2話 幼馴染
鎧も剣も投げ捨てて身一つになった俺は、家路に着く。
騎士団の駐屯地を出ようとしたとき後ろから声がする。
「では私も騎士団を辞めます」
それは幼馴染のヒルダの声だった。
ヒルダ・ラクーシカ。
彼女とは幼いころから一緒だ。
何というか肌や髪、目など全体的に色素が薄いような容姿をしているのだが、正直言ってかなり美人だと思う。
後数年もすればかなりの美女として成熟するだろう。
俺の家系のパール家とヒルダの家系のラクーシカ家は何代も前から仲の良い家同士らしい。
もともとは俺の先祖がヒルダの先祖を救ったことがあるらしく、それ以来ラクーシカ家はパール家を護るものとして時代を送ってきた。
ヒルダも事あるごとに俺のことを護ろうとしてくる。
幼いころは特に気にしてなかったんだけど、年齢を重ねると心の底から辞めて欲しいと思うようになった。
まず思うようになったことは恥ずかしいってこと。
女の子に護られる騎士なんて恥ずかしいしダサ過ぎる。
確かにヒルダは強い。
でも護ってもらうのは恥ずかしいというかプライドが許さなかったんだ。
だけど最近ではそういう時期を越えて新しい感情を持つようになった。
俺がヒルダを護りたいと思うようになったんだ。
年を重ねるごとに綺麗になっていくヒルダだけど容姿のせいかどことなく病弱な女の子に見えてくる。
容姿とは真逆で実力はドンドン強くなってるんだけど、それでも護ってあげたくなるような儚さを彼女は感じさせるんだ。
こんなこと恥ずかしくて本人には絶対に言えないんだけど。
そんなヒルダが団長に向かって辞めると言うのだ。
俺はビックリしてヒルダの方を振り向いた。
ビックリしたのは俺だけじゃなく他の奴らや団長も同じようだ。
「どうしたんだ急に。君は冗談を言うような子じゃないだろう」
「はい。ですから冗談ではありません」
そう言うとヒルダは鎧を脱ぎ始める。
鎧の下には服を着ているとはいえ、どういう訳か目が離せない。
釘付けとはまさにこのことだろう。
他の奴らも同様にヒルダが鎧を脱ぐ姿をガッツリ見ている。
エロい奴らだ。
そしてヒルダは鎧を脱ぎ終え剣などもその場に置くと俺の下へと近づいてきて、
「行こ。シグルズ」
と言って俺の腕を引いて歩いていく。
俺たちの後ろで団長が何かを叫んでいるみたいだけど、もはやどうでも良かった。
ヒルダも同じようで一切振り向くことなくこの場所を去った。
駐屯地を後にした俺とヒルダは一先ず自分たちの家に帰って騎士団を除名されたことを伝えることにした。
ヒルダの場合除名ではないけど。
俺とヒルダの家は隣同士だ。
隣と言ってもお互いの家はそれなりに広大な土地があるため普通想像する隣同士よりも遥かに遠い。
まあ、もう慣れたからあんまり気にならないんだけど。
俺の家の前でいったんヒルダと別れる。
一人になった俺は家の門を開ける。
家の中に入ると使用人の一人が玄関掃除をしているところだった。
「シグルズ様。お帰りなさいませ」
「ただいま。父さんはいる?」
「シグムンド様は現在お屋敷にはおられません。冒険者ギルドの方に出向いておられますよ」
「分かった。ありがとう」
どうやら父さんは冒険者ギルドに行っているようだ。
まだ立ち上げからそこまで経っていないから忙しいのだろう。
最近は家で父さんと顔を合わせることが減ってしまった。
一緒にご飯を食べたのだってかなり前のことだ。
父さんがいないとなると家ではやることがない。
俺は自室に戻って着替えを済ませると、ヒルダが戻ってくるのを待つこと居した。
しばらくすると使用人が俺の部屋にやって来て、
「ヒルダ様がお見えになりました」
と知らせに来てくれた。
準備はすでにできているのでそのまま部屋を出ようとすると、
「デートですか?」
と部屋に来てくれた使用人がニヤニヤといたずらっ子のような表情をしている。
この使用人は昔から俺のことをからかってくるのだ。
仕事は丁寧で素早くこなすし、とても気が利くのだが、如何せん軽口を叩く癖がある。
別にその軽口が嫌なわけじゃないんだけど、使用人との距離感ってこんなに近いのだろうかと時折疑問になることがあるのだ。
「デートなんかじゃないよ! だいたい俺とヒルダはそんなんじゃないし!」
「シグルズ様、申し上げたいことがあります」
「何だよ、急にあらたまって」
「はい。いつ告白されるのですか?」
「……うるせー! 仕事に戻れー!」
キャー怖いと言いながら使用人は部屋を出ていく。
いつもこんな感じだ。
ハァと溜息をつきながら、ヒルダの待つ玄関へと向かう。
玄関に行くと玄関脇に備え付けられている来客用の椅子にヒルダがちょこんと座っていた。
服も着替えてきたようで先ほどまでの騎士姿とは違った印象を受ける。
ヒルダの下へ歩いているとヒルダが俺のことに気づいたようで椅子から立ち上がる。
座っててくれてもいいのにと思いながらも、少し歩くペースを上げてヒルダの傍へと行く。
「や、やあヒルダ。待たせてゴメン」
「そんなに待ってないから大丈夫よ」
「そう? それならいいんだけど」
先ほどの使用人とのやり取りが頭をチラついてぎこちなくなってしまう。
使用人がデートとか告白とか言うから、妙に意識してしまうじゃないか。
何となくヒルダを見つめるのが気恥ずかしくなって家の中を見回してみると、廊下の角に体を隠しながら先ほどの使用人が覗いている。
ニヤついてやがる。
あいつ楽しんでいるな。
俺が使用人を睨むと、バレてしまいましたわ、と言わんばかりの仕草をしながら退散していく。
今度こそいなくなっただろう。
そんな俺の謎の行動を見ていたヒルダは、
「シグルズ疲れてるの?」
と割と本気で心配してくれる。
ヒルダは本当に優しいなあ。
嬉しさが込み上げてくるが、ポーカーフェイスを装いながら、
「いや、大丈夫だよ。それより、冒険者ギルドに行きたいんだ。父さんがそっちにいるらしくてさ」
とヒルダに尋ねる。
ヒルダは間髪入れずにコクリと頷いてくれた。
ということで俺とヒルダは父さんがいる冒険者ギルドへと向かうことになった。
幼馴染登場です。
今後はこの二人を中心に物語が進んで行きますので、よろしくお願いします!