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壊れかけの世界で第二の人生を  作者: ひいこ
第一章
14/22

収穫祭(中編)

 



 王族への挨拶が済んだら、次は神職の者へ挨拶をする。この場合、神殿長に挨拶するのだと思っていたけど、私達が挨拶するのは神官長だった。

 神殿長は別室で待機しており、儀式の準備をしているので誰にも会わないらしく、私達は椅子に座っている神官長に膝をついた。


「トビアーシュ神官長。シフマルートの祝福があらんことを」

「フォーサイス侯爵。其方にもシフマルートの祝福があらんことを」


 フォーサイス侯爵が挨拶をすると、彼と同じ年代くらいに見える男は耳馴染みの良い穏やかな声で返事をした。

 神官長であるトビアーシュと呼ばれた男は全身白い衣装に身を包んでいた。整った顔は中世的で、柔らかい雰囲気がある。


「この日を迎えられたこと、嬉しく存じます。本日はよろしくお願い致します」


 フォーサイス侯爵が挨拶をし、トビアーシュがにこりと微笑んで送り出す。やっと指定された場所に着いた時には、全員で安堵の息を吐いた。

 周りにも人がいるので大々的に言葉を発することはできないが、お互い顔を見合わせて苦笑した。王族との挨拶で、あれほど時間をかけられるとは思わなかった。あの恐ろしい女の顔を見て、私は肩が震えるのを感じる。私を喚んだのはスティルエーテ王妃だ。やはり、レオナルド王子の敵は王妃なのだ。

 殺害されかけた者とそれを企んだ者が、同じ一族として並んでいる画が酷く可笑しい。この会場にいる中で、一体どれほどの人間が王妃派なのだろう。どれほどの人間が、私の存在を知っているんだろう。


 暫し待機していると、全員が指定の場所に着席し、真ん中へと神官長が歩いていく。

 恭しく膝を折り、トビアーシュは一方の扉へ頭を垂れた。それを見て、他の貴族も頭を下げる。それは王族も例外ではない。


 ……神殿長って王族にも頭を下げられるんだ。一体どんな人なんだろう。


 私の頭の中に、偉い人といえばなんとなく大きな髭を蓄えた老人が浮かぶ。神官長や神官など、神職の者の衣装を想像したので、それもとびきりファンタジーな風貌だ。

 シン、と鎮まり返る中、両開きの扉が開いて、白い人影が姿を現した。白い衣装は全身を覆い、ゆっくりと地を歩いてく。長い銀髪は日差しに煌き、白く透明感のある肌はどこまでも澄んでいた。流れるようなその優雅さは、悠然と泳ぐ金魚のようだと思った。

 神殿長は、若く美しい女性だった。

 綺麗だと素直に思った。なんて神々しいのだろう。まるで神の化身のようで、大神殿のあちこちにある神の彫刻と見紛う姿に感嘆の息をついた。

 神殿長は真っ直ぐ歩いて、水の前で立ち止まる。すう、と息を吸って長い睫毛を持ち上げた。淡い藤色の瞳が天を見た。白い腕が宙へ浮かぶ。


「天来の神々よ。我が名はフェリシア。此の儀を執り行う者である。この世を創生し祖となるクルレインアルジャーノンが与えし四つの力、火の神 テイルヴァーン、水の神 ナウカリスタ、風の神 プラマライナッセ、土の神 ライゼファント」


 美しい高い声が響く。神々の名が神殿長の口から出るたびに、水の中に渦が出来た。


「遍く聖なる御力の加護に感謝し、眷属を奉還致します」


 各地で奉納された魔力がその渦の中に吸い込まれていく。魔力が吸い込まれると、水の渦は柱となって立ち上がり、神の色に輝いていた。

 赤、青、黄、緑の光はぐるぐると交わり、大きな白い柱となって上空へ、空高く天へと伸びていく。神殿長の体から同じ白い光が、白い柱へ流れていったと思えばその柱は上空へ吸収されていった。


 魔力が返上された。それが目で見てわかった。ファンタジーな光景に感動を覚える。凄い。本当に、神様はいるんだ。


 そんなことを考えているのは、この世界に馴染みのない私だけだろう。私と同じような子供はパッと見ではあまりいながいが、多少驚いているものの私のようなアホ面をするような子供はいない。大人達は見慣れたもののようで、熱心に神へ祈りを捧げ、厳かな面持ちで儀式を見届けていた。


「天来のクルレインアルジャーノンが与えし四大神の、火の神 テイルヴァーン、水の神 ナウカリスタ、風の神 プラマライナッセ、土の神 ライゼファント。ラスティラルフの繁栄と栄光を願い我が身の魔力と各地の宝を献上する。我が祈りを御心へ、聖なる御力の加護を与え給え」


 再び神殿長の体から白い光が浮かび上がる。今度は献上品からもそれが感じられた。それらは天へと昇り、次の瞬間には空がカッと光った。

 眩い白の光は一気に弾けて広範囲に広がる。キラキラと光の粒は地に降り注ぎ、天の川の星々が降り注いでいるかのような幻想的な景色に、私は呆気にとられた。

 なんて美しいんだろう。神の力がわかる気がした。確かに、これは聖なる力だ。人外の、大きな神の力。

 思わず拍手しそうになった。しかし、相変わらずこの場は静かなので私は不用意なことをしかけた両手を膝の上に乗せた。


「儀式は無事に終わりました。皆様、神々への誓いに相応しく祈りを捧げ、感謝して日々を努めなさい」


 神殿長がそう言葉を発し、王へと視線を向ける。一度王は頷くと、玉座から腰を上げた。王たる者の厳かな声が響く。


「皆の者、大儀であった。神殿長の言葉を確かに受け止め、この年も励むように。この後は城にて宴が催される。一年の其方らの働きを慰労する」


 そうして王族が退出した後、神官達に誘導されて貴族達が出て行く。これも爵位の高い者からだ。フォーサイス侯爵家は比較的早い方ではあるけれど、公爵家が全員出てからになるので少し時間がかかる。

 私はその様子をぼんやり見ていた。ミレーリットの隣にはコーネリアスがいて、あの二人は夫婦なのだなと再確認したり。やっぱり神殿は綺麗だななんて眺めていたり。

 だから気付かなかった。美しいその人が、私の元へ歩いて来ていたことに。


「もし」


 高く落ち着いた声が聞こえたと思ったら、視界に銀色の髪が入って、私が反応するより即座にアレックスが頭を下げるよう促した。

 頭を下げ、目をパチパチとする。何故、神殿長が。


「神殿長。シフマルートの祝福があらんことを。先程は素晴らしい儀式で御座いました」

「よい。皆、顔を上げよ」

「はい」


 戸惑いながら顔を上げた。フォーサイス侯爵に用があるのだと思っていた。でも、目があったのは私で、神殿長は私を真っ直ぐ見つめていた。その浮世離れした美しさに目眩がする。

 私と目が合うとにこりと微笑んで、視線を合わせるようにその細い腰を少し折り、私と視線の高さを合わせた。皆がギョッとしているのがわかった。


「其方、名は?」

「シオン・フォーサイスと申します」


 近くで見ると、神殿長はとても若いと思った。私と同じくらいではないだろうか。いや、十二歳ではなく、二十歳の私と。


「シオン様。わたくしはフェリシア。大神殿の神殿長をしております」


 藤色の瞳は私の黒い瞳を覗き込むように見る。

 存じております、と返事するのはおかしな気がして、私はにへらと苦笑した。


「手を借りても?」

「へ? は、はい」


 手をどうするのだろう。私は小首を傾げながら右手を差し出した。白い手に包み込まれ、じんわりと冷たさが伝わる。

 しかし、神殿長が握ると、そこは段々温かくなっていき、熱が広がっていった。カイロを握っているような温かさだ。少し気持ちいい。

 神殿長は少し握ると、驚いたように目を軽く見開いて、ゆっくりと手を離してくれた。


「……ああ、その首飾り」


 私の首元を見て、神殿長は納得したように呟いた。首飾りが、どうしたのだろう。そういえば私は王子からネックレスを貰っていたんだっけと思い出して、そのルビーのような飾りに触れた。それは熱を帯び、熱くなっていた。もしかして、手の温もりはこのお守りが作動したのだろうか。


「あ、あの」

「いえ、大丈夫ですよ」


 私が心配そうに見ると、察したのか神殿長は柔和な笑顔を浮かべた。ネックレスの事を知っているのはミレーリットだけのようで、アレックスやフォーサイス侯爵らも何がなんだかわからない顔をしている。


「貴方には既に守ってくれる者がいるのですね。失礼致しました」


 神殿長が首を垂れた。その行為に私や周囲は目を見開いたが、後ろにいた神官長も驚いている。

 ただ、これは私にではなく、私を守るお守り……つまりは王子への謝罪なのだろうと私だけが気付いた。


「シオン様。近いうちに神殿へいらっしゃい。わたくしはいつでも貴方を歓迎致します」


 それだけ言って、神殿長は去っていった。

 取り残された私達の周囲は、何事かと慌ただしくなる。居た堪れない気持ちの中、どう過ごしていいかわからないでいたら、神官に呼ばれ私達の退出が叶った。


 ……た、助かった。


 無遠慮な視線が痛かった。今日は目立ちすぎな気がする。隣を見ると、アレックスが困ったような疲れたような顔をしていた。


 ……イレギュラーは心臓に悪いんだよ!




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