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壊れかけの世界で第二の人生を  作者: ひいこ
第一章
10/22

準備期間2

 



 朝食を食べてからはひたすらに勉強、勉強、勉強だった。

 魔法は危険と判断され、場所の準備が済むまでお預けだそうで、杖の利用を禁じられた。大きな広場と、強力な魔法に耐えられるバリアをミレーリットが開発中らしい。気になる。


「バリアなんて作れるんですね」

「作り方さえわかれば魔術具は誰でも作れますよ」


 人工的に作られた魔法を発動させる道具を魔術具といい、人間の手が加えられていないのに魔法を発しているものを魔法具と呼ぶらしい。要は人工か天然かの違いだ。ステッキは魔力を吸う木から作られ、持ち主の魔力によって変化するので魔術具。というか、街にある殆どが人工物。


「シオン様、昼食に致しましょう」

「はい」


 勉強道具が片付けられ、私は昼食の用意が済んだテーブルの前に座った。

 基本的にパン、スープ、サラダ、メインの魚か肉、デザートという献立だ。そろそろお米が恋しくなってきたけど、麦が主食の国なら米はなさそうだ。小麦粉があるならうどんが作れるけど、醤油は手に入らなさそうなので日本食は難しいだろう。

 特段美味しいわけでもない昼食を食べながら、故郷の味を懐かしむ。家族旅行で外国に行ったりしたときも、自分の国の料理が一番美味しいなと感じたものだ。

お醤油やお味噌を想像しながらお茶を飲んだら、現実とのギャップにちょっと泣きそうになった。早く元の世界に帰って太ることなど気にせず食べたい。


「シオン様、私の父がとても明日を楽しみにしていますよ」

「アレックス」


 護衛のアレックスが明るい笑顔を浮かべて私を見た。明日はアレックスの父であり、私の養父となるフォーサイス侯爵との顔合わせの日だ。この綺麗な男の子が私の兄になるなんて不思議な感覚である。


「ご期待に沿えるよう頑張ります」

「そう気負う必要はないですよ。私もなにかあればフォローします」

「ありがとうございます」


 流れで私は養子入りすることになったけど、私が元の世界に帰った後はどうするんだろう? 失踪したことにするの? それともどこかへ嫁入りしたことにする? でも、それって誤魔化せることなのかな。

 婚姻が可能な年齢が十五歳だけど、この世界でなぜか私は十二歳設定だからあと三年は無理だ。それまでは結婚なんて誤魔化し方は出来ないし、三年もこの世界に留まり続けるつもりなんてない。早く帰らないと本当に留年しちゃうし、もう失踪して10日程になるんだから私の身の回りが心配だ。もし、全国ニュースで顔が流れていたらどうしよう。うわあ、死ねる。


 そんなことを考えてたら、こっちの世界の事情なんてどうでもよくなってきた。私がいなくなったらなったで、病死とかなんとか処理するだろう。あと、養子にすると言ってるけどこの国の人たちと顔立ちがあまりに違いすぎるのも気になる。ま、そこらへんの誤魔化し方も私には関係ない。どうにかしてくれる。


 午後は収穫祭に着るドレスの試着をして、その後はまたずっと勉強だ。これだけ付きっ切りで勉強していると嫌でも殆ど覚えてくる。字も今日だけで十分に書いたり読んだりできるようになった。人間、なんでも気合でどうにかなる。


「なんとか間に合いそうですね」


 ミレーリットが呟くと、部下としてこき使わていたと思われるローレンとエドワードが安堵の息をついた。三人が用意してくれた資料はとても分かりやすく助かったので、私は深々とお礼を言った。

 最後に復習と予習をして夕食を取り、いつもながらレオナルド王子の待つ部屋へ向かった。


「ラスティラルフのテイルヴァーン、レオナルド王子。シフマルートの祝福があらんことを」

「顔を上げよ」


 このテンプレートな挨拶のシフマルートとは、クルレインアルジャーノンが与えし四つの力の総称だそうだ。確かに「ラスティラルフのテイルヴァーン、レオナルド王子」という言葉だけでも長いのに、毎回挨拶に「火の神 テイルヴァーン、水の神 ナウカリスタ、風の神 プラマライナッセ、土の神 ライゼファントの祝福がありますように」なんて長々と言われたら挨拶する側もされる側も疲れるだろう。


 席に座り、王子が一口お茶を飲んだ。今日のお茶はほんのり蜂蜜が香る。とても美味しい。


「シオン、今日はどうだった?」

「朝からたくさん勉強をしました。形が似ていて覚えるのに苦労していたのですが、書士達が作成してくれた資料のおかげで文字も不自由ない程度に読み書きできるようになりました。それから収穫祭の時のドレスの試着もしました」

「準備は順調のようだな。後で君が見た資料を見せてくれ」

「畏まりました」


 雑談をして場が和んだところで、王子は明日の顔合わせの時間と流れ、その後の予定を話した。することとは、午後秘密裏にフォーサイス侯爵家に向かい、そこで契約をした後フォーサイス侯爵夫人やその子供達と挨拶をし、迎えに行くまでそこで過ごように命じられた。


「私の住むのは本城と別棟といえ、城で貴族が行き来すると目立つからな。君には秘密裏に行動してもらう。それに、養子入りした後は君は侯爵令嬢だ。成人前の子供といえど立場がある未婚の男女が同じ屋根の下にいるとどこかから漏れれば外聞が悪い上に大問題になる」


 そりゃそうだ、と思ったので私は同意する。

 側近は全てそのまま私についてくるようなので、私は少しだけホッとした。向こうに移って、また知らない人たちばかりになるのは苦痛だなと思っていたのでありがたい。

 王子から距離的に離れるため、守りを強化する魔術具をいくつか見繕ってくれるそうなのでとても安心だ。

 ミレーリットとカーレスがいくつか話し合いをし、護衛同士が確認を終えると部屋を後にした。


「今私が王子の城にいるのは、敵にバレてますよね? よろしいのですか?」

「バレていても、ここはレオナルド様の管轄なのでそう簡単に手出しできないですからね。それに、大罪を犯した逆賊を庇っていたとなれば強行突破することは不可能ではないですが、たった一人の身分のない少女を匿っていたからといってなんの罪にもなりません。逆に処罰されるのは相手側ですし、証拠や証言がない以上下手な噂を流せば侮辱罪として処罰されますから」


 自室に戻る中、不意に疑問に思いミレーリットに聞くと、ふっと笑って「そんな愚行をするくらいバカであれば簡単なんですけどね」と呟いた。

 本を燃やしたあの一件で、ミレーリットは完璧だった仮面を被るのをやめたらしく時々毒を吐く。私としては親しみやすいし、以前はお小言が回りくどすぎて何を言ってるのか解釈にいつも困っていたので嬉しい変化だ。他の側近はそうは思っていないようだけど。


 部屋に着くとお風呂に入って身を清め、寝間着に着替えたらベッドに入る。


「おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」


 天蓋のカーテンが閉められ、私は大きなベッドの上で一人目を瞑って眠りについた。




 翌日、いつも通りの午前を過ごし、昼食を終えてからは普段着よりちょっと豪華なドレスに着替えた。淡いピンク色のドレスに合わせて髪を結い合げ、同じ色の髪飾りをつける。ミレーリットとアレックスを筆頭に隠し通路を歩き、裏口に止められていた貨物用馬車に乗り込んだ。貴族の紋章がなく、平民の素朴な馬車で、荷台には大量の木箱や袋が入っている。そこに身を寄せ合うように乗り込んだ。護衛のダニエルとエドワードは変装して運転手になっている。


「これだけの荷物と人を馬だけで運ぶことができるのですか?」

「無理です。ですから、この軽量化する魔術具を使います。貴族を相手に商売する平民の商人なら誰でも持っている比較的安価な魔術具ですよ」


 成人男性の拳程度の大きさのグリーンの魔術具を所定の位置にセットすると、ほのかに光った。そして、明らかに重量オーバーで軋んでいた荷台が持ち上がり馬が颯爽と歩き始めた。


「わあ……」

「この魔術具は風の魔法を込めているのです」


 私はミレーリットが実践してくれた風の魔法を思い出した。杖の先にできた風の渦が木の置物を宙に浮かび上がらせて縦横無尽に動いていた。きっとあれと同じ原理なんだろう。


「魔術具はどうやって作るんですか?」

「まずは素材採集から始まりますね。簡単なものなら素材屋で買うのもいいでしょう。素材が手に入ったら魔術具の設計図と用途に合わせた魔法陣を作成して、ズレがないよう部品を作って組み立てていくのです。貴族用の豪華なものにするなら、その過程で宝石で装飾したりもします。これが一般的な作り方でしょうか」

「他にも作り方があるんですか?」

「ええ。魔力が多ければ多い程、素材が良い程、作業を省くことができたり時短できたりしますよ」


それなら私にもできるかも。部品を作るなんて、簡単なプラモデルの作成すら煩わしくて出来なかったのに難易度が高いと思ってたけど、魔力によってそこらへんが省けるなら嬉しい。


「魔術具も色々あるのですね、興味深いです」

「ふふ。馬車で行くのは少し時間がかかりますから、その間お勉強をしましょう」


 外の景色を眺めることもできず退屈なので丁度いい。私が同意すると、私と年が近いらしい未成年の側近らは少し顔を顰めた。




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