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銀髪の悪魔は黒髪の転移者と共に行く  作者: 畑渚
第一章 始まりの街
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第二話 出逢い

 セノが目を覚ますと、まだ太陽が水平線から顔を出したところだった。寝巻から動きやすい服に着替え、身体をほぐしながら外へ出る。走りだしたセノの頬を、真昼の暑さが嘘みたいな涼しい風が撫でる。いつものコースを走ったあと、家の庭でトレーニングを始める。筋トレだけでなく、剣の素振りや足捌きも含めた独自のメニューだ。

 もう今となってはほとんど意味をなさない行為だという自覚はある。これを始めた頃――十年以上前には毎日筋肉痛に悩まされていたが、今はもう負荷すら感じない。だが、ルーチンというものだろうか、これをしなければセノは落ち着かない気持ちになってしまうのだった。

 トレーニングから帰ってきたセノを迎えたのはやはり静寂だった。朝食を済ませて装備を整える。


 「行ってきます」


 その言葉に返す者はまだいない。



=*=*=*=*=



 ギルドの扉を開けると、少なくない視線がセノに突き刺さる。それを無視しつつも窓口に行って、昨日の便箋をカウンターの上に置く。


 「……少々お待ちください」


 いつもの無表情の職員が珍しく言葉を口にしたのに驚きつつ、しばらく待つ。


 「お待たせしました。指名依頼をお受けになるということでよろしいでしょうか」


 セノは無言で頷く。


 「それでは、こちらが予備の書類になります。……お気をつけて」


 「はい、ありがとうございます」


 受け取った書類には、依頼の内容とギルドの印鑑が押してある。不備がないことを確認して、大事にバッグへとしまう。酒場で水と食料を補給し、森へと向かうことにした。

 今日も雲ひとつない快晴だ。神は私のことが嫌いなのかなどと考えながら、まくっていた袖を戻して細腕を隠した。



 =*=*=*=*=



 森の入り口についたセノが感じたのは、異様な雰囲気だった。これまでの道中とは何かが違う、そういった空気を感じ取り抜剣する。

 先程の野営地もそうだった。残されていたのはもう数ヶ月以上前になるだろう痕跡のみで、最近ここ付近に人が来たことを示す痕跡はなにもない。森の探索は1人でするような依頼ではない。多くの探索者が成果を競い合うような、ギルドでの一大イベントとも言えるようなものだ。それなのに他の探索者の形跡が見られないというのもおかしい話だ。まるでセノ1人がここに来るように差し向けられたかのようである。

 そのことに気づいたセノは、やっぱり罠だったかとうんざりした表情を顔に浮かばせる。だがしかし、一度受領した依頼を投げ出すわけにはいかない。


 警戒心を高めながら森を進む。やはり人の手は入ってないようで、草を剣で払いながら進まなければ行けなかった。


 「これは足跡……獣にしては大きいから魔獣?でもどうしてこんなところに」


 セノが見つけたのは、獣道に残っていた大きな痕跡だ。残念ながら探索者歴がある程度長い彼女でも、その足跡は記憶に無かった。


 獣道に沿って進んでみると、しばらくして再び同じ場所に戻ってきたことに気づく。念のためにもう一周してみてこの獣道が円形であることに確信を得たあと、セノは今度は中心へと向かってみることにした。しばらくして再び獣道を見つけたあと、今度はそれの道をたどる。


 「やっぱり、円状になってる。しかもこの形って魔術陣?」


 セノは枝を拾って地面に頭の中にマッピングしてある道を描いてみる。もし魔術陣だという推測が正解であるなら、こんなにも複雑で大規模な魔術陣は人族には描けないので魔族の仕業ということになる。魔術陣に関してはセノには知識がないため、この魔術陣が何をするためのものかはわからない。


 「魔術陣なら中心に何かあるはず」


 座り込んで考えていたセノは、立ち上がり土を払う。人の手が入っていない森は鬱蒼としているが、人目を気にしなくても良いという点でセノはこの空気も好ましく思えてきたのだった。


 円の中心方向へしばらく進むと、また獣道ができている。付近の足跡も最初に見たものと全く同じで、やはり何かしらの意図を持って獣道を作っていることを確信する。

 そろそろ数えることが面倒になってきた頃、獣道の間隔が広がってきたことに気づく。真上を見上げてみるとちょうど正午くらいだったので、セノは少し休憩することに決めた。水筒の水を飲み、干し肉に齧りつく。周囲の警戒を怠ることはなかったが、それは必要がないことだった。なにせ、この森に入ってから一度も、セノ以外に動く者を見ていないからだ。


 休憩を済ませて再び中心へ向かって歩いていくと、開けた場所に出た。ここも円状になっており、中心には石碑が建っている。


 「これは……だめだ、知らない言語で書かれてる」


 石碑には不可思議な記号で何かがびっしりと書き込まれていた。解読はできないが、何かしら意味をもった文章であることだけは分かった。とりあえず紙に書き写しておくか、と手袋を外し石碑に手袋をかけたとき、セノの指が石碑に触れた。


 その瞬間、石碑を中心に風が吹き荒れる。いや、これは風ではない。高密度な魔力の奔流だ。セノが踏ん張るために石碑を掴むと、その流れはさらに激しさを増す。

 その日、セノは記憶に残るあの日を超えてから初めて、自分のMPが枯渇する感覚を味わったのだった。



=*=*=*=*=



 ユカリは風が落ち着いたのを肌で感じて目を開ける。そこは見覚えのない森の中だった。足元には1人の少女が倒れており、辺りはユカリを中心に放射状に風が吹いたかのように木々が倒れている。

 何度か瞬きをして景色が変わらないことを確認すると、頬をつねる。


 「い、痛い」


 変な行動をとってしまうのも仕方がないだろう。むしろパニックになっていないだけ彼女は精神力が強かったとも言える。

 ユカリは先程まで、学校から帰っているところだった。川沿いの道を歩いていると突然風が強くなってきて、それに思わず目を瞑り再び開けばここにいたのだ。


 「あ、女の子!だ、大丈夫ですか!?」


 足元に倒れていた少女の肩を叩いてみる。意識は無いが呼吸は落ち着いていることを確認し、とりあえず寝かせておくことにした。ユカリは少女のそばに落ちていた剣を拾う。ユカリには剣の知識などないが、ところどころに見られる傷から長年使われているものだと理解する。


 「コスプレ用の模擬刀、なら良かったんだけど」


 近くの草をちぎって刃に当ててみると、すんなりと刃が通る。少なくとも包丁以上の切れ味はありそうだと思い、気をつけながらそっと鞘に戻した。


 「うっ……」


 「あっ!大丈夫ですか?」


 「あなたはいったい……」


 目覚めた少女はしばらくボーっとしていたが、急にハッと目を見開いたかと思うとそばに置かれていた剣を迷わず抜いた。


 「わっちょっと待ってください!」


 「あなたは誰?目的は?」


 「私?私はユカリ!目的も何も気づいたらここにいたの!」


 少女は警戒を解かずに、腰のポーチから青い液体の入った瓶を取り出し、一気に煽る。まるでRPGのポーションみたいだ、とユカリは思った。


 「ゆっくり後ろを向いて、手は上に上げて」


 ユカリが指示された通りに動くと、少女の足音が近づいてくる。剣の腹を肩に乗せられて思わず身がすくむ。


 「どこからきた」


 「に、日本!」


 「ニホン?聞いたことない地名だが」


 「えっとここはどこ?なんていう国なの?」


 「……あなた何者?」


 「わ、私はただの高校生です」


 「学生……確かにその服は上質なもののようだけど」


 「へっ?普通の公立の制服ですよ」


 「コウリツ?何を言っているんだ」


 ユカリは理解した。やはりここは地球ではない。異世界に来てしまったのだ。でなければ日本語でもない言語でスラスラと話せるわけがない。


 「と、とにかく私には抵抗の意思はありません!」


 「……ボディーチェックさせてもらう」


 少女の細く白い指がユカリの身体を隅から隅まで這い回る。


 「わかった。もう楽にしていい」


 やっとのことで少女の許しを得て、ユカリはその場に座り込む。初めての殺気と初めての刃物の冷たさは、彼女を疲労させるには十分すぎた。


 「じゃあ改めて、私は友納由香梨。あなたは?」


 「……セノ」


 眼の前の少女は、ユカリの質問に対してそう小さく返した。


魔術:何かを代償にして新たなものを生み出す術。魔術陣を事前に書いておくことにより、MPを注ぎ込めば即座に発動することができる。また、魔法とは区別されている。


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