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壊れかけの世界で第二の人生を  作者: ひいこ
第一章
12/22

母と姉とのお茶会

 



 夕食が終わり、私は今日与えられたばかりの自分の部屋で眠る準備を整えた。

 明日はノーリーンと過ごす予定となっている。ジェシカに丁寧に髪を梳いて貰い、私は寝台の上で横になった。


「おやすみなさいませ、シオン様」

「おやすみなさい、ジェシカ、リオノーラ」


 この世界に愛着はないけど、それでも気になって仕方ない。私は王子の庇護下にあって、外の実態を全く知らない。この国の歴史を学んでも、話を聞いても、全然ピンと来ない。だから余計考えてしまう。

 雑念を払うように、私は頭から布団をかぶって強引に目を閉じた。



 次の日の朝、朝食を姉であるジュリアと共に摂った。


「おはようございます」

「おはよう、シオン」


 ジュリアはノーリーンによく似ていて、穏やかな雰囲気が素敵な美少女だ。というか貴族は美形が多い。金持ち美人が多い理論かしら。美形一族の中に養女としている明らか顔が異国の私はとてつもなく浮く。

 中高大とそれなりに恋愛もしてきたし不細工じゃないと思うんだけど、自信がみるみるなくなっていく。だって私、今子供だし。


 ジャムをつけてパンを頬張り、私はジュリアと楽しくお話しした。ジュリアは王女様付きの侍女だけど、里帰りの為にお休みを貰っているらしく、今日はゆっくり過ごせるそうだ。


「シオン、よろしかったら午後、お母様も誘って庭園でお茶会はいかがかしら? 一昨日花が満開になったそうで、わたくし毎年うちの庭園を見るのが楽しみですの」

「是非。わたくしも見てみたいです」


 今更ながらではあるが、貴族って凄い。お城みたいな家に住んでいて、使用人がいて、毎日ドレスを着て、社交の為にありとあらゆる勉強をする。

 数日前まで大学と家とバイト先の往復のような生活をしていたのに、不思議でたまらない。やっぱり夢なんじゃない? これ。


「ではまたあとでね」

「はい、ジュリアお姉様」


 朝食を終え、私は自室に歩いているとアレックスと出会った。アレックスも名目は里帰りなので、侯爵家の息子らしくゆっくりとした起床だ。


「ああ、おはよう。シオン」

「おはようございます、アレックスお兄様」


 普段敬称で呼ばれている相手に呼び捨てされるのは新鮮だ。こっちの方が親しみがあっていいけど、そんなこと言ったらミレーリットやリオノーラに怒られそうなので自重する。


「よく眠れたかい?」

「はい。とても快眠できました」

「よかった。これからは君の実家になったのだし、ゆっくりくつろいでね」


 アレックスは爽やかな朝が似合う笑顔を浮かべて兄らしく振舞った後、「またね」と言ってダイニングに向かった。


 部屋に戻って少し経つと、部屋にノーリーンが訪ねてきた。


「おはよう、シオン」

「おはようございます、お母さま」


 膝を緩やかに曲げると、ノーリーンはにこりと微笑んだ。


「ミレーリット様からシオンの教育を任されました。挨拶は合格です。とても美しいですよ」


 ノーリーンは穏やかな笑顔を浮かべ、素早く準備を整えていく。

 机の上には様々な教材が置かれ、次々に使用人らが動き部屋が勉強部屋へと姿を変えた。


「わたくし共は貴方が異国の娘であると知っています。貴方が大いなる力の持ち主であることも、貴方の命を狙う主君の敵も」


 ノーリーンはそこで言葉を切って、私の目を覗き込むように見た。そして、白く綺麗な手は私の長い髪を一束掬い、長い睫毛を軽く伏せた。


「……髪は茶色なのですね」


 カラーリングしているから、私の髪は明るい茶色だ。この世界にやってきて何故か体は縮んだが、ピアスの穴も塞がってないし髪色もそのままである。パーマもしているのでゆるくウェーブしているが、別に変なわけじゃないと思う。エリーゼと似たようなものだし、別に珍しい髪色でもないと思う。

 ノーリーンは手を放し、何事もなかったようにパラパラと本を開いた。


「収穫祭までもう時間がありませんからね。頑張りましょう、シオン」

「よろしくお願い致します」


 それから数時間が経過して。

 ノーリーンは穏やかな雰囲気を持つおっとりした美人かと思っていたが、実際のところはデキるキャリアウーマンタイプで、ミレーリットを超えるスパルタ教育者だった。

 それになんとか食らいつき、必死についていく。こんなに自分を追い込んで勉強したのは大学受験以来だ。いや、それ以上かもしれない。貴族らしい優雅な動きと余裕のある微笑みを常に装備しなければいけないのは庶民出身の私にとって凄く難しいし体力が削がれる。


 昼食の時間頃にはすっかりやつれた。脳が糖分を欲しているのがわかる。ノーリーンと二人で昼食を摂って、少しの休憩を挟んだ後、また勉強が再開された。

 ご飯を食べて少し回復した私は、山積みにされた課題をどんどん消費していく。なんだかちょっと楽しくなってきた。アドレナリンが出ているような感じだろうか。

 さくさくと問題を解いて、新しい知識をインプットして、それの繰り返し。数ある挨拶のテンプレや神々の名前はぼんやりと意識を飛ばしていても言えるようになってきた。


「シオン、よく頑張りましたね。素晴らしいです。少し休憩致しましょうか」


 ノーリーンがのほほんと笑って、教材を閉じた。その瞬間、しゅるしゅると集中力が散漫していく。そして、どっと疲れが沸き起こってきて、私は大きく深呼吸した。


「ジュリアがお茶会を開いてくれるそうなのです。ぜひ一緒に向かいましょう」

「勿論です」


 甘いお菓子、という言葉が私の頭に過る。食べたい。

 ノーリーンと共に階段を下りて外へ向かう。日は少し傾いて、眩しい日差しが少し落ち着いていた。一面に広がる青空の中、整備された道を歩いていると、白いアーチが目に入った。そこをくぐる。緑豊かな木々の間を抜けると、目の前いっぱいに桃色の花が咲いていた。背の高い白い木。その木の花は桜のような淡い色合いで、風が吹くと揺れて花びらがひらひらと舞う。芝生には黄色い小さな花が幾つもあって、ピンク色と黄色が美しい。そんな幻想的な空間の中、白いテーブルと椅子が設置され、上には色とりどりの可愛らしいスイーツが並んでいる。まるでおとぎ話の世界のアフターヌーンティーに参加しているような気分になり、私のテンションは絶頂した。


「綺麗、素敵……なにこれ?」

「本当に美しいですね。まるでタイバーンに登場する女神の楽園のようです」


 私の言葉にリオノーラが頷いて感嘆の溜息をついた。タイバーンとは古くからある物語で、主人公である騎士マリオットが世界を救う旅に出るよくある王道系だ。その中で最も美しいとされる女神の楽園があるのだが、まさしくその通りだと思う。

 リオノーラの褒め言葉にノーリーンやジュリアが嬉しそうに微笑んだ。


 ……なるほど。そう褒めるのね。


 私の語彙力のなさにちょっと落ち込む。ジュリアに挨拶とお礼を述べて、私たちは席に着いた。


「とても素敵な庭園ですね」

「ありがとう。わたくしも小さい頃からお気に入りなのです。気に入って下さって嬉しいわ」

「このピンク色の花はキンリンカという花で、春になると満開になるのです。花が散ると白い葉が茂り、冬には赤い実をつけるの」

「それも幻想的で美しいのよ。冬も一緒に見ましょうね」

「とても楽しみです」


 美味しいお菓子に舌鼓しつつ、見惚れるほど美しい景色を眺める。一気に疲れが癒されていく感覚がした。頑張った後のご褒美という感じがする。うっとりとお茶を飲むと、ノーリーンと目が合った。にこりと微笑まれ、私も微笑み返した。


「シオンの集中力には驚かされました。本当に素晴らしいです」


 ノーリーンはジュリアに聞かせるように朝から今までやっていたこと、ミレーリットと数日間でこなしてきた勉強の数々を語った。すると、みるみるジュリアの顔が驚愕していき、目を真ん丸に見開いて私を見た。


「まあ、なんてこと……。シオンはこんなにも多くの事をこの短期間で学ばれたのですか?」

「わたくしは必要だと言われた分を学んでいただけなので、それが凄いのかどうか判断出来かねるのですが……」

「そうなの。はあ、まだ社交デビュー前だとは思えない程立派ですね」


 基準がわからないと言ったら立派だと言われた。よくわからないけど、社交デビュー前の子供より知識を詰め込まれすぎているのだろうか。比べる対象がいなくて、私は小首を傾げるしかない。


「わたくしではなく、側近が優秀なのです。皆、元はレオナルド様の側近ですから」

「そうですね。王族の側近に選出されるのはとても名誉ある事ですから」

「わたくし気になっていたのですけど、お兄様はどうですか? しっかりお役目を果たしておられますか?」


 ジュリアの目が、兄を慕う妹の目ではなく少しの心配をはらんでいる。ノーリーンの方を見れば、同じような顔をしていた。


「え? よく働いてくれていて、特に問題ないと思いますが……」

「そうですか。ならよかったです」

「お兄様、騎士団に所属している頃は女性にだらしなくて困っていたのです。だから、未婚女性の側近になると、必然的に同僚に未婚女性が増えるので心配していたのです。レオナルド様の側近になった時は、周りが男性ばかりになったので一安心してたのですが、護衛対象がシオンに変わって周りに女性が増えたので、わたくし……」

「ジュリア……」


 正直な姉からの告発に、私は目を見開いて固まる。母であるノーリーンは困ったように眉尻を下げた。

 アレックスがそういうタイプだったとは意外だ。心配になってちらりと後ろの侍女たちに視線を向けると、皆「大丈夫です」と強い眼差しで訴えてくる。その隣に視線を移し、護衛であるジョサイアとダニエルを見ると、二人はいくつか思い当たる出来事があるようで遠い目をした。気になるが、後で聞くことにしよう。


「わたくしが主として、妹として、お兄様をよく見ておきます」

「よろしくお願いいたします」


 私の宣言に、二人は親子らしい息の合った返事をした。




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