父と息子 (上)
―カイザル・カラナリア、カラナリア王国国王―
皆が退室して部屋には私とジルベールだけになった。
「陛下、申し訳ありません」
ジルベールが頭を下げる。
「ジルベール、何があった。冬まではきちんと王太子の役目を果たしていたではないか」
「陛下」
ジルベールが俯き呟く。
「エリシア嬢とも仲睦まじくしていると聞いていた」
「陛下、申し訳ありません」
ジルベールは言い訳の一つもしてこない。
「どうして何も言わない。理由があるのだろう」
何も言わないジルベールに憤る。
「言い訳などありません。全て私の不徳の致すところです」
なぜだ。なぜ何も言わないのだ。
『あぁ』
私は自分が気が付きたくなかった気持ちに蓋をしていた事実に気づいた。
ジルベールはいつから私を父と呼んでいないのだ。
このように二人で話をしたのはいつぶりか。いや、話はしていた。だが、王と王太子としてであり、父と息子の話はいつからしていなかった?
愕然とした。ジルベールは自分の立ち位置を把握しており、迷惑をかける事もない息子のお手本のような行動をしていた。
子供が問題ないなどある筈が無いのに。
私はいつの間にか相談をしてこなくなったジルベールに問題はないと安心していたのだ。
そういえば、私は思い出した。3年前、ジルベールが学園に入る前だった。
「父上、私には王太子は荷が重く兄上になって頂きたいと思っております」
「理由を聞いても良いか」
「私が王太子になったのはスタンジェイル公爵が後ろ盾になったからです。私には兄上に優るものが何もありません。兄上が王になるほうが国のためになると思えます」
「シルビアは、お前の母であり王妃であるシルビアは知っているのか」
「母上には何も言っておりません。反対されます。ですが、父上は兄上と私、どちらが王太子となると良いかわかっていらっしゃると思います。
家臣達も申しております。なぜ私が王太子なのですか」
「私は、ジルベールお前が王太子で良いと思っておる。お前は王妃の子でありスタンジェイルが後ろ盾だ。何も心配することは無い」
あの時は家臣に何か言われ兄のイーサンに王太子の座を譲る事になるかもしれないという不安のために話をしたのだと思ったから言った言葉だったが違うのか。
あの時からか。私がジルベールから距離を置かれたのは。私には言っても無駄だと思ったのか。
「なぜ、今なのだ。3年前に話してからずいぶん経っている。何があった?」
「私は」
ジルベールが話し出す。
「私は王太子になった時からずっと兄上でなくなぜ私なのか、と思っておりました。3年前に陛下にお話をし、理由が…予想はしておりましたが、理由が確定しました。
母上の子であることは変えられませんがスタンジェイルとの繋がりは切る事が出来ます。しかし、それも私にはできなかった。
エリシアとの縁を切れなかった。
私はスタンジェイルかどうか関係なく、エリシアを一人の女性として愛していたからです。
スタンジェイルとの縁を切らずにいられるよう、二度と家臣に侮られないよう、王太子として認められようと思い、血を吐くような努力をしたつもりです」
「ああ、お前は王太子に相応しい人間だった。良く頑張っていた。
だからこそ、なぜこのようなことをしたのだ」
「自分の矜持とエリシアの幸せのためです」
「それではわからぬ」
「自分でも女々しいと思います。私が厳しい王太子教育を受けて来られたのはエリシアが支えになってくれたからです。私はそんなエリシアに相応しくありたいと思っておりました。
そしてそれはエリシアも同じ気持ちだと思い込んでいたのです。
…ですが私の勝手な思い込みでした」
「エリシア嬢もお前を好いているではないか」
ジルベールは何を言っておるのだ。
「そうですね。少しは」
「ジルベール私には言えぬか。私は王であるがお前の父だ」
私は、それ程信頼されていないのか。こんな事になっているのに相談もされないのか。
「私は3年前、お前の話をしっかり聞いてやらなかった。あの時のお前の気持ちをわかっていたならばと今、後悔しておる。
私のした3年前のお前の問いへの答えは間違いではない。だが、あれは条件でしかない。
確かにイーサンが王太子になっても大丈夫だろう。お前の言うように全てに優れておる。しかし、人の上に立つにはそれだけでは駄目なのだ。
王は一人で国を動かすわけではない。個人の能力とは別なのだ。家臣や民達にも感情がある。
お前には皆を惹きつける魅力がある。お前の努力している姿、皆に接する態度は皆に安心を与える。自分達のために(これほど)と。
そしてそんなお前のためならと助力してくれる。
わかるか?お前には王となる資質があったのだ。
今更だが、3年前にこの話をしなかった自分が悔やまれる」
ジルベールは肩を震わせて俯いている。
わかってもらえただろうか。
「父上、ありがとうございます。そのように評価して頂いていたとは思いもよりませんでした」
ジルベールが顔をあげた。
息子の顔に変わっていた。




