9話 霊峰への試練
「ちょっと、シグルズ! そんなに慌てることないんじゃないの?」
「嫌なら、俺一人でも行く!」
「嫌なんて言ってないわよ! ただそんなに慌てなくても……」
「俺もよく分からないけど、どうしても今すぐ行きたいんだよ!」
今、俺は街道をひた走っているところだ。
後ろからは文句を言いながらもヒルダが着いてきてくれる。
なんだかんだと言って俺に着いてきてくれるからありがたい限りである。
何で慌てて走っているかというと、飛び去った竜を追うためだ。
突如王都上空を飛行していった竜。
その竜は王都から見て北東の方向へと飛んで行った。
北東には、「霊峰ワーガルド」と呼ばれる雄大な山がそびえ立っている。
竜はこの神聖な山に向かって飛んで行ったに違いない、と妙な確信があった。
だからこそ、その山に向けて走っているのだ。
我ながら無鉄砲なものだ。
もし山を登ることになればこんな装備では無理だろう。
もっと入念な準備が必要になるのだが、それを分かっていながらも足が動いてしまうのだ。
まるで魅了の魔法にでもかかってしまったような感覚だ。
街道を走っていると、道中で何体もの魔物と遭遇した。
おおよそ北に進路を向けているので魔物と遭遇する確率が高くなるのはしかたがないことではある。
魔界に近づいているようなものなのだから。
ただ、そこまで強力な魔物には遭遇しなかった。
せいぜいスライムやコボルトといった下級の魔物くらいだ。
このレベルの魔物なら苦戦するようなことはない。
これでも、騎士団として大型の魔物討伐などにも参加したことがあるし、元騎士団長の父さんから稽古をつけてもらったこともある。
油断大敵とはいえ、それなりの自信はあるということだ。
「こっちは倒し終えたわよ」
「俺も終わった」
何度目の遭遇か数えていないが、スライムの群れを討伐し終えたところだ。
だんだんと作業的になってきてしまい、ヒルダも俺も無言のままで核の回収まで行った。
スライムといえど、核を持っていけばそれなりのお金になる。
大事なことだ。
「それで、この先どうするつもり?」
「もちろん進むさ!」
「正気?」
「ああ」
「分かったわよ! シグルズに着いていくわ!」
半ば諦めたようにヒルダが同意を示してくれた。
何故ヒルダがこの先に行くことを躊躇っているかというと、道がないからである。
今俺たちがいる場所が街道の終点なのだ。
残念ながら、「霊峰ワーガルド」はどこの国にも属していない。
そのため、俺たちが住んでいるアヴァロン王国も街道を整備できないのだ。
何故どこの国も統治しないかというと、霊峰の神聖さを保つためにはどこの国の所有物にもしないということで話が纏まっていると聞いている。
本当のところ、どういう思惑が働いているかは知らない。
ただ、どこの国にも属していないため霊峰に行くことは自由なのだ。
出国や入国の手続きがないのは楽で良い。
そんな俺たちの目前に広がっているのは広大な森林。
霊峰の麓には木々が生い茂っているのだ。
そして、ヒルダが躊躇っていた理由はまさにこの森が原因である。
この森は危険な森として知れ渡っている。
魔物の巣窟と言われたり、自殺のスポットと言われたり、一度入れば二度と出てこられないと言われたりしているのだ。
いわば霊峰を訪れる者への試練と言っても過言ではない。
「よし! 行くぞ、ヒルダ!」
「えっ、ええ。離れたら危ないから近くにいてね、シグルズ」
「手でも繋ぐか?」
「えっ!? いや、まだ大丈夫よ。うん、大丈夫」
なんだかヒルダの様子がおかしい。
と言っても心当たりはある。
まあ、ヒルダはオバケとか幽霊とかそういう類が大の苦手なのだ。
この森が自殺スポットだとか、森に入ったまま出られなくなった者たちの魂が彷徨っているとか言う噂話を鵜呑みにしているんだろう。
確かに出てもおかしくない雰囲気ではあるけど。
こういうヒルダを見てると護ってあげたくなる。
少しでも頼りになるってところをアピールしなきゃな。
ということで、僅かな下心もありながら俺とヒルダは森へと足を踏み入れたのだった。