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19話 命の在り方

『では、そろそろ我の願いを叶えてくれ』


 純白の竜は無抵抗を示した。

 自分の命が絶たれることに対して、全く抵抗しないようだ。

 確かに、自らが望んだことなのだが、死ぬことに恐怖や未練がないのだろうか。

 そんな疑問も純白の竜の瞳を見れば払拭される。

 黄金色の瞳は強い意志を帯びているのだ。


 竜としての威厳や誇りを保ったまま死にたい。

 そんな考えができるのも、これまでの竜としての生涯に悔いがないのだろう。

 これは、望みを叶えなければ無粋というものだ。

 魔物になる前の高潔な存在のまま、俺たちが後世に語り継がなければいけない。

 竜とは偉大な生物であり、人間の良き共存相手だと。


「俺たちがあなたの存在を語り継ぎますから。霊峰には偉大な竜がいたって」

『そうか。昔のようにもっと人間と仲良くしていたかった。今となってはそう思うよ』

「人間と竜が共存していたことがあるんですか?」

『ああ。その歴史は伝わっていなかったか。数千年前の魔王との大戦では、人間と竜、そして獣人やエルフやドワーフなどの種族が手を取り合っていたよ。世界が一つになっていた』

「そんなことが……」

『いつからか、我ら竜族は人間と距離を置くようになってしまったがな。だが、歴史は繰り返すものだ。新たな魔王が君臨している今なら、再び手を取り合うことができるだろう』

「時間はかかっても、全ての種族が手を取り合えるような世界を作ります。そして、魔王の手から世界を救ってみせます!」

「そんなことお前じゃできねぇだろ、シグルズ」

「やってみなきゃ分からないだろ! それにフレットも手伝ってくれるだろ?」

「はぁ!? 何で俺が!」

「旅は道連れってやつだよ! それに、冒険者は楽しいぞ?」

「一緒に行きましょう、フレット!」

『フフッ。愉快な子供たちだ。そなたらのような優しい者が世界を動かすのかもしれないな』


 今から命のやり取りが行われるとは思えないほど和やかな空気だ。

 でも、その方がきっといい。

 純白の竜も、かつては人間と仲が良かったと言っていたんだ。

 俺たちが悲しい雰囲気で送り出すよりも、温かい雰囲気の中で旅立つ方が未練も残らないはず。

 そしてこの経験は、俺たち人間が他種族との共存を目指す上での第一歩になるはずだ。


『厚かましい願いだが、我が死んだあと、体の一部をある場所に埋めて欲しい。場所はここだ』


 頭の中に明確なビジョンが流れ込んでくる。

 これがテレパシーの力なのか。


「ここは?」

『我ら竜族の墓場だ。我も最後は同胞の下で眠りたい』

「必ずお連れします」

『我儘な竜ですまないな。そなたらにはつい甘えたくなってしまう』


 竜の墓場。

 それはきっと、竜族にとってとても大切で護るべき場所のはずだ。

 そんな場所を俺たちに教えてくれた。

 信頼の証なんだと思う。

 そんな信頼を裏切る真似をしてはダメだ。

 それに同胞と眠りにつきたいという切な願いを無下にできるほど、俺の感性は貧しくない。

 なんなら涙腺が緩んで涙が出そうなほどだよ。


「それじゃあ、そろそろやるぜ」

「フレット……」

「時間かけても苦しませるだけだ。それなら、楽にしてやるのが俺の使命さ。この場所に父さんや母さんがいたらきっとそうするだろうしな。竜様の願いを叶えるのが我らの使命、とか言って」

『最後までそなたの一族に世話になる。これも運命だ。もし、あの世という場所があればそなたの家族には謝罪しておこう。そして、息子は強く生きていて、かけがえのない友人を見つけたと伝えておくよ』

「だから、こいつらは友人じゃない!」

『誰もそこの二人とは言っておらんぞ?』

「……!!」

「よろしくな、フレット!」

「今度王都を案内してあげるわね!」

「うるせぇ! 勝手にしろ!」


 プイと顔を背けるフレット。

 ずっと霊峰で育ってきたからこういうやり取りに慣れてないんだろうな。

 可愛げのあるやつだ。

 恥ずかしいから口には出さないけど、俺たちはきっと仲良くなれる。

 何といっても竜のお墨付きだからな。

 いずれはフレットと肩を並べて魔王と対峙したいものだ。


 チラッと純白の竜を見ると、俺を見て微笑んでいるような気がした。

 もしかすると、俺の思考はだだ漏れなのかもしれない。

 テレパシーって怖いな。


 気持ちを切り替えるためにブンブンと頭を振る。

 そろそろ介錯しなければ竜も苦しいだろう。

 いくら竜が魔瘴で死なないとはいっても、かなりの苦痛はあるはずなのだ。


 俺は剣を抜いた。

 そんな俺の動作を見てヒルダも槍を構える。

 表情は真剣そのものだ。

 ヒルダが気持ちの切り替えが早くて助かるよ。


 そしてフレットも武器を構える。

 構えた武器は先ほど手に入れた大剣だ。

 使い慣れてはいないだろうが、竜を介錯するにはうってつけなのかもしれない。

 なんせ竜によって封印されていた武器なのだから。


「それじゃあ始めるぜ。シグルズとヒルダも準備はいいよなぁ?」

「いつでも大丈夫だ」

「大丈夫よ」

「よし。じゃあ配置についてくれ」


 竜をできるだけ苦しませずに殺す。

 俺たちが最後にできることだ。

 そのために俺たちが考えた方法は、竜の心臓と首に対して同時に致命傷を与えること。

 俺とヒルダが心臓に武器を突き立てる。

 そしてフレットが首を落とすのだ。

 本当にこれで大丈夫なのか。

 そういう不安はあるが、今は行動するしかないのだ。

 どうか苦しまずに旅立って欲しい。


「じゃあやるぞ」

『最後にそなたには伝えることがある』

「俺にか?」

『そうだ』


 俺には何が起こっているか分からないが、竜はフレットに何か伝えているようだ。

 遺言だろうか。


「分かったよ」

『感謝する。これで思い残すことは無くなった』


 純白の竜は清々しいといった感じだ。

 悔いがないようで良かった。


 俺たちは位置に着いてタイミングを計っている。

 それぞれが落ち着いて、一撃でことを済ませるためだ。

 タイミングはフレットに一任した。


 俺とヒルダは深呼吸をする。

 フレットも目を閉じて感覚を研ぎ澄ませているようだ。

 竜も目を閉じている。


 この状態もあと僅かで終わりを告げるだろう。

 俺には一つ心残りがある。

 竜に聞きたいことが聞けなかったことだ。

 このタイミングではないかもしれないが、今を逃せば次は無い。


『我の名前はアナスタシスだ』

「……!?」

『名前が知りたかったのだろう? 我もお前の名前は覚えたぞ、シグルズ。いや、シグルズだけではなく、ヒルダも覚えておる。そなたらに出逢えて嬉しかったよ。今後、フレットのことをよろしく頼む。あの子は世間を知らない。苦労することもあるだろうが、素直な子だ』


 やはり考えていることが分かっているみたいだ。

 俺の疑問に答えてくれた。

 アナスタシス。

 良い名前だ。

 カッコいいし、美しい響きだと思う。


 そして、アナスタシスはフレットの心配をしている。

 身寄りがない彼のことを心配しているのだろう。

 人間よりも遥かに強い力を持ちながら、人間を見下すことをしない。

 それどころか慮っているのだ。

 アナスタシスの高潔さは見習わなければいけない。

 それから、アナスタシスの思いに返答しなければな。


 任せて欲しい。


 これが俺の気持ちだ。

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