


「凄いです、リオノーラ」

「有難う御座います。シオン様もすぐに出来ますわ」


 筋が良いですもの、と褒められればちょろい私は一気にやる気が湧いてくる。

 なんというか、少しだけ神楽と通ずるものがある気がする。あれも全身筋肉痛になりそうなくらい気を張って腕や足の角度、顔の動かし方に気を付けながら舞うのだ。

 集中して体を動かしていると、私自身にも成長が感じられた。こんな風に動かしたら優雅に見えるんだな、とセミナーに参加した気分で行っていたので楽しかった。


「とても良くなりましたね」


 ジェシカが朗らかに笑う。

 私は少し照れ臭くなり、二人にお礼を言った。


「有難う御座います、リオノーラ、ジェシカ」

「礼を言われる程のことでは御座いません。とても集中されていましたね、素晴らしいです」

「シオン様、お疲れでしょうから一旦休憩を挟みましょう。それからまた続きを致しましょうね」


 お茶が淹れられ、休憩しているとミレーリットが戻ってきた。

 私は早速練習成果を見せて、微笑ましそうに見つめられ褒められた。


 ……たくさん褒められると嬉しいね。


 それから何度か練習した後、書士のローレンとエドワードが作成した貴族の相関図を元に座学を学んだ。

 ラスティラルフは初代国王から続く王国で、代々王族が統治してきたらしい。その歴史は千年を悠に超え、現在は二十つの領地と一つの王宮都市で成り立っている。


「レオナルド王子は、初代王の子孫なのですか?」

「はい。レオナルド様も、その兄上で在らせられるアダルブレヒト様や、弟君も皆そうでいらっしゃいます」


 エドワードがそう言って、レオナルド王子の家系図を見せてくれた。といっても私は字が読めないので残念ながら内容は分からない。それに、流石王族というか人数も多いし複雑すぎる。

 全く同じ両親から生まれた兄弟の結婚はないにしても、弟妹同士の結婚があったり、色々常識の違いを痛感する。公爵家などには王族の姫君が嫁いだりしているようで、上級貴族は基本的に王族の親戚にあたるようだ。

 近しい人々との婚姻は強い魔力を持った子を産むため、それから王族の血を絶やさぬ為らしい。

 理屈はわかるけど、凄いなと思った。


「血族関係や派閥などを考えるととても複雑ですね。一日では覚えきれそうにないです」

「そうですね。しかし、日数もあまりないのでなるべく多く覚えましょう」


 エドワードの言葉に頷き、ローレンと二人体制で教えてくれる。

 文字の練習も兼ねているので、板書をしながら歴史を覚えるのはなかなか大変だ。


「国内で、現国王シャワリンツェ・ヘイワード王陛下が最も高貴なお方です。次いで王妃でいらっしゃるスティリエーテ様。その次は王太子殿下でいらっしゃいますがその席は空白ですので御兄弟順に、第一王子のアダルブレヒト様、第二王子のレオナルド様、第三王子のユーリエス様。第三王女のベアトリス様、第四王女のハリエット様、第五王女のディオーナ様です」

「……ちなみにですが、全員王妃様の子ですか?」

「まさか。シャワリンツェ陛下には多くの側室がいらっしゃいますもの。レオナルド様は前王妃のセレフィリア様の御子息でいらっしゃいますが、アダルブレヒト様は男爵令嬢とのお子ですし、他の王女様も側室がお生みになりました」


 スティリエーテ王妃はこの国の上級貴族の令嬢で、第三王子のユーリエス王子と、まだ幼子であるディオーナ姫の母君らしい。王妃様となればちゃんと名前を覚えておかないといけないな、と何度も頭の中で繰り返した。


「第一王女様と第二王女様はいらっしゃらないんですか?」

「第一王女様と第二王女様は他国に嫁がれましたので収穫祭には参加されません」


 第一王女と第二王女の母親の身分が側室であった中級貴族の令嬢らしく、身分が低いので早々に政略結婚が組まれたらしい。第三王女も、上級貴族である公爵家に嫁ぐのでもうすぐ王族ではなくなるらしい。女に生まれると強制的に政治の道具になるこの世界が怖い。


「恋愛が認められないのは、悲しいですね」

「稀に恋愛結婚はありますよ。けれど、悲しいという感情はよくわかりませんね」


 エドワードはさらりと言い切った。

 貴族というものは親が決めた相手と結婚するのが当たり前で、恋愛で決まればよかったね、というだけの間隔らしい。

 私が驚愕していると、ローレンが苦笑して否定した。


「エドワードのように達観している貴族はそこまで多くないですよ。やはり皆、好きな人と結ばれるのが憧れではあります」


 その言葉に、なんとなくほっとした。

 ローレンは既に幼馴染の婚約者がいるそうで、十五歳の成人の時に婚姻を結ぶらしい。


「十五歳で結婚するのですか? あまりに早いと思うのですが……」

「確かに少し早いとは思いますが、親が決めた結婚相手ですもの。普通ですわ」

「わたくしも十五で婚姻を結びましたよ。よくあることです」


 ローレンの言葉に同調して頷くミレーリット。ミレーリットは現在二十四歳で、既婚者どころか二児の母らしい。しかも夫はコーネリアス。美男美女夫婦に、感嘆の溜息が零れた。

 大体、結婚するのが十五歳から二十歳前半で、二十三を過ぎると行き遅れと言われるらしい。

 この世界のスピード感にいちいち驚かされる。二十歳だった私はここの常識でいうともうとっくに結婚していなくてはならなくなる。


「凄い、ですね……皆さま、お若いのに。わたくしも結婚しなくてはいけませんね」

「ふふ、何をおっしゃってるんですか。シオン様は早くてもまだ五~六年後でしょう」


 おませさんですね、と言わんばかりに微笑ましい笑顔を向けてくるミレーリットとローレンの言葉に、私はピシッと固まる。

 結婚するのが十五歳からあり得るという話をしたところなのに、なぜ早くても五~六年後なのか。

 私が驚愕して二人を見ていると、二人は不思議そうに小首を傾げた。エドワードも同じように私を見つめている。


「あの、わたくしのこと、いくつだと思ってらっしゃるんですか?」

「え? ええと……十歳くらいでいらっしゃいましょう?」


 えええ!? 嘘でしょう? 十二~十三歳くらいに若返ったと思っていたのに、まさかの十歳!? この世界で私、小学四年生サイズなの?


 みんな背が高いな、と思っていたけどどうやら私が小柄すぎるらしい。多分、凹凸のない顔も若く見える原因だと思う。にしてもショックだ。

 私より年下の子達が随分甘やかしてくれるなと思っていたけど、お姫様対応なのではなく子供対応だったのだと今気づいた。

 あんぐり口を開けて固まっていると、失言をしたと悟った二人が慌てて言葉を続けた。


「あ、あ~ええと、シオン様のお肌があまりに白く美しいので、まるで赤子のようだと思ったのです」

「ええ、皆で羨ましいと話していたのですよ。本当に艶やかで綺麗でいらっしゃいます」


 ……二人の励ましがつらいよ。




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