3話 冒険者へ
ヒルダと俺は家を出ると冒険者ギルドへと向かう。
冒険者ギルドは最近建てられたばかりの新しい建物だ。
俺たちの住むアヴァロン王国の王都の中でもかなり大きい建物になっている。
そして立地も悪くない。
人通りの最も多い大通りに面しているのだ。
大きな建物に良い立地。
普通ならこんなに融通が利くことはないだろう。
ましてや騎士団を抜けたような人にこんなに良い条件を与えるのはおかしいことだと思う。
このことから導き出されること、それは冒険者ギルドの設立を国が認めているということだ。
これは父さんから聞いたことだけど、父さんは騎士団が王都を中心に護るばかりで地方の民たちに救いの手が回らないことを危惧していた。
このままでは外堀を失っていき、国力は落ちていくばかりだと。
このアヴァロン王国は中央集権国家の最たるものだと思う。
王都に全ての重要施設が固まっている。
これは最後まで国としての機能を果たすことだともいえるが、例えば食物などは王都ではほとんど生産されていない。
これでは地方を失うことは人命を維持する上で大打撃になることを意味している。
しかし、騎士団は王都を護ることに専念している。
では地方を護る存在が必要ではないか。
そう考えた父さんは現王国騎士団元帥や国王に思いの丈を直談判したのだ。
それを聞いた国王や元帥は快く受け入れてくれたという。
お前にならその任を任せられると。
そして父さんは準備を始め、今に至るというわけ。
だから、国民たちの多くは冒険者ギルドの存在を受け入れ始めていると聞く。
もちろんまだまだ認知が足りない部分もあるとは思うけど、後数年もすれば間違いなく世界中で冒険者という存在が求められるだろう。
王都の大通りをヒルダと一緒に歩く。
人通りは相変わらず多くて、この場所が王国にとってかなり重要なところなんだと実感する。
笑顔で歩いている人々の姿を見ると、本当なら騎士となってこの人たちを救えるような立派な人間になりたかった。
という気持ちが込みあがってくる。
幼いころから父さんの背中を追い続けてきた。
いつだって俺の憧れは父さんだった。
騎士として国を、そして人々を護る姿はかっこよかった。
そう思っているのは俺だけじゃなくて、国民からも信頼されていたみたいだ。
だから冒険者ギルド立ち上げには多くの人が協力してくれたと聞く。
その分、貴族たちからは嫌われていたみたいだけど。
いや、立派な騎士になりたかったのは本当のところは人々が救いたいなんて大層な理由じゃないのかもしれない。
俺の心の根っこにあるのは、父さんに俺のことを見直して欲しいって気持ちなんだろうな。
父さんはとても優しい。
だけど騎士団や騎士学校で良い成績を出しても、頑張ったな、と褒めてはくれるけど俺を一人の騎士として扱ってくれたことはなかった。
ただただ良い父親であり続けたんだ。
俺にはそれが悔しく感じた。
まだ一人前として扱ってくれないのかって。
だから努力して成績を出す。
でも褒めてくれるだけ。
それの繰り返しだった。
そして一人前として扱われる前に騎士団を除名されてしまった。
今、俺の心にはどこかポッカリと穴が開いてしまったような感じだ。
これからどうしよう。
何を支えに生きて行けばいいんだろうって。
そんなことを考えていると冒険者ギルドの前まで辿り着いていた。
俺自身ここに来るのは数回目だけど、やっぱり立派な建物だと思う。
魔物に怯える民からしたらこの建物を見るだけでも安心してしまうんじゃないかという程に、冒険者ギルドからは威光というかオーラのようなものを感じてしまう。
冒険者ギルドの扉を開けて中に入るとたくさんの人がいた。
稼働し始めてからそこまで年月が経っていないので、職員は慌ただしく動き回っているし、窓口には冒険者に登録しに来た人たちが列を作っている。
図体が良い男たちや魔法使い風の見た目をした人たちなど、おそらく戦うことに慣れた人たちが並んでいるのだ。
この人たちの誰かが世界を救うかもしれないんだなと思いながらも、俺とヒルダは目的地へ向けて歩いていく。
目的地は父さんのいるギルドマスターの執務室だ。
職員が警備している関係者以外立ち入り禁止区画に執務室はあるんだけど、もはや顔パスだ。
それどころか、いらっしゃい、と執務室まで連れて行ってくれる。
こんなに簡単な警護でいいのかとちょっと心配になってしまう。
案内された執務室に入ると、父さんが書類とにらめっこしたりサインしたりしている。
騎士だったころは一騎当千と謳われた父さんもギルドマスターともなれば事務仕事がほとんどなのだろう。
正直父さんは賢い方じゃないと思う。
いわゆる脳筋だ。
だから、難しい顔で書類を見ている父さんの姿はどこか面白かった。
父さんも俺とヒルダに気づいたようで、
「なんだ、お前たち。見ての通り俺は仕事中だぞ。遊ぶなら他所へ行ってくれ」
と言ってくる。
その顔はやつれていて知恵熱でも出しそうな表情だ。
「仕事中なのは分かってるよ。だけど、どうしても伝えなくちゃいけないことがあって」
「……何だ?」
「……騎士団を除名されたんだ」
「そうか。悪いな、俺のせいだろう」
少し悲しそうな表情をした父さんに何も言えなくなってしまった。
しばらく父さんも言葉を発さずに沈黙が部屋に訪れた。
しばらくして父さんがゆっくりと口を開けた。
「シグルズ」
「何?」
「お前、冒険者にならないか?」
「俺が、冒険者に?」
「そうだ」
冒険者にならないか。
父さんの言葉は俺の心を強く動かした。
新しい目標ができたように感じたんだ。
俺の天職は冒険者に違いないとさえ感じた。
またしても父さんの背中を追うだけの、まるでアヒルの子供みたいな状態だけど、それでも構わないと思ったんだ。
だから、
「俺、冒険者になるよ」
とその場で二つ返事をしたのだった。