*5* これで特集号とか組めちゃいますよ。
背後から突然かけられたその声に、思わず大切な天体望遠水晶を取り落としかけた。というかこの声は……いまの時間帯だと自習室か男子寮にいるはずのお方ではないのか? 何でここにいるの?
私は日頃の自分の張り込み不足を悔やみながら、背後の人間に気取られないように一度深呼吸をする。大丈夫だ、ミニテストの一件があるとしても相手もいきなり攻撃してきたりはしないはず……よし!
「あのさ……スティルマン君、背後から何気に失礼なこと言うの止めて?」
思わずやましいことしかない胸ポケットをソッと押さえながら、私が精一杯自然さを装いながら振り返りざまに浮かべた笑みに対し、少し離れた場所に立っていた彼は無表情にも見える顔で口を開いた。
「だが事実だろう。ミニテストで赤点を取る人間がいきなり星詠みとは……片腹痛い。基礎を疎かにしても結果は出ないと思うが?」
お……っと、これもまた私の読みが甘かったのか、いきなりの攻撃。しかもちょっと刺々しい物言いから、確実に仕留める目的で放たれている痛恨の一撃タイプだ。
こういう時、ゲームだと会話イベント発生条件とかのお知らせが事前に出てくるものだけど、当然そんなものはない。ぼっちのコミュ障にとっては例え前世からの推しであろうが心臓に悪いから、エフェクトと同じようにどこかに表示してくれないものだろうか。
こう、乙女ゲームのキャラクターって能力値がゴミな初期の内には絶対に会いたくないんだよね……。うっかり会って会話イベントが発生したりすると、何故か皆さんこちらに対して親の仇か何かなの? と言うくらい心に刺さる発言をして下さるから。
あんなのいくらイケメンでも、現実世界だと人権侵害とかで訴えられるレベルだからな? 時々持ち出される〝但しイケメンに限る〟という裏技も被害にあった人間の好みでないと即通報だぞ?
「いや、まぁ、それはそうだけど……別に実技の授業とかじゃないし。それに学園の実技の授業を待ってたら勘が鈍っちゃうでしょう?」
とはいえ相手は私の推しなので今回に限らず許します。そもそもスティルマン君は毒舌キャラという訳ではないけれど、正論で人の心をへし折って来るタイプなので、下手に言い訳をしたりしなければ意外と話を聞いてくれるのだ。
すると思った通り、彼は「勘が鈍るとは星詠みのか?」と会話を続けてくれる。ゲーム内だと会話選択の表示が出るんだけど……これも以下略で。
「勿論そうだよ。それにこれは故郷にいた時からの日課だからね」
ヒントもないまま彼と会話を続ける緊張感から、掌に載せた天体望遠水晶をいつもより多めに転がしてしまう私に気付かないのか、推しメンはさらに知らない会話イベントを継続する。
「本職の星詠師でも日課にする人間は少ないぞ」
「あ~……それは仕方ないんじゃないかな。都市部ではそんなに自然災害が怖いことなんてないでしょう? でも都市部から離れた田舎はさ、いざ自然災害にあっても支援が届くのが遅くなるから、雨も風も油断出来ないんだ。それに私みたいな学園の落ちこぼれでも、領民の皆や両親は私の星詠みを頼ってくれるから。出来ることなら少しでも上達したいんだよね」
口数の少ない彼との会話イベントにヤケになりだした私は、聞かれてもいない情報をベラベラと口にしてしまう。それにさっきまでの図書館でのホーンスさんとの会話で、既にかなり精神にきているのだ。
こうなってくると推しメンとの会話イベントを楽しむどころではない。内心早く解放してくれと願うばかりである。
だがしかし――。
「その割には傷の多い天体望遠水晶だな。先ほど日に翳している時に少し君の頬に落ちる影が見えたが、黒い影の中にかなり白い筋が目立っていた。そんなに針状の傷が中に入った安物だと正確な星が詠めないだろう?」
そんな私の願いも虚しく、彼はこの会話に乗り気なようだ。何が心の琴線に触れたのかは知らないけれど、そんな風に会話を続けてくれることは喜ばしい。喜ばしいのだけれど、一つだけ引っかかることがあったので訂正しなければ。
「はは、それはまぁね? でもうちの領地の年間収入だとこれでも大譲歩なんだよ。むしろ子供の我儘で良く買ってくれたなって思う。今回は一回目だから良いけど、いくらスティルマン君でも次にこの水晶を〝安物〟呼ばわりしたら怒るよ?」
確かに推しメンの言うように天体望遠水晶は、光に翳した時に深い藍色の中に針のような白い傷がないものが高級品とされ、正確な星詠みが出来る。けれどただでさえお高い天体望遠水晶の全くの傷なしとなれば、それこそ天文クラスのお値段だ。
そもそもの問題として星喚師の格下である星詠師ですら稀少な存在なので、一般人が持っていたところで使用することの出来ない天体望遠水晶が市場に出回ることは、ほとんどない。成績がギリギリな私がこの学園に入学出来たのも、偏にこの稀少な能力のおかげなのだ。
話が多少逸れたが要約すると〝うちの両親と領民の皆が、汗水流して必死に稼いだお金で買ってくれた物を安物呼ばわりするとは何様だ?〟といったところである。このゲームの攻略キャラ達は星喚師のヒロイン以外は星詠師の称号持ち。
何故か攻略キャラではない推しメンも星詠師の称号持ちなのは、製作者サイドの悪役キャラに対する美学や矜持だろうか。さて、流石の彼も私の圧を感じ取ったのか黙ってしまった。私もこれで会話イベント終了か? と、思いきや……。
「そうか、それは知らなかった事とはいえ、両親や領民を侮辱するようなことを言ってすまない。しかしそれではどうやってその天体望遠水晶で星詠みをしているんだ? どうすればその中の傷に惑わされずに、星の軌跡が追える?」
おぉ、彼は冷めているように見えて、意外と星の研究に関してはグイグイ来るタイプなのだろうか? そういえば最初に声をかけてくれた時もそうだったな。
いつの間にかあの日のベンチの再現のように、近付いて来た彼が私の隣に並ぶ形になっていたことに気付く。学園の男子の制服は元の世界のスリーピースの形なので、夏場はベストに白シャツ、少しだけ緩めたネクタイという素晴らしい姿の推しメンが横に並ぶ訳だ。
私の掌に載った天体望遠水晶を興味深そうに覗き込む彼の横顔に、表面上は「気になるなら持って見てみる?」と平静を保っているものの、内心では〝イベントスチル頂きました!!〟と騒がしく荒ぶる自分がいることを気取られてはならない。鼻の粘膜よ、堪えてくれ……!
そんなことに気付くはずもない彼は「良いのか?」と言いつつ、見ようによっては僅かに嬉しそうに見える表情を浮かべて、私の掌から天体望遠水晶を受け取る。水晶を取る際にその指先が掌に触れ、柄にもなく頬が熱くなった。気持ち悪いぞ、享年三十○歳。
掌から水晶の重みが失われ、代わりに水晶越しの光が目に入らないように注意しながら日に翳す推しメンのスチルを、脳内連写機能をフルに活用して脳内アイテムボックスに収納していく。今夜はいつもより入念に予習復習をしないと、いくつか大切な公式が死んだわ……。
私が一瞬遠い目をしていると、視線を感じて現実に引き戻される。ふと視線を感じた隣を見てみれば、
《スティルマン君が、アイテム名【傷だらけの天体望遠水晶】の説明を聞きたそうにこちらを見ている。――どうしますか?》
とでも表示されそうな顔でこちらを見ていた。私の推しメンは何をしていても尊いな。そんなのもう……例え下校時間が過ぎていようが、寮の門限が近かろうが《教えてあげる》コマンド一択でしょうが。表示されてたら連打するよ。
「えーっとね、これで星を詠むコツというか慣れみたいなのがあってね? 確かにスティルマン君が言うように針状の傷の中で流れる星を探す時は、傷に星の尻尾が反射して詠みにくいんだけど、ちょっと水晶貸してくれる?」
素直に頷いた彼が掌に水晶を返してくれた。その際にまたしても指先が触れてドキドキしたけれど、その邪念を懸命に封じ込めながら、何でもない様子を装って受け取った私は、日の光に水晶を翳しながら指先で筋の幾つかに意識を集中させる。
「こうやって――……日に翳した時に、少しだけ筋の色が違う場所があるの。いまはまだ明るいから見えにくいんだけど、分かるかな?」
本来星詠みは周囲が真っ暗になる時間帯に行うものだけれど、昼の空にも見えないだけでちゃんと星は存在している。だから一応水晶を翳せば星達は天候を教えてくれるのだけど――。
「すまん……ちょっと何を言っているのか理解出来ない」
「あぁ、やっぱり? これだけ明るい時間だと、都会の人にはまだ見難いんだよ」
私の意味不明な説明に眉根を寄せて謝る推しメン、可愛すぎか。でもゴメン、他に教えようがないんだよ。何せ周囲の大人に星詠師がいなかったから、教わることが出来なくてこの歳まで私の星詠みは我流なのだ。
しかし彼は私のそんな慰めがお気に召さなかったのか「そこまで大口を叩くなら、明日の天気を賭けるか」と言い出した。負けず嫌いなところはゲーム内と同じなんだな、可愛……、
「んんんん? ちょっと待って。ゴメン、いまの流れで何でそうなるのか意味が分からない」
「良いから賭けるぞ。田舎領地から出てきた人間に馬鹿にされては、都会育ちの沽券に関わる。いまからこの水晶で明日の天気を詠んで、勝敗は……そうだな。負けた方が明日の相手の昼食を買う、というのでどうだ?」
「いや、待って待って、いくら何でも横暴だ! 何で児童書読んでる落ちこぼれの私と、学年十位に入るスティルマン君で勝負出来ると思うのさ? それともこれって勝負の名を借りたカツアゲ?」
冗談じゃないぞ! こっちは少ない仕送りを工面してやりくりしているのに、潤沢な資金源を持つお坊ちゃんに奢れるお金なんて持ってませんから!
「そっちが勝てば問題ないだろう? それともいまの大口はただの虚勢か?」
「う、嘘じゃないですぅぅぅ! そこまで言うなら乗ってやろうじゃない。こっちだって田舎の神童の意地がありますからね!」
「そうか、それは素晴らしい心掛けだな。ではそうと決まれば、この水晶でもう一度詳しい星詠みの仕方を教えてくれ」
ニヤリと意地の悪い笑みだけは分かりやすい推しメンは悪役キャラの鑑だと思うし、格好良いから脳内アイテムボックスにスチルを詰め込むこともやぶさかではないけどさ……いくら何でも学ぼうよ。
本日二回目にあたる年下からの誘導にまんまと引っかかった私は、自分の浅はかさに歯噛みしつつも、最早どうにも引っ込みがつかなくなったので大人しく水晶の使い方を説明する。
説明を聞き終えた彼は、悪役キャラそのものの表情を浮かべて私に「ああは言ったがまだ開始前だ。棄権するか?」と持ちかけて来たけれど、私はその問に首を横に振った。
「勝負を諦めるのなんて、一回きりで充分だよ」
一度目の勝負は前世の人生。
二度目の勝負は今世の昼食。
重さも規模も全く異なるけれど、私はもうどんな勝負からも降りる気はないんだ。そんな私の謎の気迫に首を傾げた推しメンは、夏の夕焼けを背景にとびきり素敵なスチルをプレゼントしてくれた。
この勝負を終えて寮の自室に戻ったら〝六月十九日〟の横に、というか、上に一枚メモを足さなくては。フォルダ名はそうだな……【推しメンと星詠み対決。スチル大量入手!】とかにしようっと。




