7話 魔物との戦い
朝になり俺とヒルダは魔物の情報を集めている。
昨夜は宿屋のおばあちゃんのご厚意により、ただで一泊させてもらった。
部屋はヒルダと同じ部屋だった。
まあ、もちろんベッドは別々だったけど。
昔は一緒に寝ることもあったけど、ここ数年は二人でお泊りなんてなかったから、なんか分からないけどドキドキと胸が高鳴った。
もしかしたら何かあるんじゃないかっていう、思春期特有の感情なのかもしれないな。
結局は朝まで何もなく過ぎて行ったし、ただただ俺が寝不足になっただけだ。
「ふわぁ~」
あまりの眠気に欠伸をしていると、
「さっき起きたばかりなのにもう眠いの? 昨日は眠れなかった?」
とヒルダが問い掛けてきた。
正直眠いし、昨日寝られなかったのは事実なんだけど、その理由をヒルダに言うことはできない。
ヒルダと一緒に寝ることに興奮していたとは口が裂けても言えないからな。
なので、嘘をつくことにした。
「魔物と戦うことにワクワクして眠れなかったんだよ。イメージトレーニングってやつをしてたんだ」
「そういうことするタイプじゃなかったと思うんだけど。金蕾の騎士団のころからシグルズが魔物との戦いに真剣に取り組んでるのは知ってるけど、気を抜けば死ぬぞ、とか、ちゃんと体を休めろ、とか言ってたじゃない。それなのに魔物との戦いの前日に休息を怠るなんて」
「いや……まあ、その……あれだ、冒険者になって気持ちが昂ってたというか、なんというか……」
「まあいいけどね、あなたは私が護るから。いつも通りね」
そう言うとヒルダは前を向いて歩き始めてしまった。
ヒルダは本当に俺のことをよく見ているなと、純粋に驚いてしまった。
ヒルダが言うように騎士団のころから魔物の戦いには全力を尽くしてきた。
父さんのような立派な騎士になりたい一心で。
だから、体調には細心の注意を払ってきたし、騎士団として失敗できないから他の団員にも魔物と戦う上での心得を伝えてきたつもりだ。
まあ、あいつらは聞きやしなかったけど。
ヒルダはそのことをよく覚えていたんだろうな。
思い返せば、俺の話しをちゃんと聞いてくれるヒルダには、つい嬉しくなっていろんなことを話していた気がする。
スライムと戦う時はこうだとか、ゴブリン相手ならこうするのが良いとか、ほとんどうんちくを垂れ流していただけなんだけど、嫌な顔一つせず聞いてくれた。
そんなヒルダに対してあんな口から出まかせ言うなんて、悪いことしたな、と反省しながらも前を歩くヒルダに着いていく。
今俺たちは猪型の魔物に着いて情報を集めているところだ。
宿屋のおばあちゃんにも話しを聞いたけど、宿からあまり出ないから詳しい話はできないと言われてしまった。
なので、村の住人から話しを聞いているのだ。
数人の住人から話しを聞いたところ、現れる猪型の魔物は数匹の群れで行動しているとのことだった。
一番大きいもので人間と同じくらいの体長があるらしい。
そして、長く尖った牙を持っているとのことだ。
突進されればひとたまりもないだろうなと情報から推測された姿をイメージする。
そして、猪型の魔物は村のすぐ近くにある畑に現れるとのことだ。
畑で育てている作物を食い荒らしているらしい。
畑を耕している人の話だと、前回食い荒らされてから少し間が空いて、そろそろ作物が育ち始めるころだから、また食い荒らしに来るかもしれないとの情報が得られた。
一通り全ての村人から話しを聞くことができた。
大きくない村だから、情報収集にそこまで時間がかからなかったため、まだ昼前だ。
集めた情報を統合すると、数匹の猪型の魔物が出没し、畑を食い荒らしており、もうすぐ現れるかもしれないということだ。
そして、牙を持っているため危険であるということが分かっている。
「決着は近いってことだな~」
「猪型の魔物との交戦は初めてなんだし気を引き締めないと」
軽食を取りながらヒルダと言葉を交わす。
先ほど、少し早いが昼食のために軽食を購入した。
魔物がいつ現れてもいいように素早く食べられるものを選んだのだ。
「どういう風に立ち回るかが重要になる、猪型の魔物なら突進が一番注意するべき攻撃だろうからな」
「そうね。まずは足に攻撃して機動力を奪うのが良いかもしれないわね」
「数匹が同時に襲ってくると厄介だが、今の俺たちの装備ではその作戦しかないかもしれないな」
こうして作戦と呼べるものではないが、魔物を討伐する上で一つの指針が出来た。
パパッと昼食を済ませ、この後どうするかを話し合っていると、
「魔物が出たぞー!!」
と畑の方から村人が走ってくる。
どうやら件の魔物が現れたようだ。
「行きましょう」
「ああ」
ヒルダが俺より一足早く駆けだした。
それに続くように俺も走り出す。
畑に着くと4匹の猪型の魔物が作物を荒らしている所だった。
見た目からも禍々しいものを感じることから魔物で間違いないだろう。
原生の猪ならこんな邪悪な魔力を宿してはいないはずだ。
それに見た目も黒っぽく、紫黒色の模様が体表を形を変えながら動いている。
「猪型の魔物ってこんな感じなんだな」
「おぞましいわね」
「やるぞ、ヒルダ!」
「ええ、ここで倒す!」
俺とヒルダは武器を取り、魔物との距離を詰めていく。
慎重に距離を詰める。
いつでも回避行動ができるようにだ。
この魔物が猪と同じ動きをするならば、必ず突進してくるはずだ。
そして突進のスピードはかなり速いと考えられる。
一瞬気を抜けば、鋭い牙により体を貫かれるだろう。
後数十メートルという距離まで近づいたところで魔物がこちらに気づいたようだ。
作物を食べることを止めこちらを見ている。
どう動く?
突進してくるか、もしかしたら逃げる可能性もある。
逃がしてしまえば、次に現れるのがいつになるか分からない。
なんとしてもここで倒してしまいたい。
『グォォォ』
一番大きい魔物がこちらへ突進してくる。
どうやら逃げられるということはないようだ。
これで一つ安心することができる。
ドッドッと地面を駆けてくるが、予想よりも遥かに速い。
数十メートルの距離をほんの数秒で詰めてきたのだ。
俺とヒルダは避けることがやっとだった。
咄嗟に横へと転がりながら回避する。
俺が転がったところを魔物が通り抜けていく。
一秒遅ければ串刺しにされていただろう。
それはヒルダも同じようだ。
足を攻撃することを狙っていたようだが、攻撃しようとしたときにはすでに通り過ぎてしまっていた。
ギリッと歯を噛みしめている。
幸いなことに最初の一匹しか突進してこなかった。
残りの三匹にも波状攻撃されていれば今頃命は無かっただろう。
俺とヒルダは立ち上がり体勢を整える。
「予想以上に早かったわね」
「ああ、躱してからの攻撃じゃあ間に合わねえな」
「だからといって真正面から受け止めるのは無理じゃない?」
「流石にそれは無理だが、一つ考えがある」
「考え?」
先ほどの魔物は攻撃態勢に入り、もう一度こちらへ突進を仕掛けようとしている。
俺とヒルダは武器を構え魔物と対面する形をとる。
俺の考えはヒルダに伝えてある。
あとは突撃を待つばかりだ。
魔物は前足でザッザッと地面をかいている。
攻撃の予備動作だろう。
そして、ドッと一歩目を踏み出した。
とんでもなく爆発力のある一歩だ。
一気に距離を詰めトップスピードになる。
俺は先ほどと同様に横に避ける。
あわよくば一撃をと思い剣を振るうが空を斬ってしまう。
まだまだスピードについていけていない証拠だ。
俺は立ち上がり過ぎ去った魔物を見る。
その魔物の背中にはヒルダが飛び乗り槍を突き刺していたのだ。
これが俺の考え。
とても作戦にはなりえないが、ヒルダの身体能力を信じてのことだ。
「すげえな、あいつ」
つい感想が口に出てしまう。
こんなアホみたいな考えを一発で成功させてしまう、それどころか魔物の突進に怯えることなく飛び乗れるヒルダに心の底から感心してしまう。
本来なら俺がやりたかったのだが、
「魔物に飛び乗る作戦だ。正直他にも良い考えがあるかもしれないが今思いつくのはこれだけなんだよな。」
「分かったわ、私がやる」
「はあ!? 何言ってんだよ、考えたのは俺だし、俺がやる」
「いいえ、私がやるわ」
と考えを伝えた後ヒルダがやると言って聞かなかったのだ。
ヒルダは昔から言い出したら意見を変えない。
だから任せることにしたんだけど、まさかここまで上手くやるとは正直ビックリだ。
走っている魔物は体を震わせてヒルダを振り落とそうとするがヒルダはさらに深く槍を突き刺していく。
今やヒルダの槍は半分ほどが突き刺さっている。
魔物の動きが鈍くなっていき、ドシンと倒れてしまった。
絶命したのだろう。
ヒルダは力任せに槍を引き抜き、俺のところへと戻ってきた。
「シグルズの考えた通り上手くいったわね」
「ああ、正直上手くいくとは思わなかったんだけどな」
「この調子で残りの三匹も倒してしまいましょう」
一番大きな魔物が倒れたことを認知したであろう三匹は同時に突進してきた。
大きさで言えば、一番大きな魔物より一回り小さいのが一匹、そして俺の半身ぐらいの大きさのが二匹だ。
スピードや迫力が先ほどの魔物に比べて圧倒的に足りない。
俺は楽に躱すと、小さい魔物の前足を斬る。
切断まではいかなかったが深い傷を負わせることが出来ただろう。
その証拠に斬られた魔物は体勢を崩して倒れたのだ。
ヒルダは残りの三匹の中では一番大きな魔物に、先ほど同様飛び乗ると、背中に槍を刺している。
コツでもつかんだのだろうか、あっという間に深々と槍を突き刺して倒してしまった。
俺も足を負傷している魔物剣を突き立てとどめを刺す。
これで残るは一匹だ。
先ほど三匹同時に突進してきたが、残りの一匹はどこにいったのだろう。
辺りを見回すと、一番大きな魔物の死体に寄り添うようにしている。
ドンドンと体をぶつけたり、鳴き声を上げたりしている。
どうやらこちらへ攻撃してくるつもりはもうないようだ。
何度も何度も死んでいる魔物に体をぶつけ鳴き声を上げる。
まるで、死んでしまった魔物の目を覚まそうとしているようだ。
「親子だったのかしらね」
「そうかもな」
「魔物にも親子関係があるのね」
「ああ、初めて知ったな。だけど、可哀そうだからと言って見逃すことはできない」
「そうね」
「せめて苦しまないようにとどめを刺してやることが、俺たちにできることかもな」
俺たちは最後の一匹に近づくと、俺が剣を首へと突き立てて命を絶った。
これで俺たちの冒険者としての初めての依頼達成だ。
まずは村の人たちに伝えるために村へと戻るのだった。