収穫祭(後編)
城に移り、すぐに私はミレーリットと合流した。アレックスからの報告にミレーリットはみるみる顔色を変えていき、卒倒しそうになっているのをコーネリアスが介抱していたが、そのコーネリアスの顔色も青ざめていた。
「神殿長が直々に声をかけてくるなんて……」
「あの、それより、ミレーリット。やっぱり、王妃が」
「シオン様」
私の言葉を咎めるように、レースの手袋をつけたミレーリットの人差し指が私の唇に触れた。
「不用意な発言はいけません。どこで誰が聞いているかわからないのですから」
「ごめんなさい。早く伝えなきゃと思ってしまって……」
祠で見た女はスティルエーテ王妃だったと。
闇の神を崇拝しているのはこの国の上位二位の王族なのだと、ちゃんと伝えたくて。
縮こまる私の背を、ミレーリットは労わるように優しく撫でた。
「大丈夫、わかってますよ」と言われた気がして、心強く感じた。
宴は城の大広間で行われる。白と金色を基調とした室内には沢山の花々と一級品の家具や装飾品が並んでおり、真紅の重厚なカーテンが幾つも並んでいる。天井には輝かしい大きなシャンデリアが均一にぶら下がっていた。長いテーブルはこれまた大きな白のテーブルクロスが敷かれ、その上にはキラキラと輝かしい料理の数々が並んでいる。
流石王族というか、その華美な会場は映画でしか見たことのない様だ。
太陽はゆっくり傾き、三メートルは容易に超えそうな窓ガラスからは夕日が少しずつ差し込んでいる。
王族と貴族が揃い、宴は開始された。皆各々、席につき食事を行っている。
給仕してくれるのは側近だ。私の担当はジェシカがしてくれて、私は豪華な食事を頬張った。
普段の食事にはない珍しい食材が多く、どれも美味しい。特に、スイーツがいくつも用意されているのは嬉しかった。ただ、お酒を飲めないのは残念だけど。
大人達が飲んでいるのは赤い液体だ。赤ワインのようなものだと推測される。きっと、あれと共にコンフィを食べたら美味しいんだろうな、と思って望んでも、私の見た目は完全に子供なので、給仕している者から注がれるのはジュースだけだ。
……ジュースも美味しいけど、ご飯と一緒に飲むもんじゃないよね。
料理の塩っ気とジュースの甘みが合うようには思えなくて、私はお水を貰った。こっちの方がしっくりくる。
食事を済ますと、私はアレックスと共にいた。近くにはミレーリットとコーネリアス夫妻もいて、他の貴族達と挨拶を交わしている。
この宴は社交の場だ。それも、ラスティラルフの貴族全員が参加する大規模なもの。なので、ここでは皆権力者との繋がりを持とうと必死だし、年頃の男女は将来のパートナーを探す場でもある。
ちら、とアレックスを見た。彼は確か十四歳で、来年成人だったはずだ。プレイボーイと名高い彼は行かなくていいのだろうか。いや、遊び相手を物色するつもりなら止めるけども。
「お兄様は行かなくてよろしいのですか?」
「シオン、男はそう焦るものではないんだよ。本当に好きな人に出会ってからでいいんだ。私は次男だから早々に子を成す必要もないしね」
つまり、まだまだ独身を謳歌し特定の相手を決めるつもりはないという事だろうか。
私が胡乱な目で見ていると、アレックスが苦笑した。否定しないので、つまりはそういう事なんだと思う。
「……わたくし、お母様とお姉様と約束したんです。妹として、主人として、お兄様が不名誉な浮名を流さぬよう監視すると」
「なっ、シオン!? 聞いてないぞ!」
明らかに焦った顔を浮かべるアレックスに背を向けた。それを見て、クスクスとリオノーラとダニエルが笑う。エドワードも揶揄うような面白い顔をしていた。
一通り挨拶が済み、その頃にはレオナルド王子も食事や挨拶が済んで席を立つ事が出来る様になっていた。
レオナルド王子はカーレス達を率いて真っ直ぐこちらにやってくる。フォーサイス侯爵夫妻が恭しく頭を下げた。
「ロベルト、ご苦労であった」
「勿体無いお言葉で御座います、レオナルド様」
何度か言葉を交わし、レオナルド王子はこちらに向き直る。私は頭を下げて、挨拶をした。
「ほう、随分よくなっている。流石だ、ノーリーン」
「恐れ入ります」
私の動きを見て、満足そうに王子は頷いた。ノーリーンが美しい所作で褒め言葉を受け取った。
褒められたことによって、私も胸を張って見せたら、王子はクッと笑って私を見下ろした。
「そろそろ出よう。宴が始まってそれなりに経ったし、問題なかろう」
窓の外は太陽が沈み、藍色の空には月が浮かんでいた。始まってから数時間は経った。王子も私も未成年である。問題ないだろう。
これ以上ここにいてもプラスになることないので、私達は同意して出て行く為の準備を整える。
出口へと足を進めたら、「待ちなさい」と声が耳に入ってきた。
ピタ、と止まって振り返る。白金の髪が揺れ、妖艶な笑みを浮かべた美女が一人。そこにはスティルエーテ王妃が側近を連れてやってきていた。近くには彼女の息子であろう男児もいる。私より少し小さい可愛らしい少年は、よく王妃と似た髪色と目をしていた。王位継承権第二位の第三王子、ユーリエスだ。
「レオナルド王子、どこへ行くのです?」
「自室へ戻ります。お義母様」
「その者と、ですか?」
ちら、と薄い水色の瞳が私を見下ろした。冷たい眼差しに背筋が凍り、肩に力が入る。
しかし、そんな冷ややかな声色を物ともせず、王子は苦笑した。
「いいえ、違います。私はホルムルンド公爵家やフォーサイス侯爵家をお見送りしようとしただけで御座います」
「ふふ。まあ、王子。御身の魔力が滲む首飾りを身につけさせておいて、そのような建前を申しますの?」
「紹介もないなんて、義母として悲しいわ」と嘆く王妃にヒヤリとした。私がぎゅっと反射的に、隠すようにネックレスに触れてしまい、私の魔力に反応したネックレスが掌の中で赤く光って、広範囲に赤の光が飛び立った。
やってしまった、と気付いた時には遅かった。神の愛子とされるレオナルド王子の魔力が私の首元から発せられ、皆の視線が集まる。
「……今のは何?」
「あの少女のネックレスから放たれたぞ」
「レオナルド様のとどういう関係なのかしら?」
ひそひそと話し声が聞こえる。
レオナルド王子の目が「馬鹿者」と言いたげに細められ、ミレーリットは鉄仮面を貼り付けショートしていた。カーレスには物凄い殺気を放たれている。怖い。
王妃だけは楽しそうに笑っていた。
「一体どなたなのかしら?」
「彼女はフォーサイス侯爵家の令嬢で、」
「そういう事を聞いているのではありません。レオナルド王子。そんな首飾りを贈っておいて、どういった関係? 社交デビューしたばかりのこの娘とどこで出会ったの? あら。そういえば其方、元はメトカーフ家の娘だと言ったわね。もしや、フォーサイス家に養子入りしたのは王子の斡旋なのかしら?」
クスクスと笑う糾弾に、私は体が固まっていくのを感じた。
私の出生を暴くことが難しいと判断したのだろう。王妃は私と王子があらぬ関係だと印象付けさせ、王子の株を落とそうとしているのだ。
王族に恋人がいても大した問題ではない。そういった噂は少なからずあるし、未成年のうちは必要なことだとも考えられている。でも、相手が社交デビュー前の子供であった場合は別だ。社交デビュー前の子供は本人の意見は尊重されず、全ての言動は親の責任だとされる。つまり、まだ自分の意見も主張できぬ子供に手を出したとなれば、レオナルド王子も私の親であるフォーサイス侯爵夫妻も、情欲を強要したと見做され蔑まれる対象となる。
ロリコンとは、この世界でも罪なのだ。
あらぬ誤解を与えては、彼の名誉に傷がつく。私が慌ててレオナルド王子を見ると、王子は可笑しそうに笑っていた。その余裕な様子に、私はあれ?と拍子抜けする。
「はは。お義母様は想像力が豊かでいらっしゃる。想像されているようなものではございませんよ」
美しい顔に少しの悲しみを滲ませて、「家族にそんな風に思われていたなんて心外だ」と王子は嘆いた。王妃の真似である。完全に煽ってやがる、と思ったらミレーリットもハラハラした表情を浮かべていた。やっぱり煽ってるんだと再確認した。
「彼女はその類稀なる豊潤な魔力量と優秀さからフォーサイス侯爵夫妻に養子入りし、夫妻が私に是非部下にと挨拶させて参ったのです。ですがその時、相談も受けましてね。彼女はその莫大な魔力を保持しているが故にまだ上手く魔力を扱えないそうなのです。相談にやってきた時には、屋敷の部屋を五つも焼き落とした後だったそうです。これでは魔法を扱えぬ使用人に重大な被害が及んでしまう事を不安に思ったフォーサイス侯爵が私に助けを求め、この首飾りを書士のミレーリットが作成し、私が魔力を込めました。この魔術具は、魔力を再現する為のもので魔力が暴走した時、空中に光となって散布するようになっています。先程ご覧になったでしょう。ただそれだけの事ですよ」
私は部屋を五つも焼き落としてないし、養子になった経緯も出鱈目だ。盛りに盛りまくった話である。けれど、その話を聞いて周囲の貴族は「ああ……」と同情的な目をフォーサイス侯爵夫妻に向け始めたので効果はあったようだ。
しかし、それでも納得いかない王妃はキッと王子を睨んで言葉を続けた。
「たったそれだけの事で、態々貴重な魔力を他人に分け与えるのは不自然では?」
「不自然でしょうか? 私は私の臣下を何よりも大切にしております。彼らがなくては私が王子として立つことは叶わないと思っているからです。いつも私を支え、共に国の未来を考えてくれる彼らが困っていたら、救いの手を差し伸べるのは当然でしょう。それに、彼らは王族である私が守るべき国民です。王族として国民を守る為ならば、いくら貴重だと言われている魔力でも差し出しますよ」
反対の意見を述べさせず、声を張って堂々と言い放つ王子の演説に、先程まで固まっていた体が柔らかさを取り戻した。
周囲の貴族は王子を羨望の眼差しで見つめている。完全に王妃の負けだ。
きっと内心、物凄く悔しいだろう。けれど、周囲の視線を察して王妃は全く美しい笑顔を崩さず、足元にある小さな少年の頭を撫でた。
「……確かにそうですわね。わたくしも同じ様にしたと思います。つい、義息の噂に色めき立ってしまったの。お気を悪くされたかしら?」
「いいえ、お義母様。あらぬ誤解を与えてしまい、心労をお掛けいたしました。フォーサイス侯爵令嬢も申し訳ない」
「いえ、お気になさらず」
一礼して、私達はその場を後にした。
退席する時、王妃の後ろに隠れていた第三王子が心配そうに私達を見ていた。