神々と魔法
部屋に入ると、昨日よりも人が増えていた。
私は挨拶を済ますと、昨日と同じ椅子は座るよう促され腰掛ける。
レオナルド王子の側仕えによってお茶が注がれる。一口飲むと、レオナルド王子は口を開いた。
「体調はどうだ?」
「よく眠れたおかげで昨日より体調が良くなりました」
「それはよかった」
ふ、と笑うレオナルド王子はとてつもない美形だなと思った。
それは彼の側近やミレーリットも同じで、私は自分の容姿を思い出して苦笑した。
なにをして過ごしていたのかなどの当たり障りない話をした後、レオナルド王子は少し表情を引き締めた。
「十日後、収穫祭を祝う宴が催される。君もそこに出て欲しい」
「収穫祭、ですか?」
私が繰り返すと、レオナルド王子の後ろに立っていたコーネリアスが微笑んで説明を始めた。
「この時期に毎年行われる豊作を祝う祭りの事です。実りを神に感謝し、奉納の儀を行うのです」
それには王族、神職者、貴族、全てが集うらしい。期間は一週間で、神職者の代表である神殿長と神官達が各地の神殿を巡り儀式を行い、王族が参加する最終日に大神殿で儀式と宴が開催される。
そんな大事な宴に何故私が参加するのだろうか。私は戸惑いを滲ませていると、レオナルド王子が座り直して私をじっと見た。
「……昨夜、何者かによる襲撃があった」
「え?」
「侵入者は戦闘ののち捕らえられたが、恐らく君を狙ったものだと思われる」
恐らく、というのはどういう事実を示しているのだろうか。周囲の険しい表情から、自害という言葉が頭を過った。
「収穫祭の時、私は必ず参加しなければならない。私の側近も、君につけたミレーリットも上級貴族なので同じだ。そうなると君がいる城の別館は手薄になり、その時に襲撃を受けたら守りきれない」
ぞく、とした。
あの日、あの祠で受けた殺意を思い出し、私は静かに頷いた。
私一人なら簡単に拐われ、殺される。生贄として喚ばれた私の死は、レオナルド王子の死と直結するのだろう。私の同意に、彼の側近がホッとした表情を浮かべた。
側近達が収穫祭に必要なものとそれまでの準備、注意すべき点などを話し合う。私は聞いても分からないので後で理解するとして、お茶を飲んだ。
沈黙が落ちると気まずい。私はそろりとレオナルド王子を見て、何か話題を! と頭を回転させる。
「あの、レオナルド王子。質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「私、この世界には魔法が存在すると聞きました。レオナルド王子が特別な存在である事も。王子の力であれば、呪いは魔法で防げるのではないですか?」
そう聞くと、彼の側近であるカーレスが眉を顰めた。沈黙破りには重すぎる話だったか、不敬だったか、と私は顔を青くする。
レオナルド王子はそんな様子に苦笑して、優しく説くような声色で話し始めた。
「魔法と呪いは別のものだ。魔法は神王 クルレインアルジャーノンが与えしクルレギアを、己の魔力を使って変化させ発動するものだろう?」
「はい」
「それに対して呪いは、闇の神 ベントゼンターナーに贄を奉納し、自らの体に闇を宿らせる力だ。そもそもが全く違う。だから、魔法で呪いは防げない」
術者の望みを叶えるために対価として贄を奉納させるとは、闇の神 ベントゼンターナーは私の知っている知識でいうと、悪魔みたいな存在なのだろうか。契約者の望みを叶える代わりに、契約者の魂を奪う。よくわからない。
「ベントゼンターナーは闇の神なんですよね? 神様なら、この世界を創世した神王であるクルレインアルジャーノンの力のクルレギアの方が強力なのではないのですか?」
「残念ながら、闇の神 ベントゼンターナーは神王 クルレインアルジャーノンそのものなのだ」
「え? どういう意味ですか?」
闇の神 ベントゼンターナーが、創世の神王 クルレインアルジャーノンそのものとはどういう事だろうか。
私が小首を傾げると、レオナルド王子はおかわりのお茶を飲んで息を吐いた。
「神王 クルレインアルジャーノンがラスティラルフに己が力四つを分け与え、その神々は眷属を従え、この地は発展していった。しかし、ある災害によって神王の在わす神殿が大破した。それによって神王として形取っていた力は二つに弾け別れた。一つが光の神 メビユライネーツとして。もう一つが闇の神 ベントゼンターナーとして」
神話を語る王子の顔は真剣だった。
「分離して、別の存在になったのですか?」
「そうだ。光の神と闇の神に別れ、神王は消えた。そして、二つは生を司る光の神と死を司る闇の神として最高神となった。……それによって、世界が混沌しているのだが、それはまたミレーリットに聞くといい」
「そうですね、私も頭がこんがらがってきました」
神話はまた一から聞こう。
とりあえず、神王が災害によって二つに別れて消えてしまい、光の神と闇の神が誕生した。元々一つだった力が割れたことによって世界は可笑しくなったけど、直ってないらしい。
お互い息をついてお茶を一口飲んだ。私は軽食に用意されていた甘味を一つ食べる。とても甘い果実が入った砂糖菓子だった。
「闇の神 ベントゼンターナーは死を司ると言ったな? 文字通り、命あるもの全ての死を左右する力がある。しかし、クルレギアとは違って、最高神の力を得るには、贄と強大な魔力が必須なのだ。呪い殺す為には対象が強く高貴であればあるほどそれに見合った贄が必要となり、呪い返しに合わない為に大量の魔力を保持した術者が儀式を行わなければならない」
レオナルド王子は火の神 テイルヴァーンの加護を得る愛子であり、王族だ。そのような高貴な方と同じだけの価値を持つ贄を用意し、伝説の存在とされる程強大な力を有する最高神の力を操れる術者の存在がなければ成立しないなんて。
……それって、本来不可能なことをしてるんじゃ?
私の考えはその通りだったようで、私と目が合うとレオナルド王子は頭が痛そうな顔で苦笑した。
「闇の神を崇拝したところで、その力を扱える程の術者がいないのだからと呪いのことは眼中になかった。しかし君が贄としてこの世界に喚ばれ、私は呪いに遭いかけた。これは由々しき事態だ。人の身で神の力に勝つことは出来ないからな」
シン、と静まり返った。
側近達も黙って、難しい顔をしている。
正直、神だなんだって話が大きすぎてついて行けていないのだけど、私を殺そうとしたあの女がとんでもない力を持つ強敵だと分かって身震いした。
私を見つけて祈りを捧げていた姿を思い出し、ゾッとする。
「対策を至急、立てねばなりませんね」
「ああ。証拠が残っておらず術者を捕らえることが出来なかったのが悔やまれる」
王族への謀殺は一族全員極刑だ。
コーネリアスの呟きに、「敵が一掃出来る機会だったのですが」と歯痒そうにカーレスが呟いた。
「私の証言はダメですか?」
「身分のない者の言葉は受け入れられないだろうな。下手すれば、君は極刑になり、君を保護していたこちら側も罰を受けることになる」
あう、身分差の激しい国って恐ろしい。
「じゃあ、私を元の世界に返せばどうですか? 召喚には膨大な魔力が必要なのでしょう? そう何度も連れてこられないと思うのですが……」
「それについても調べているところだ。なんせ最後に異世界人が来たのは遥か昔だからな」
記録が残っていれば良いのだが、と物騒な言葉が聞こえたけど私は聞こえていないフリをした。
まだ文字を読むことが出来ないので「よろしくお願いします」としっかり頼んでおく。
この話し合いの中で決まったことは、なるべく時間を共にする事と調査を続けること。
私個人に関しては、この国の歴史や言葉を覚え、馴染むように努める事だった。
収穫祭までの期間に行うことや準備することを確認し、そろそろお開きかという時にレオナルド王子は腕を組んで首を傾げた。
「シオンを収穫祭に参加させる為の名分が必要だな。どうする?」
王族が参加する儀式は神聖なもので、神殿の許された者と貴族、それから給仕する為の下働き以外立ち入ることは許されない。
下手すれば叛逆者としてその場で切り落とされるかもしれない、と言われ私は周囲の人々を見渡し、王子へ視線を向けた。
「案ずるな。私の命もかかっているのだ、そう易々と殺させやしない」
その言葉にホッとする。お互いの命がかかっているのだ、これほど頼もしい言葉はないだろう。
「急がなければなりませんね」
「そうだな。頼んだぞ」
王子は側近らと話をした後、私に新しく側近を与えた。
「どれも私の信頼のおける者達だ。みな、シオンを頼んだぞ」
「畏まりました」
ミレーリットを筆頭に、侍女としてジェシカとリオノーラ。書士としてローレンと、エドワード。護衛としてアレックスとジョサイア、ダニエルが新たに私に付けられた。
比較的皆若く、10代前半から同じ年代くらいまでに見える。
レオナルド王子の側近をしていた者やその親族などから選出されており、彼らは皆レオナルド王子派の者らしい。
宗派や王族間の派閥など、私は聞くだけで溜息が出そうになる問題の数々にげんなりする。
……こんなとこで生き延びれるのかな、私。
新しく側近となった人々と挨拶をし、すっかり遅くなってしまったので王子と別れ退出した。
先頭を歩く護衛の後ろをミレーリットが歩き、明日の予定を私に話していく。
「収穫祭に参加することになったので明日からは王族や貴族のことをメインに勉強しましょう。必ず把握していなければならない重要なことなので、忘れないように致しましょうね」
「よろしくお願いします」
その日の夜は、天蓋を少し開けて不寝番の姿が確認できるようにして寝た。今更だが昨夜、襲撃者が現れたという報告を思い出して不安で眠れない。
ぎゅっと布団を抱き締めて、すぐに逃げられるようにと大きなベッドの隅っこで目を瞑った。