第八話 旅立ち
結局あの後、二人は誰にも咎められることもなく家へと帰った。なんだか気まずかった二人は終始無言でベッドに入る。しかし、やはり心身ともに疲労が溜まっていたようで、すぐに眠りに着くことができた。
次の日、二人は荷造りをしていた。この街から出ていくことを決心したのだ。二人には馬車などは無いため、あまり多くのものを持っていくことはできない。といってもユカリの場合、こっちに来てからまだ短いのでそこまで物が多いわけでもなかった。
「ねえセノ、これって何?」
「それは昔使ってたバッグ。もう捨てていい」
「じゃあこれは?」
「それは貰い物の服。着ないしもう捨ててもいいかな」
「じゃあこの布面積がすっごく小さい下着は?」
「……捨てといて」
ユカリは分かったと言って自分の荷物に入れた。
「でもこうしてみるとセノも普通の女の子だったんだね」
「突然どうしたの?」
「だっていっつも可愛くないコート羽織ったまんまだったし、こんなに私服を持っててもあれを上から着たら意味ないでしょ?」
「それは……私がコートを羽織り始めたのは三年前だから……」
「三年前って確か……攻略戦?があったんだよね」
「うん……今度時間があるときに話すよ。今は荷造りを早く済ませよう」
セノの様子からしてあまり気軽に話すことでも無いのだろう。ユカリもそのことを察して、作業の手を早めた。
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挨拶周りにはユカリ一人で行くことになった。セノが今街を歩けば、軽くパニックが起こしてもおかしくない状況であるからだ。昨日のギルドでの話はすぐに街に広がっており、水汲み場で婦人たちが有る事無い事を言い合っているのが聞こえてくる。
ユカリは今すぐその間に入ってセノを擁護したくなるも、ぐっと抑える。一般人からすれば最初から怪しかった人物がやはり牙を剥いたという認識なのだ。今ここでセノをかばえるような話術をユカリは持っていない。
イラつく気持ちを抑えるようにユカリは足を早める。セノが描いてくれた地図はわかりやすく、複雑に発展したこの街の裏路地をスイスイと進んで行くことができた。最初に着いたのは、ちょっと前にユカリの装備を買いに来た店だった。店内に入ってみると、奥から店主がのっそりと出てきた。
「おう、お前さんは確かセノと一緒にいた」
「はい、ユカリです。実は今度引っ越すことになったので、挨拶しに来ました」
「ほう、律儀なやつだ。ちょっと待ってろ」
店主の男は店の奥に行って何かを取り出したあと、手に何かを抱えて戻ってくる。
「昨日の話は聞いたぜ。おそらくあいつまたコートを駄目にしたんだろ?」
「また……?」
「なに、しょっちゅう修理に持ってくるからな。そろそろそれも限界になってきたから新しいのを作っていたのさ」
手に持っているそれは確かにコートのようだったが、所々紫に輝く線が見える。
「この光っているのは何ですか?」
「ああ、それは新設計の内蔵魔術陣だ。MPを込めて紡いだ糸を使って魔術陣を書いている」
光の線が描く形には見覚えがあった。確か指定した範囲に障壁を貼るものだったと思いだす。
「これは餞別だ。持っていきな」
ユカリはコートを押し付けられる。でも、と言うユカリに店主は背中を向ける。
「いいんだ。あいつのコートを繕っているうちにいろいろと新たな技術を身につけられた。それはそのお礼とでも思ってくれ」
それだけ言うと店主は店の奥へと引っ込んでしまった。ユカリは奥まで聞こえるように大きな声でありがとうと言って、店を後にした。
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ギルドにはいつもの喧騒はなかった。昨日のせいでまともに動ける探索者がいないのだ。それでも数人は既にギルドに陣取っており、困惑の混じった視線がユカリに突き刺さる。
「……何の御用でしょうか?」
「えっと、この街を出ることにしたので挨拶にきました。お世話になりました」
仕事の邪魔をしないように立ち去ろうとすると待ってと引き止められる。驚いて振り返ると職員が何かを書いて差し出してきた。
「新しいギルドに行ったときはこれを持っていってください。ランクの証明書類と引き継ぎのための書類です」
「はい、ありがとうございます」
ユカリが下げていた頭を上げると、そこにはいつもと変わらない無表情の職員がいた。しかし、その顔はどことなく微笑んでくれている気がした。
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「セノ、ただいま」
「おかえりなさい」
ユカリが家に帰ると、セノが暖かく迎えてくれる。この家も今夜限りでおさらばだと考えると、どことなく悲しさがこみ上げてくる。それに気づいたセノがユカリを心配するが、大丈夫だとユカリは返事する。
荷造りが終わった頃にはもう陽が沈んだ後だった。
「疲れた~」
ユカリがベッドにダイブする。しかし上質な物でもないベッドはクッション性もなく、ユカリは痛みに悶絶する。しかしながら――
「い、行きます」
「ちょっ!セノ!?」
セノもベッドに飛び込んでくるが、そこまで広くないベッドにもうひとり飛び込めるスペースはない。必然的にセノはユカリの上に落ちてくる。
「ぐえええ」
その後、二人きりの部屋の中に笑い声が響く。涙が出るまで笑った後、二人はお互いの体温を確かめ合うようにしながら、眠りについた。
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セノとユカリが家を出発して門へ行くと、ユカリがこの街に来たときにもいたエヴァルトが、背中を壁にあずけて居眠りをしていた。近づいてきた二人に気づきエヴァルトは目をゆっくりと開ける。
「よお、嬢ちゃんその荷物……出ていくのか」
「はい、エヴァルトさんもお元気で」
「ああ、嬢ちゃんもな。そんで、その後ろの奴は?」
エヴァルト新しいコートに身を包んだセノを覗き見る。しかしフードの中の髪色がみえたのだろう、すぐに露骨にしかめっ面になる。
「嬢ちゃんはこの選択に後悔しないか?」
「はい、絶対に」
エヴァルトはそうか、とつぶやいて肩から力を抜く。
「どうやら強要されているわけでもなさそうだな。後悔しねえって言うなら俺に止める権利はねえよ。元気でな」
二人の背中を見ながらエヴァルトは葉巻をポケットから取り出そうとする。しかしその手を抑える者がいた。
「レオノーレ、どうしてこんなところに」
レオノーレと呼ばれた女性は表情を全く動かさずに視線をセノとユカリに向ける。エヴァルトはそれを見てニヤリとする。
「珍しいじゃねえか、あんたがそこまで入れ込むなんてな」
レオノーレはその声に首を横に振る。
「私はただのギルドの職員で、あの子達はただの探索者。それ以上はなにもない」
「ははは、ならどっちなんだ?別れを悲しむ気持ちか?それとも悪魔が出ていってくれて安心する気持ちか?」
「そんなの……」
「ほら、送ってやるよ。まだ仕事はあるんだろ?」
「……ええ、そうね。復帰できている職員が少なくて忙しいんだったわ」
二人はギルドへと足を向ける。いつもは無表情のレオノーレは、いつもとは違う表情を浮かべていた。しかし、それに気づけたのは隣にいる男以外にはいなかった。
Cランク探索者:一般人の限界と言われている。これよりも上のランクに行くには才能が必要とされており、探索者の大半がこのランクで人生を終えている。