14話 別れと旅立ち
今、俺たちの眼前には森の中に川が流れているという、いかにも神秘的な光景が広がっている。
そよそよと木々が風に揺られる音に、さらさらと水が流れる音がとても耳に心地良い。
先ほどまでの命のやり取りとは真逆にあるような空間は俺の心に安らぎを与えてくれた。
「とても、良い場所ですね」
「ほんとね」
「そうだろ? ここは俺たちの村の者しか知らない場所なんだ」
「いいんですか、そんな場所に俺たちを招いたりして?」
「いいさ。ここを良い場所と感じてくれる君たちに知ってもらえて嬉しいよ。さあ、さっそく首飾りを洗ってくれ!」
「はい」
ガイさんに言われるがままに血で汚れた首飾りを川の水で洗う。
川の水に血が広がり、水面を少し赤く染める。
こんなに美しい場所で汚れを落としても大丈夫なのだろうか、と少し罪悪感を覚えてしまうほどこの場所は美しい。
魔物により世界中が混沌としているのに、まるでこの場所だけ時間を切り取られたように穏やかな時間が流れている。
しばらく洗い続けると、首飾りは美しい輝きを取り戻した。
深緑色の石はかなり値のあるものだろう。
見惚れてしまうな。
「ガイさん。綺麗になりましたよ!」
「どれどれ。おお、シーラが首から下げていたころの光景が蘇ってくるよ。ありがとう。とても綺麗になった」
「それじゃあ、お返ししますね!」
首飾りをガイさんに差し出すが、どういう訳かガイさんは受け取ろうとしない。
「……どうしたんですか?」
「良かったら、その首飾りを君たちの旅に連れて行ってくれないか?」
「え!?」
「シーラはとても好奇心旺盛だったんだ。いつも森の外の話しばかりしてたよ。でも、村長の一人娘でね。結局、森から出ることはできなかった。だから、せめて彼女の思いだけでもこの森から解き放ってあげたいんだ」
「ガイさん……」
「無理は承知でお願いしてる。頼む!」
「分かりました。シーラさんの首飾りは俺とヒルダが連れて行きます。そして、世界を旅したら必ず返しに来ますから!」
「何から何までありがとう……君たちに出会えて本当に良かった」
ガイさんはポロポロと涙を流している。
本当にシーラさんを愛しているんだろうな。
だからこそ、この首飾りは大切に護らないといけない。
でも、どうやって持っておこう……。
ずっとポケットに入れておく……?
どの様に保管するかを考えながら、ガイさんの村への帰路についた。
ガイさんの暮らす家で荷物を整理する。
ガイさんが、この家にある物で使えそうな物は何でも持って行ってくれ、と言ってくれたのだ。
お言葉に甘えて使えそうな物をバックに詰めていく。
そんな時、綺麗な色の紐を見つけた。
この紐を使えば、首飾りを首から下げることができる。
首飾りも本来の使い方をしないと可哀そうだし、首に下げていればシーラさんも外の世界を見れるはずだ。
そう考えた俺は紐を貰っていいかガイさんに許可を取ってから、首飾りに通して長さを調節した。
「ヒルダ! ちょっと来てくれないか!」
「どうしたの?」
「首飾りなんだけどさ、ヒルダが持っていてくれないかな?」
「私が? もちろんいいわよ!」
「じゃあ目を閉じて」
「……?」
あまり状況が分かっていないヒルダは不思議そうな顔をしながらも目を閉じてくれる。
俺は緊張しながらもヒルダの首に首飾りを着ける。
こんなことするのは初めてだから緊張したけど、何とか着けることができた。
「目開けていいよ」
「首飾り着けてくれたんだ! 似合ってるかな……?」
「うん。綺麗だよ」
「えへへ……」
何だか気恥ずかしい空気が流れ始めてしまった。
どうしよう。
次は何て声をかけてあげれば良いのだろう。
「おっ! ヒルダちゃん、首飾り似合ってるね! シーラも喜んでるだろうな~」
「本当ですか~?」
「もちろんさ!」
ガイさんの登場でほわほわした空気感がなくなった。
ガイさん、ありがとう。
「二人とも準備できたかい?」
「はい!」
「できました!」
「じゃあ、霊峰まで案内しよう!」
「ありがとうございます、ガイさん!」
ガイさんは森の案内を買って出てくれたのだ。
もともと森の案内人をしていたというのだから、これほど頼りになる人はいない。
そして、ガイさんの案内に従って進むと、すぐに森の出口へと辿り着いた。
もし、ガイさんがいなければ俺たちは森の中で死んでいたかもしれないな。
「じゃあ、俺はここまでだ」
「ありがとうございました!」
「礼を言うのは俺の方だ。本当にありがとう」
「いえいえ!」
森の出口で和やかに話しをする。
ガイさんとはここでお別れだからだ。
旅に別れは付き物と言うけれどやっぱり悲しくなってしまう。
そんな俺たちを見下ろすように、眼前には霊峰ワーガルドがそびえ立っている。
俺たちはここを目的に旅をしてきたんだ。
「スゴイ大きさだな~」
「山頂が見えないわよ」
俺とヒルダは霊峰ワーガルドを見上げて感嘆の声をあげる。
霊峰から放たれる存在感は凄まじく、本当に偉大な山であることを実感させられる。
そんな時、背後の森からブワッと風が吹いた。
まるで俺たちの背中を押すように。
「それじゃあ、俺たち行きます……ね」
振り返ってガイさんに別れを告げようとすると、そこにはガイさんの姿は無かった。
何も言わずに帰ってしまったのだろうか?
ちゃんとお別れしたかったんだけどな……。
「行こう、シグルズ!」
「……そうだな!」
森を背に俺たちは霊峰へと歩を進めた。
そんな俺たちを後押しするように森からは爽やかな風が吹いてくる。
そしてザワザワと葉擦れの音が聞こえる。
まるで俺たちを励ましているようにも聞こえてしまう。
竜まであと少しだ、頑張ろう!
「ありがとな、二人とも」
『ア……リ……ガ……ト……ウ』
そんな声も葉擦れの音とともに宙に霧散していくのだった。
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