6話 村一番の長生きおばあちゃん
俺とヒルダは依頼があった村に到着した。
徒歩数時間というのは結構きついものだ。
陽も落ち始めて辺りは徐々に薄暗くなってきている。
今日依頼をこなすのは無理そうだと判断した俺たちは村にある宿屋で一泊してから、明日改めて依頼をこなそうと考えた。
基本的にはどんな街や村にも宿屋はある。
それは需要があるからだ。
どんな村にもその村特産のものがあるのだが、それを買い取ってくれる商人などが滞在する施設が必要になるためである。
交通手段が昔からあまり進歩しておらず、現代でも徒歩や馬などが主要な交通手段だ。
交通の便が悪いと言うのが宿屋を必要とさせる理由なのかもしれない。
噂で聞いたことがあるのだが、アヴァロン王国に属していない独立国家の中には馬よりも格段に速い交通手段があると聞く。
そんな技術が広まれば冒険者としても楽なんだけど。
ただ、アヴァロン王国にそのような交通手段がないからこそ小さな村でも野宿せずに済むとも言えるから何とも言えないところではある。
村の中を歩いて宿屋を探す。
そこまで大きくない村なので宿屋はすぐに分かった。
店先に看板も出ているし、村の中では目立つ建物だ。
さっそく中に入って、泊まらせてもらおう。
ヒルダとそう言葉を交わしてから扉を開ける。
中はこぢんまりとしているが温かみを感じる内装と雰囲気だ。
そして、入り口横の壁沿いにカウンターがある。
ここで宿泊の手続きをするのだろう。
「誰もいないな」
「奥にいるのかしらね?」
カウンターには誰もいなかった。
確かに頻繁に宿泊客が来るような村ではないのかもしれないが、ドアを開けたときの音とかで出てきたりしないものだろうか。
誰か出てくるかと思ってしばらく待ってみるが、一向に出てくる気配がない。
そもそも人はいるのだろうかと心配になるほど静寂に包まれている。
「すいませ~ん」
呼びかけてみたが反応はない。
「すいませ~ん!」
先ほどの声では聞こえなかったのではと思い、少し大きな声で呼びかけるも反応はない。
「すいませ~ん!!!」
「うるさいねぇ! 聞こえておる!」
三度目の呼びかけにようやく反応があった。
店の奥から声が聞こえてくる。
少し怒っているような声色だったけど、そもそも出てきてくれないのが悪いんじゃないか。
少し苛立ちを感じながらも宿屋の主人が出てくるのを待つ。
誰も出てこない。
反応が返って来てから数分は待っているんだけど何故か誰も出てこないのだ。
「なんで誰も出てこないんだ!?」
「さあ?」
ヒルダはいつもと変わらない様子だ。
何でそんなに平然としていられるんだ。
それとも俺が短気なだけ?
俺がクレーマーなだけなのだろうか。
さらに時間が過ぎる。
もう無理だ。
「あの、すいません! 泊まりたいんですけど!」
「聞こえてるって言ってんだろ!」
我慢しきれず声を掛けると再び反応が返ってきた。
先ほどよりも近い距離から聞こえる。
コツコツという音が聞こえ、店の奥からおばあちゃんが現れた。
おそらくこの店の主人だろう。
足が悪いのか杖をつきながら歩いてくる。
コツコツ、コツコツと小刻みに杖を地面につきながら歩いてくる。
……全然進んでいない。
歩幅が狭すぎるのだ。
一歩で数センチしか進んでいないのではないかというレベルでほとんど前に進まない。
返答があってからこんなに時間がかかった理由が分かった気がした。
おばあちゃんがカウンターへ辿り着くまでの道のりは長い。
俺たちからすればたかだか数メートルの距離だが、おばあちゃんからすれば遥か彼方に思えるだろう。
これ後何分待てばいいんだよ……。
心の中で諦めに近い溜息をついていると、
「つかまってください!」
いつの間にか、ヒルダがおばあちゃんのすぐ傍で補助をしていた。
「ありがとうよ、お嬢ちゃん。優しい子だねぇ。それに比べて……」
最後まで言葉は述べずにこちらに鋭い視線を向けてくる。
こればっかりは何も反論できない。
というかこっちに非があるのは明らかだし。
「すいません……」
ここは素直に謝罪しておくべきだと判断して頭を下げて、謝罪を行った。
俺の姿を見たおばあちゃんは、フン、と鼻を鳴らしてヒルダに支えられながら再び歩き出す。
ヒルダの補助もあったおかげで、おばあちゃんは数メートルの距離を数十秒という驚異的な速さで歩ききったのだ。
カウンターの椅子に座ると俺たちに視線を向けて、
「それで、何の用だい」
と聞いてきた。
このおばあちゃん、宿屋の自覚はあるのだろうか?
泊まり以外の用事で来る人は少ないと思うんだけど。
「一晩泊めていただきたくて」
俺が心の中で葛藤しているとヒルダが本題を切り出してくれた。
ここはヒルダに全てを任せた方がいいな。
俺が話すと余計に話しがこじれてしまいそうだし。
「ほお、この村に泊まる物好きもいたんだねぇ」
「そんなに人が来ないんですか?」
「ちょっと前までは商人が定期的に来てたんだけどねぇ、数か月前近所に魔物が住み着いてからは商人も来なくなっちまった」
「それは、猪型の魔物ですか?」
「おやぁ、お嬢ちゃんよく知ってるねぇ。その通りだよ。農作物を食い漁ったり、村人も何人か怪我しちまってねぇ。困ったもんだよ。騎士さんにはお願いしてはいるみたいだけども、良い返事がなくってねぇ」
おばあちゃんは魔物の被害について諦めたような表情をしている。
幸いなことに、魔物が村の中まで侵入してくることがないため、まだ心にゆとりがあるのだろうが、いつ魔物が村で暴れるか分からない。
一刻も早く対処すべきだろう。
この村は王都からさほど遠くない。
そんな立地にあるにも関わらず騎士が助けを出さないのは、おそらくこの村が王都の北側にあることが大きく関わっているはずだ。
王都からちょうど北側に魔界が存在する。
そのため、多くの魔物は王都へ向けて南下してくる。
そのため騎士団は王都の北側に防衛網を敷いているのだが、この村は防衛網の外にあるのだ。
悪い言い方をすれば、見捨てられたのだろう。
しかし、しょうがないことだと割り切るしかない。
国からしてみれば、魔物が溢れているうえに、大した税を納められない村を護り続けるのはリスクが高すぎるのだろう。
それでも民を護るのが国の、そして騎士の役目じゃないのか。
頭に血が上ってくる。
手には自然に力が入り、拳を強く握りしめてしまう。
俺が目指していた騎士って言うのはこんな奴らじゃなかった。
すでに追放されたとはいえ、幼いころから目標だった騎士たちの体たらくにもはや怒りを越えて呆れてしまう程だ。
ヒルダに視線を向けてみると、表情はいつもと変わらずクールそのものだが、拳は握りしめられている。
そしておばあちゃんに向けて力を込めた口調で話し始めた。
「私たちは冒険者です。魔物の討伐を依頼されてここに来ました。私と彼が必ず魔物を倒しますから安心してください」
ヒルダがここまで力強く話すところを見るのは初めてかもしれない。
説得力があるというか、勇気を与えるような力を感じた。
どうやらおばあちゃんにもヒルダの思いが伝わったのだろう。
「そうかい、ようやく助けが来たんだねぇ。まだまだ幼い身なりをしているのに、あんたになら安心して任せられるよ。ありがとねぇ」
おばあちゃんは腰が曲がり、すでに前傾姿勢になってはいるが、少しだけお辞儀をしているように見えた。
「お代はいらないからゆっくり体を休めなさい」
「いいんですか?」
「いいさね、この宿屋も道楽でやってるだけだ。別にお金が欲しくてやってるんじゃないからねぇ」
あっちの部屋だ、と廊下の先を指さしている。
冒険者として暮らしていくにはお金は大事になってくる。
ただで宿に泊まらせてくれるというのは、とてもありがたいことだった。
おばあちゃんにお礼を言ってお辞儀をした後、俺とヒルダは指し示された部屋に向かおうと歩き始めた。
すると、俺の背中に向かっておばあちゃんが声を投げかけてきた。
「坊やもありがとねぇ。この村を救おうとしてくれて。お嬢ちゃんのこと護ってあげるんだよ」
その言葉を聞かされた俺は、おばあちゃんの方に向き直り、
「この村も、ヒルダも、俺が護ってみせます!」
決意を込めて宣言したのだ。