ウィリアム・モーリッツ伯爵
―ウィリアム・モーリッツ伯爵―
「騙してでも連れてきて。エリシアちゃんに会わせてあげて」
先ほど妻のアンネメリーから言われた言葉だ。
「ああ。やっぱり」
王太子を廃嫡された第二王子ジルベール殿下を我が家でお預かりするよう王宮から打診があった。
当初、話を聞いた時は『何の冗談だ』と思った。預かる事にでは無く、ジルベール殿下が王太子を廃嫡になったことにだ。
辺境を守る為王都へ行くのは数年に一度だがその時にお会いする殿下は少しは手を抜けば良いのにと思うほど刻苦精励していた。
伯父、甥の関係の為か私ともよく話をされた。市政のこと、隣国のこと、今後の展開など話が尽きる事がなかった。その度に皆に尊敬される立派な王になりたいとおっしゃっていたのに。
なぜこんな事に。
この辺境にいて詳しく事がわからないのがもどかしい。
娘のローズが学園から帰ってくるのと同時にジルベール殿下もお越しになったが…
まさかローズの護衛をしておられるとは思わなかった。
王子という身分なのに馬車に乗らず馬に乗り護衛の一人として。
護衛隊隊長サイラスもローズも
「殿下が望み、陛下も了承なさっている」
と言う。
どうなっているんだ。
殿下は私を見ると頭を下げた。
「伯父上、お世話になります」
「殿下、ようこそお越しくださいました。伺いたい事がいろいろありますが、まずは中へお入りください」
「私はモーリッツ領にいる間は王子ではなくモーリッツ領の騎士です。騎士として扱って頂きたい。呼名もジルベールでお願いします」
殿下は懐から出した手紙を私に渡した。
「これは?」
「父からです」
「陛下からですか。確かに承りました」
手紙を受け取った私は殿下に屋敷に入るように勧めるが
「先程も言いましたが、今日から私はモーリッツ騎士団の騎士です。皆さんと同様に宿舎に入ります」
そう言って一緒にきたアーロンと宿舎の方へ歩いていく。
ゆっくり話がしたかったが、王宮からも鍛え直す為に他の騎士と同様に扱うよう言われているのでサイラスに宿舎に案内するように言った。
殿下とはまた後でゆっくり話そう。
部屋へ行ったローズも何か知っているかもしれない。
私は執務室に戻り陛下からの御手紙を読んだ。
御手紙には今回の騒動の詳細が書いてあった。
衝撃だった。
私の知っている殿下はやる気に満ち聡明だった。まさか、王太子になる事を否定しておられたとは思いもよらなかった。
騙された、いやご自分の気持ちを上手く隠して周りの期待に応えようとしていたんだ。
我慢していたのか
こんな騒動を起こすほど心が疲弊していたのか
なぜ、誰も気がつかなかった。
私も周りの者達も。
陛下の御手紙には殿下のエリシア嬢への気持ちも書いてあった。身を引くと。
しかし、その後を読んで首を傾げる。
エリシア嬢がサファイア王女と殿下に会いにモーリッツに来るとある。
更に読んでいくとジルベール殿下とエリシア嬢、二人の事には何も手出ししないで欲しいとある。
それがジルベール殿下の希望であり、殿下の思う通りにして欲しいと。
陛下は殿下の気持ちを優先するのが親心だと思っているとある。
「これは違うだろう。言うべき事は言わないと駄目だ」
誰もいないのに呟いてしまう。
陛下の御依頼だから一応聞くが、気がすすまない。アンネメリーはどうするか。彼女なら必ず殿下とエリシア嬢に介入するだろう。
陛下の御手紙は机の引き出しにしまった。
その後殿下に王都での出来事を聞こうとしたが何も話していただけなかった。
ローズに聞いてエリシア嬢のことは少しわかったが殿下の考えはわからなかった。
「やはり、アンネメリーが出て来たな」
先程の会話を思い出す。
エリシア嬢は殿下を追いかけてきた。愛情があるからここ辺境の地まで来たのだろう。
そして、陛下の御手紙通りなら殿下もだ。
二人は勘違いしすれ違っている。
「これは何とかしないとなぁ」
アンネメリーのことは言えないな。ふっと笑みがこぼれる。
陛下の御依頼には従えない。陛下には申し訳ないが私はアンネメリーを手伝ってやろう。
帰るまでに二人が仲違いしているようなら陛下の御手紙をアンネメリーに見せよう。今見せると殿下を追及しそうだ。それでは殿下がますます自分の殻に閉じこもってしまう。
呼び出すのは鍛錬後の夕食前がいいな。屋敷に来るようにして、マーカスはサイラスに何か用事を言いつけてもらえばいいな。
ここはモーリッツ伯爵ではなく伯父として動こうか。
可愛い甥のために。




