作戦
夏の休暇が近づいてきた。この日、伯爵家に帰るとお爺様が執務室に来るよう呼んでいるとトマスに言われた。
私は部屋にも戻らずそのまま執務室に向かった。
トントントンと重厚な扉を叩くと
「入れ」
久しぶりに聞くお爺様の声がした。
トマスが扉を開けてくれたので中に入る。お爺様は机に向かって書類を読んでいた。机の上には書類の束が何段も積んである。それを見ただけでもお爺様の激務が見て取れる。
「お爺様、スージーです。お呼びと伺い参りました」
お爺様は顔を上げて、立ち上がり
「スージー、久しぶりだな。少し話がある。ソファに座ってくれ」
と、ソファを指し、お爺様も座った。
「お爺様、随分とお疲れのようですが大丈夫ですか」
目の下にクマがあり、やつれたように見える。
お爺様と向かい合わせに座るとトマスが紅茶を淹れてくれる。
「美味しい」
紅茶を飲んで、強張っていたものが解けた気がした。緊張していたんだろう。こんな時にこんなに美味しい紅茶を出してくれる、流石トマス。
「トマス、いろいろ頼みたいこともあるから此処で一緒に話を聞いててくれ」
お爺様は紅茶を出して部屋から出て行こうとしたトマスを引き止め話をはじめた。
「想像がついていると思うが、ジルベール殿下の事だ。」
「やっぱり」
私は、大きく頷いた。
「スタンジェイル公爵と調べたんだが、殿下がエリシア嬢を無碍にする理由は分からなかった」
トマスが苦虫を潰したような顔をする。きっとトマスも調べたけれどわからなかったんだろう。
「殿下の話は進まなかったがユリウスの方が動いたぞ。昨日マキヤリア侯爵からスタンジェイル公爵へ婚約破棄の申し入れがあったのだ」
「へっ」
変な声がでてしまった。
「スージーの報告書からもロザリエンヌ嬢の様子がわかっていたからスタンジェイル公爵は 『やっとか』と言ったぞ。ハハハ」
お爺様、笑い事ではないのでは。
「スタンジェイル公爵やユリウス様はよろしいのですか」
ユリウス様はロザリエンヌ様を嫌ってはいたけれど、公爵家、侯爵家という最上位貴族の婚約破棄が簡単にできるとは思えない。ユリウス様に何かお咎めがあったりしないのだろうか。
「そうだな。公爵家、侯爵家の事だから陛下には報告しないといけない」
「そうですか」
上位貴族は大変だなぁ。と考えていると、
「陛下には夏の休暇に入ってすぐ、3日後だな、スタンジェイル公爵が謁見を申し出た。
公爵はその時にユリウスだけでなくエリシア嬢の話もするそうだ」
「ジルベール殿下との婚約破棄ですか。でも、証拠が少なすぎませんか」
髪飾りの事やロザリエンヌ様の言葉があったが、私にはそれ以上の証拠は見つけられなかった。
報告書にも殿下や令嬢の行動は書いたけれど、婚約者がいる者の行動としては褒められたものではないが政略結婚ならば致し方ない割り切れば良い、と言われそうだ。
「公爵や儂もいろいろ調べたからな」
お爺様がトマスを見て頷く。
トマス、いろいろ調べたんですね。万能執事ですか。
「見届け人として儂も呼ばれた。スージーも一緒にな」
「何故?私は必要無いと思います」
陛下の御前なんて嫌です。ただの男爵令嬢には荷が重すぎます。
「儂もスージーはどうかと思ったんだか、公爵が言うには、学園の話が出た時の証人の様な事をして欲しいそうなんだ。儂の隣で大人しくしておれば問題ないだろう」
そうですか。そうですね。学園の話になったら時々でも昼食を一緒にしていた私は証人として役に立てるのでしょう。
「わかりました」
お爺様は頷いて、微笑んだ。
『良い子だなあ。スージー』
と聞こえそうですよ。お爺様。
「その場には陛下とジルベール殿下。スタンジェイル公爵とエリシア嬢とユリウス殿。マキヤリア侯爵とロザリエンヌ嬢。儂とスージーになるな」
国の重鎮の中に男爵令嬢って場違いですよ。
あれ、王妃様はいないの?
「お爺様、王妃様はみえないのですか」
「あぁ、今回は席を外していただこうと思っておる。ジルベール殿下の事になると陛下でも王妃様を止める事ができないからな」
確かに、今回は婚約破棄が目的だから王妃様がいると話が進まないだろうな。噂で、王妃様は王子に全てをかけてると聞いた。
「王妃様を外せるのですか」
「その辺りはスタンジェイル公爵に任せてあるからな何とかなるだろう」
私はお爺様に陛下への謁見の方法を聞いた。決まり事があるから。ふと、ドレスが無いと気がついた。お婆様に相談しないといけない。
『あぁ、気が重い』




