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篭絡

作者: 水無飛沫

その頃は毎晩のように同じ夢を見ていた。

泣いている誰かが、僕の腰に両手を添えて、どこかへ行こうとするのを後ろから引き留めているような、そんな夢だったと思う。

朝になり目が覚める度に、悲しい気持ちになっていたのを覚えている。


そんなある日、僕は気づくことになる。

最初は気のせいぐらいに思っていたのだが、僕の腰の左側と右側、ちょうど夢の中で誰かが手を添えていた辺りに、薄っすらと痣ができていたのだ。

その痣は夢を見る都度、段々と濃くなっていき、やがては手の跡をくっきりと映し出すようになっていた。


恐怖がなかったわけではないが、その痣を見るたびに目覚めた時の悲しさが蘇って、どちらかというと愛おしく思ってしまっていた。

姿も知らぬ、夢の中の誰かに、僕は魅入られていた。



僕が彼女に出会ったのはちょうどそんな頃だ。

大学に入学したばかりで、半ば強引に勧誘されたサークルの先輩。

新歓のイベントやコンパで話すことはなかったが、喧騒の中で静かに笑みをたたえている様子がやけに印象に残っている。

静かで大人しい美人の先輩。それが彼女の第一印象だった。


ある日、サークルの部室で彼女と二人きりになってしまった時があった。

放課後というのに他には誰も来ない。

特に彼女に振る話題も見つからなかったので、誰かが置いていった雑誌を眺めることにした。


「ねぇ君、占いって信じる?」


小さいながらもよく透き通る声で話しかけられる。

思えば彼女の声を聴いたのは、これが初めてだったかもしれない。


「いい結果だったら信じますね」


確かそんなようなことを答えたはずだ。

みんなそんなことを言うんだよねー、と言いながら彼女が近づいてくる。

彼女は僕の隣に座ると「占ってあげよっか」と聞いてきた。

ちょうど暇を持て余していたので、僕もふたつ返事で首を縦に振った。


姓名判断・手相占い・人相判断。

しばらくはそんな占いだったと思う。

先輩の白くて柔らかい手が僕の手を握った時、切れ長の目で僕の顔をまじまじと見つめられた時、

正直どぎまぎしていたと思う。


最後に、「体相占いをしてあげる」と彼女が言った。

なるほど、窓の外は既に暗くなり始めていて、これ以上待ったところで誰も来ないだろう。

それにしても、体相占いとはなんだろう。そう思っていると、彼女が僕に立つように命じた。

なんでも、神経の集中している首から臀部に至るまでの背中の相でこれまでのことや、これから患いやすい病気などがわかるのだという。

僕は彼女に背を向け、Tシャツをまくり上げて背中を見せる。

その時、何か悪寒のようなものが後頭部に走った。


「やっと見つけた」


今までにない低い声で彼女がつぶやいたかと思うと、彼女が僕の腰に手を当てる。

「なにを……」視線を下げた僕は、驚きのあまり固まってしまった。。

彼女の手は、僕の痣と完全に一致している。

どういうことだ?

思考は先に進もうとせず、疑問だけが頭の中に溢れかえる。

夢の中と同じ状況に、遅れて恐怖が心を侵食していった。

一体今彼女は、僕の背後でどんな表情をしているのだろう。


落ち着け。

そう、彼女から少し離れて……。


「何処へ行くの?」


添えられた手に力が籠る。

彼女の身体が僕の背中にピタリとくっつき、か細い体の凹凸が否応なく僕に彼女の柔らかさを想起させた。


「ちょっと待ってください」

「もう待てないわ。ずっと、ずっと待っていたのだもの」


ダメだ。会話が噛み合っていない。

恐怖のあまり彼女の手を振り払って、急ぎ部室の出口へ向かう。

ドアを開けて、一旦外へ……

「あれ……?」ガチャリ。ノブを回しても扉は開かない。

ガチャガチャ……まるで鍵がかけられているかのようだ。

ガチャガチャ……鍵はかかっていない。

ガチャガチャ……うんともすんとも言わない扉を、押して引き、押して引き。

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

どうしてなんでどうして扉があかないどうして怖い助けてどうしてどうして


「やっぱり、私のものにはなってくれないの?」


ノブを回す音に交じり、彼女の透き通った声が鼓膜に入り込んでくる。

その悲しみに満ちた彼女の言葉に胸の奥底を刺激されて、振り向いて、彼女に向かい合う。


そしてその表情―カオ―を見て気づかされる。

哀しそうに、自嘲の笑みを浮かべる先輩。

夢の中で、ずっと僕を求めてくれていた女性。


こんなの、初めから逃げようがなかった。

だって、僕は初めから彼女に魅入られていたのだから。

蜘蛛の巣にかかった獲物のように、僕は彼女に絡めとられる。


差し込んだ夕陽が、ふたりの身体を紅潮させていた。

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