王と王妃(上)
番外編です。
「陛下、今後もご健勝にお過ごしくださいませ。失礼致します」
「シルビア、その、いろいろとすまなかったな」
「陛下、陛下は簡単に謝罪をしてはいけません。陛下の御心に添えなかったわたくしがいけないのです」
カラナリア王国国王カイザル・カラナリアの執務室に元王妃のシルビアが挨拶に訪れている。
第2王子ジルベールが王太子廃嫡となりモーリッツ辺境伯爵預かりとなって2年、ジルベールは王都に戻り、臣籍降下しジルベール・タイライナ公爵を拝命された。
同時に以前婚約破棄をしたエリシア・スタンジェイル公爵令嬢と婚約を結び直してこの冬婚姻する。
体調のすぐれないシルビアは王妃を退位した。本当は王族籍から抜けたかったのだけれどカイザルが首を縦に振らなかった。
シルビアは王宮を出て息子ジルベールの屋敷に病気療養として滞在する許可をもぎ取った。
王宮から出る事をカイザルが是としなかったためだ。
御飾りの妻だった。政務をさせるためだけに存在していた。それなのに何故?
シルビアは見事なカーテシーをして執務室を出て行った。振り返りもせずに。
人払いをしていた執務室にはカイザル一人が残った。
「何を間違えたんだ」
カイザルは呟く。
カイザルとシルビアは幼少期に婚約者となった。政略結婚ではあったけれどお互いを愛しみ相思相愛だった。
王太子、王太子妃教育は厳しかったけれど二人で乗り越えた。
シルビアは素晴らしい淑女となり、
そして婚姻した。
嬉しかった。大切にしようと思った。
婚姻して1年が経つ頃国内の貴族が揉めた。治める為にシルビアの生家と敵対した侯爵家から側妃を娶る事になった。
シルビアと話し合い、国内の平定は王族の義務として側妃を受け入れた。
それがミリアだった。子爵令嬢だったミリアは侯爵家へ養子に入り側妃となった。
ミリアは貴族令嬢とは思えないほど天真爛漫だった。
私が忙しくしていても食事は一緒にとりたいと言った。私を頼ってくれる事が嬉しかった。
ドレスが欲しい、宝石が欲しい、その我儘が可愛かった。
シルビアからは言われた事が無い。
今思えば私のため、民の税金を無駄にしないためだったのだけれどあの時の私はわからなかった。
どんどんミリアにのめり込む。私がミリアの我儘を聞いている間シルビアが私の分の政務までこなしている事も気がつかなかった。
第1王子イーサンが生まれた。
側妃が先に王子を産んだ事が問題になった。
私は嫌々シルビアのところへ行った。そう嫌々だ。
シルビアは私の滞っている政務の事やミリアの金使いの荒さなど私に言うのだ。うるさい。
ミリアのような可愛げがない。
子が出来たと聞いた時はほっとした。これでシルビアの小言を聞かなくてすむ。
ジルベールが生まれて続いてサファイアが生まれた。
ミリアは子育てをしなかった。シルビアがイーサン、ジルベール、サファイアの面倒を見ていた。
私はミリアを子供に取られたくなかったので丁度良かった。
三人がまともに育ったのはシルビアのおかげだろう。
シルビアがジルベールを王太子にしたいのだと王宮に噂が流れた。ジルベールはよく努力していた。次代の王となっても安心できる。王妃の息子なのだからと王太子に任命した。
その後ジルベールの婚約破棄がありイーサンが王太子となった。
婚約破棄のおかげと言ってはなんだが、久しぶりにジルベールと話が出来た。
あまりにもシルビアとミリアへの私の態度が違っていた事に自分の事なのに愕然とした。
シルビアは国の行事や国外からの来賓が訪れたとき王妃として完璧だったからか、その時に会うだけなのに『あ、うん』の呼吸のような関係だった。ミリアほどではないけれどシルビアとの関係は問題無いと思っていた。
その事がどれほどシルビアが努力した成果だったのか、シルビアは何も言わなかった。
シルビアと話をしなければと思うけれど何を話して良いかわからず延ばし延ばしにしていた。
夏、サファイアがモーリッツ辺境伯爵家へ行き、帰ってきてから様子がおかしい。
ミリアに聞いても
「いつもと変わりませんわ」
と言う。しばらく様子を見てみよう。
数日後、サファイアからジルベールの話を聞き、シルビアとの会話の話題が出来たので王妃の部屋へ向かう。
「先触れもなく来てしまったがシルビアは部屋にいるか」
扉の前に立つ護衛に声をかける。
この部屋を訪れるのはいつぶりだろう。
ジルベールの廃嫡を告げた時は私の執務室に呼んだ。あの時シルビアは
「わたくしの力が及ばず申し訳ございません」
と頭を下げた。私は非難されても仕方がないと思っていたので驚いた事を覚えている。
「なんだこれは」
シルビアの部屋は執務室となっていた。宰相、文官、それにイーサンまでいる。
「陛下、このような散らかした部屋にお越し頂き…申し訳ございません」
シルビアが頭を下げようとするので手で制す。
「皆、仕事中であったのだろう。続けてくれ」
私が言うと頭を下げていた宰相、文官、侍女が動き始めた。
「陛下、ご用件をお伺いしても…」
「あぁ、サファイアからジルベールの話を聞いたのでシルビアに教えようかと思ってな」
「…あ、ありがとうございます。その、イーサン殿下からお聞きしております」
思わずイーサンを見ると大きなため息を吐いていた。
「父上、私の執務室へ行きましょう。ここで話していては皆の仕事が進みません」
宰相や文官がこちらを見ている。
「私も手伝おう」
私の言葉に皆が固まった。何故だ?さらに言葉を出そうとすると
「父上、参りましょう」
イーサンに言われ、追い出されるように、渋々とイーサンの執務室へ向かう。
「何故シルビアの部屋が執務室になっている?あれではシルビアがゆっくり休めないではないか」
イーサンの執務室へ入ってすぐにイーサンを問い詰める。
シルビアの顔色は良くなかった。
「父上」
「シルビアの顔色が悪かった。休めてないのではないか」
「父上、落ち着いて、座ってください」
ソファに座り侍女の出したお茶を飲む。イーサンが人払いをし私の対面に座る。




