2話 彼女は寝坊したようです
目覚まし時計ががなりたてている。
目をうっすらと開けてみると目の前には朝八時三十分を指す時計が置かれていた。
懐かしい夢を見たんだ。10年ほど前の夢、流星の日のこと。
そして、私が魔法というものを手に入れた日の事でもある。
だが、今は感傷にふけっている場合ではないような気がする。
頭の中でけたたましくアラートが鳴っている。この状況はおかしい、と告げている。
私の部屋に目覚まし時計なんてないはずなのだ。
「これ……お母さんがおいていったのかな?あれ、でも……」
それもおかしい。私は一人暮らしで、私以外この家にはいないのだから。
きっと寝ぼけているのだろう。そういう事にしておこう。
私は中学卒業後、高校入学前の準備として高校近くのアパートに一人暮らしをしていた。
実家がこの学校からは非常に遠くて通学に不便だから、無理をしない、深夜にであるかない、週に一度はメールをする、などの条件で親を説き伏せて一人暮らしをしている。
どうしてわざわざこんな遠くの学校を選んだかって?運命かな!!
……ようはたいした理由があったわけじゃなく、なんとなくここを選んだのである。
私はとりあえずキッチンへ向かい、お湯を沸かす。
食パンを冷蔵庫から取り出し、一緒に出したハチミツを塗ってそのまま食べる。
食べ終わるころにお湯が沸いたので、作ったコーヒーをすすりながらゆっくりとスマホを眺める。
「今日から高校生かぁ……楽しみだな!」
私は今日、高校生になる。女子高生!いい響きだ。そしてたくさんのお友達が…具体的には二桁いくか位の人数が欲しいところ。花の女子高生として、なんとしても「ぼっち」だけは避けたかった。
私は左手を前にかざす。
「念のためっと…………《出納》」
すると手をかざしていた空間がねじ切れ、亜空間へと接続される。
この亜空間は《虚空》と呼ばれているらしく、物体をいれると時間が止まる。
最近読んだ小説などでいえば「収納魔法」といったところだ。
だが、これは厳密には亜空間ではないのではないかと、私は考えていた。
ただの亜空間にしては、質がいいような感じがするのだ。
無論他の空間などは開けないため、確認しようもないのだが。
私はその空間へ腕を突っ込み、頭の中で物を呼ぶ。すると私の手のひらにズシっとした重さが加わった。この空間は、頭の中で念じた道具を自由に取り出せるのだ。ドラゴンを倒しにいく某RPGの袋みたいだと思っている。
私はそのままかばんを開いて中を確認する。
「筆記具、よし!メモ帳、よし!エナジードリンク、よし!」
中身の確認をして、そのあと空間を閉じる。
一日目は入学式なので、教科書を受け取ったりするのだろう。
さすがにその場で亜空間へしまうのは不自然なのでやるつもりはない。
かといって荷物は増やしたくないので、必要な物は亜空間自体に入れておき、かばんから出すフリをして亜空間から取り出すわけだ。小さな物ばかりなのでなんとかなるだろう。
一見するとエナジードリングは不要に思えるだろうが、美乃にとっては重要だった。
「仲良くなるためには、プレゼントが有効!なんだよね!」
こないだ読んだ雑誌にはそう書いてあった。私は自分も愛飲しているお手製のエナドリを分けて上げる事にした。とりあえず10本は用意してある。
このエナジードリンクは「コユクミン」と呼ばれ、(そう呼んでいるのは美乃だけだが)
飲んだ事のある中学の同級生からは畏怖の対象として見られていた。
うたい文句は「眠気も疲れも吹っ飛ばすよ!!」なのだが、一般人からすると「眠気も疲れも(意識ごと)吹っ飛ばす」アイテムなのだ。
ただ、意識が吹っ飛ぶのは一般人の話である。これは、ゲームで言うところのMP回復アイテムなのだ。美乃がなんとなしにエナドリを混ぜて遊んでいた時、なぜか奇跡的に調合に成功、魔力の回復効果が見られたのだ。だが、魔力を持たない人間が摂取すると、魔力が暴走して体調を壊してしまうのである。現状では美乃しか美味しく飲めないのだが、本人の知る由もない事だった。
こうして朝食、手荷物の確認、着替えまで終わらせた美乃だったが、ここでとうとう気がついた。
「あ~~~~!!?もう八時四十分すぎてる!!遅刻だよ!」
私がこれから通う事になる夢園学院は朝は9時からとなっている。
学校まで三十分はかかる距離なので、もう遅刻である。
のんびりしながらゆっくりと朝食食べてたことを今軽く後悔していた。
もう少し早く食べるべきだったなー、と。
朝食を抜く、と言う選択肢は元より存在しなかった。
私は自室に戻り、昨日のうちにピカピカにしておいた制服に着替える。
黒いセーラー服だ。ふしぶしには青紫の箇所もある。
「《出納》」
そう唱えて、今度は内容の確認ではなくかばんを取り出した。
さすがに手ぶらは怪しまれるだろうから、あえて普通に持っていくことにした。
(今日は魔力が切れる事はなさそうだね)
その日の朝の体調によっては魔力量が若干変わる。魔法を使った際の感覚から推測して掴むしかないため確定ではないが、このカンに従った時に魔力切れになったことはないので、いまでも信じ続けている。
「さてさて、鬼が出るか蛇がでるか。れっつごー!!」
私、恋雲美乃は意気揚々と学校へ全力疾走した。