第四話 迷宮
セノはいつもは感じることのない温かさに目を覚ます。目を開けてみれば目の前には肌色の物体があった。いや、よくよく見てみるとそれは人の顔だ。
そういえば昨夜はあのあと落ち着くまでユカリに看病してもらったのだと思い出す。
ベッドから抜け出して伸びをする。ユカリはまだ眠っているようだ。無理もない、セノは窓を開けて早朝の空気を吸い込む。ユカリに毛布をかけなおしてから、服を着替える。こういう日でも朝から身体を動かしたかった。
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いつものトレーニングをこなして家に戻ったセノを迎えたのは香ばしい香りだった。
「セノさん、おかえりなさい。勝手に台所を使ってしまいました、すみません」
セノは気にしないという言葉を口にするが、その目は食卓に釘付けだった。美味しさが視覚から伝わってきそうなほど綺麗に調理され盛り付けられた朝食が、セノには御馳走にしか見えなかった。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせてそう唱える。昨晩ユカリに教えてもらった、ユカリの出身地特有の食前のお祈りらしい。教会のやたらと長いのに比べて手短で、セノはこれが気に入っていた。
食事の手は止まることがなかった。ほとんど外食をしないセノにとっては久しぶりの他人の料理である。家にある食材でこれほどの料理がつくれることに感心しながら、次々に腹におさめていく。テーブル上のものがなくなるのにそれほど時間はかからなかった。
「私は外に行ってきますね。出るときには鍵をかけてポストに入れておいてください」
「あっちょっと待ってください。お、お願いがあるんです」
「なんですか?」
ユカリは一瞬ためらったが、すぐに首をふる。
「わ、私も一緒に連れて行ってください」
緊張してつばを飲み込むユカリに対して、セノは目を細める。
「私はこれから迷宮に入ります。確かに出てくるのは雑魚と呼ばれる敵ばかりですが、危険は存分にあります。それでも本当に一緒に来ますか?」
「迷宮……はい、お願いします」
聞き慣れない言葉に戸惑いながらもユカリは決心を固める。どちらにせよこの世界で生きていくには今の平和ボケした自分では不安だったのだ。これを機に自衛ができるくらいには戦う力を身に着けたかった。
「はあ、ちゃんと考えた結果のようですし。わかりました、それでは行きましょうか」
「はい!」
セノが差し伸べた手をユカリは掴み、二人はともに家を出た。
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「ここに入りましょう」
「あれ?迷宮に行くんじゃないんですか?」
「ユカリさん、あなたその格好で行くつもりなんですか?」
ユカリは今、セノの私服を身にまとっている。露出は確かに少なく作られているが、どこかに引っ掛けでもしたらそこから破けてしまうだろう。
セノが入った店は裏通りに玄関があるような、暗い雰囲気の店だった。店内は装備品がぎっしりと詰め込まれてあり、人1人がやっと通れるような狭さしか残っていない。
「いらっしゃい……セノか。何用だ」
「お久しぶりです。この子が迷宮に入りたいらしいので装備を見繕ってもらえませんか?」
店の奥から屈強な男が出てくる。ドワーフだ、とユカリはその男の身長を見て思った。発達した筋肉に伸ばされた髭、そして自分よりも低身長、まさにドワーフといった風の男はユカリのことをジロリと見る。
「わかった。セノは奥に行っとけ、客が見たら逃げてく。おっとそこのお前さんはこっちだ」
店の奥へと行くセノに着いていこうとしたユカリは、腕を引っ張られ部屋に押し込まれる。
「お前さん、いったいどういうつもりであいつと一緒にいるんだ?」
二人きりになった部屋での第一声がそれだった。
「それはセノさんが銀髪の悪魔だからということですか?」
「ああ、そうだ。どうしてわざわざ嫌われ者の隣に立つ?」
棚からいろいろと機材をとりだしながら男は続けて質問する。
「それは……」
ユカリは言い淀んでしまう。よくよく考えてみればユカリにとってのセノはこの世界で初めて会った人というだけに過ぎない。
「だ、第一印象でしょうか」
「ほう、お前さんは第一印象で自分の人生を決めちまうのか」
「いえ、そういう訳ではないですが。なんというかこの人なら信頼できる、そう思えたんです」
「……この話はヤメだ。採寸するからこっちに来い」
男は採寸をするためにユカリに近づく。男性に迫られるのは初めてだが、なぜだか嫌悪感は思ったよりもわかなかった。
採寸が終わり、装備の加工に移る。運動神経が良いというわけでもないユカリは、丈夫な服を補強した防具に決め、剣も比較的軽めの小さなものにした。
「おいセノ、終わったぞ」
「ありがとうございます。料金はここに置いておきますね」
セノが店を出ていく。ユカリは再びお礼を述べて、セノに続く。
「ああ1つ言わせてくれ」
「なんですか?」
「第一印象ってのは結構大事な要素だ。ルーキーに幸運を!」
ユカリは驚いた表情を浮かべたあと、満面の笑みで男と拳を突き合わせた。
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「お父さん、さっきの子だれ?」
「今日から迷宮に潜る新参者だとよ」
「ふーん……ルーキに幸運を」
「見てたのか……忘れてくれ」
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ギルドの扉を開ける。今日も少なくない視線が二人に突き刺さる。注目の際に一瞬止まった喧騒は、今日はさらに大きな喧騒となって戻ってくる。聞き耳をたてて見れば、銀髪の悪魔と黒髪の天使などという言葉も聞こえてくる。
昨日突然ギルドに現れた黒髪黒目の少女は、一晩で周知の話となった。同じく特徴のある髪を持つセノと比較され、悪魔に対して天使と呼ばれていた。
そんな二人が仲良く同時にギルドに現れたのだから終わりのない議論の始まりである。
その様子を横目で眺めつつ、二人は窓口に向かう。
「迷宮の入場手続きを二人分お願いします」
いつもの無表情系職員は無言のまま手続きを済ませ、許可証を二人に渡す。それを受け取り迷宮の入り口へと向かう二人には容赦のない視線が突き刺さるが、話しかけてくる猛者は居なかった。
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迷宮は探索者たちの主な収入源である。中では魔物と呼ばれる迷宮内特有の敵性生物が湧き、何層かに一度はボス級と呼ばれる魔物と対戦をしなければ先に進めない構造になっている。各地に点在している迷宮だが、既に攻略され尽くしたものいくつかある。最後のボスを倒した後に進める部屋に迷宮の核と呼ばれる球状の物があり、それを壊すことで迷宮の魔物を生み出す能力を停止させる事ができる。
迷宮は今もなお発生し続けている。管理されていない迷宮からは魔物が外へ溢れ出し、甚大な被害を及ぼしてしまう。国はこれに対処するためにギルドという機関を設置し、探索者という仕事を承認した。ギルドは迷宮の近くに建設され、その迷宮の管理をしている。探索者の入場制限もその仕事の1つだ。
迷宮の特徴の1つに、迷宮内に湧く魔物の数の制限がある。常にほぼ一定の数に保たれるため、例えば低階層の敵のみを倒し続ければ、より高階層に敵が集中するという悪循環をもたらす。湧く魔物は階層で決まっているので、迷宮全体の難易度がどんどん上がっていくのだ。
セノが目をつけられている理由の一つがこれだった。彼女はその日を生きていくためだけに低階層で最低限の狩りをするのみだ。本来Cランクといえば、迷宮の最終攻略戦のパーティーメンバーにいてもおかしくないくらいの強さを持っている。しかしセノの強さは、誰も知らない。だから不正にランクを得ただの、ただ不真面目なだけだのと噂がたってしまうのだった。
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迷宮へと入ったユカリは、外と空気が違うことを肌で感じ取った。湿気が多く、服が肌に張り付くのを不快に感じながらも、濃い血の匂いを感じ取って頭は警鐘を鳴らしていた。
「今日は全部私がやります。ユカリさんは少し離れてから見ていてください。それと、もし危険な目にあったらすぐに逃げてください」
いままでになく真面目な声のセノの言葉にユカリはうなずく。セノが剣を抜いたのを見て、自分も剣を鞘から取り出してみる。刃物なんて包丁くらいしか握ったことないな、と思いながらもその握り心地を確かめるように軽く左右にふる。
セノはそのようすを横目でみたあと、興味がなさそうに視線を前に戻した。このときにセノが特訓することを決意したことをユカリが知るのは、もうしばらく後である。
前方でセノとは違うところから物音がしたことにユカリは気づく。セノも同じく気づいたようで、装備をチェックしている。
「それじゃあ行ってくるのでユカリさんはここで待っててください」
ユカリは無言でうなずく。セノの戦闘を見ることで何かが吸収できればと思っていた。だがすぐにそれが間違いであることに気づく。一時も目を離すものかと目を開けていたのに、一瞬でセノの姿を見失ったからだ。
前の方を見れば既に一太刀目を振り切った姿のセノがいた。セノはすぐにバックステップを踏み距離をとり、返り血すらも回避する。4,5体はいた魔物がすべて息絶えるのにそれほど時間はかからなかった。
「そんなに呆けてどうしたんです?」
何食わぬ顔で戻ってくるセノを見て、ユカリは自分がとんでもない人物に付いて来てしまったことに気づく。参考になることなんて何もなかった。セノの動きはただ異常に速いという点を除けば、ごくごく単純な動作だったのだ。踏み込み、斬りつけ、戻って、再び踏み込む、その繰り返しだ。これがベテラン探索者かとユカリは驚愕する。
セノがCランクの域を超えていることに気づくのには、あまり時間はかからなかった。
魔獣と魔物:魔獣とは、MPを持ち人よりも知性の劣る動物である。魔物とは魔獣のなかで、迷宮の核によって生み出されたものを意味する。魔物にはMPが蓄えられた核があり、それを魔晶石と呼ぶ。
短編を投稿しましたのでよろしければ御覧ください。→https://ncode.syosetu.com/n4458ez/