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壊れかけの世界で第二の人生を  作者: ひいこ
第一章
13/22

収穫祭(前編)

 



「お兄様ってプレイボーイなんですってね」と冗談めいて言ったら、物凄く慌てた顔のアレックスを見ることができた。面白い。

 フォーサイス家で過ごしていると、収穫祭は明日に迫っていた。衣装の最終準備を終え、私は緊張で手が震えるのを感じる。たくさん練習はしてきたし、粗相がないようにしなければいけないけど、万が一バレたら……なんて考えるとやっぱり怖い。それに、あの時みたいにまたいつ襲撃があるかわからない。だって、恐らく、王子の敵はあの人だから。


「シオン様、レオナルド様からお守りを預かって参りました」


 ミレーリットが木箱を差し出す。開けてみると、中には綺麗な宝石のついたネックレスがあった。美しい金色のチェーンには、いくつか小さな宝石があしらわれ、真ん中の石はルビーのように赤く輝いている。


「これはレオナルド様の魔力が込められた魔術具です。これを身に着けていると、魔術具以下の力しかない他者の魔力の影響を受けません」


 つまり、王子より魔力の弱い人の魔法攻撃が防げるというわけだ。つまりそれって、全人類じゃない?


「本来この魔術具を着けていても魔力を使うのは問題ないのですが、ただ、シオン様の魔力は計り知れませんから魔力を使わないでいてください。影響があるかどうかわからないので」

「わかりました」


 全く使っていないステッキを一瞥し、私はネックレスを大事に受け取った。私を守ってくれる道具だ。大切にしなければ。


「ではまた明日、お会いしましょう。おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」





 そして、とうとうやってきた収穫祭の日。

 この日は下町のどこでも宴が催され、皆が神々を敬い豊作を祝う。それは朝から夜更まで続く一年で一度の盛大な行事だ。


 私は身支度を整え朝食を済ませた後、出かける為の服に着替えた。側近達も美しいドレスに身を包んでいて、美人度がぐんと上がっている。


「では参りましょう」


 私はミレーリット、アレックス、ダニエルと馬車に乗り込み会場へと向かう。

 午前中は大神殿で儀式をし、その後宴の場である城の大広間に移る予定だ。


 馬車を走らせていると、大神殿には既に数多くの馬車が止まっていた。そのどれもに家紋が描かれており、色取り取りで華やかだ。


「どうぞ」


 アレックスの手に助けてもらい馬車を降り、そのままエスコートされて階段を上がった。

 大神殿は縦にも横にも長い白い建物で、ギリシア建築を彷彿とさせた。広い階段を登ると、見張りの衛兵と神官が門の前にいて、どこの家の者が来たのか確認している。

 フォーサイス侯爵が家長を示す指輪を見せると、神官は場所を中にいた案内係の神官に告げて私達へ道を開けた。

 大神殿の中も外装と同じく真っ白だ。廊下には春らしく花々が飾られており、甘い香りがほのかに漂っている。よくみたら、建物のそこかしこに神々やその眷属の姿が彫刻されていた。細かで小さく、目を凝らさないと気付かないけど、どれもこれもダビデ像のように立体的で美しい。見たことのない花や果実、楽器らしきものもあってなんとも面白い。

 きょろきょろと物珍しそうに神殿を見ていると、アレックスは私の手に力を少し込めた。見上げると、にっこりと笑顔で圧がかけられた。ごめんなさい。


 廊下を抜け、開けた場所にやってきた。雲一つない青空が広がり、太陽の光が白い建物を幻想的に照らしている。真ん中には小さな水溜りがあった。いや、水溜りというよりは短水路とか水槽のような。その周りに沢山の献上品が並べられている。恐らく神に捧げる貢物だろう。そのあまりの多さに、一体いくらするのだろうと邪推した。


「王へご挨拶にいきます。いつも通りで」


 アレックスが囁くように言った。そのいつも通りとは練習のことを指す。大人数が挨拶に向かう時は、その代表者が挨拶を述べ、私達は後ろで頭を下げていればいい。私は頷いて、アレックスの腕を掴み直した。


 中央の高い壇上に王族は鎮座していた。王と王妃が真ん中の玉座に腰掛け、その周囲を王子や王女、その従者がぐるりと取り囲んでいる。

 大きな羽でゆらゆらと扇がれている姿は、まさしく金持ちだなあと思った。そんな考えが出てくるくらい、余裕があるらしい。私は思ったより緊張していないようだ。けど、よっぽどアホ面をしていたらしく、私を心配そうにアレックスが見ていた。ごめんなさい。


「ラスティラルフの天来の眷属で在らせられる国王陛下、王妃殿下。シフマルートの祝福があらんことを」


 膝をつき、手を左右に広げて首を垂れるフォーサイス侯爵に合わせて、私達も頭を下げる。


「顔を上げよ」

「は。ロベルト・フォーサイスで御座います。今年も豊かな実りの時期を迎える事ができ、恐悦至極に存じます」


 多くの者がいる場合、その時の挨拶は代表者同士で行われ、その他の者は口を出すことはない。それは王族も例外ではなく、国王と王妃がいる場では王子や王女は挨拶に名が出されることはない。……とても不思議な感覚だが、そうじゃないと時間がもっとかかってしまうので合理的だとも思う。

 そんな事を白い石畳の上に敷かれた絨毯の繊維を見ながら考えていると、不意に二の腕がなにかにぶつかった。否、何かに……アレックスの腕がぶつかってきた。

 え? と思って視線を横に逸らすと、アレックスは少し焦った顔をしていた。


「フォーサイス侯爵。確か、其方の子は息子二人と娘一人だと認識していましたが」


 淡々とした女の声が響いた。ぞくりとするその聞き覚えのある声。


「はい、殿下。その者は私が養子に引き取った娘で御座います」

「ほう、養子に? 一体どこの者だ?」

「旧メトカーフ伯爵家で御座います。この度十二歳を迎えましたので収穫祭に参加させる事が叶いました」

「ふむ。メトカーフか。あれは不運だったな。其方、名はなんと申す?」


 何故か国王陛下の声が私にかけられた。

 え、え、と戸惑って顔を上げようとしたら、アレックスに「顔は下げたままで」と口パクで言われた。


「し、シオンと申します」

「シオン、顔を上げよ」


 え、え、と戸惑ってアレックスを見ると、「顔を上げて」と口パクで言われた。

 私はおずおずと顔を上げる。視界に壇が映り、足元が見え、国王の顔が見えた。レオナルド王子とよく似た金髪。優しげな目元の顔立ちには、王として君臨し続けている者の尊厳たる風格がある。

 目があって、全身に電気が走った気がした。緊張が高まる。王族の放つオーラのようなものが見えるようだった。


「メトカーフの事は災難だったな。しかし、其方だけでも貴族として復帰できて幸いだ。これからはフォーサイス侯爵令嬢として励むように」

「は、はい、国王陛下。恐悦で存じます」


 王から直接言葉を賜る子供が、果たしているのだろうか。ちら、と後ろの方でレオナルド王子が、粗相をしないだろうかと心配そうに私を見ている。

 私が言葉を賜り、頭を再び下げた。これで終わりだろうと思っていたのに、「ふむ」と女の息が聞こえた。


「見慣れぬ顔立ちだ。それに、名も。本当にメトカーフの娘か?」


 王妃の言葉は続く。私は汗がだらだら流れていくのを感じた。口が震える。でも、この質問は私に投げかけられていて、私以外が口を開く事は許されない。私は一つ息をした。そして、声が震えないように気を付けながら、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「……わたくしの母は遠い異国の貴族でした。今はなき小国で御座います。その血を強く引いたのです」

「ほう?それはどこの国かしら? なんという民族ですか? 是非知りたいわ」

「あの……、わたくしの母は異国の者ですが、わたくしはラスティラルフの貴族として育ちました。ですので、詳しくは存じません。申し訳御座いません……」

「母親の祖国も知らぬのか? そのようなことがあるのか?」

「それは……」


 私の正体を知っているとしか思えない問答に、焦りがどんどん出てくる。

 どうしよう。なんて言おう。私の仮面を剥がすことなど容易いと笑われているようだ。

 必死で、必死で考える。私の正体が露見したら、王族に嘘をついたことになる。私はこの場で捕まり、王を欺いた罪でフォーサイス侯爵家は処刑され、主だったレオナルド王子は罰を受ける。

 どうしよう、どうしよう。そう考えている時に、私を窮地から救ったのは王だった。


「やめないか、王妃。まだデビューしたての子供だ。そう一気に並べることはない」

「陛下、ですが」

「あちらの領地は交易がある分他国との結びつきが強い。異国から嫁いできた娘が子供に祖国の文化を継がせるのは、よく思われていない事であると理解していたのだろう。シオン、気にするな。王妃は異国の文化に興味があっただけなのだ」

「いえ、陛下。わたくしが浅識で御座いました。申し訳御座いません」


 後ろがつかえております、という神官の言葉によって、私達は漸く挨拶を終えることができた。

 エスコートしてくれるアレックスの腕に力が籠る。私も、足が震えてしまっていて、アレックスに支えてもらう為に力を加えた。

 後ろから視線を感じて、私は尻目に壇上を見た。

 初めてこの世界にやってきた時見た、淡い色の青い双眼が、厳しい目で私を見ていた。




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