*30* 藪をつついたら蛇が出たみたい。
推しメンからの衝撃的な発言と、そのせいであわや歪んだ性癖を開花させそうになった夜が明けた、その日の放課後。私は時間差で先に教室を出たのち、二年生の通る廊下でラシードを捕まえて空き教室に連れ込んだ。
しかし別に艶っぽい話では全くない。スティルマン君の目をかいくぐり、ラシードが温室に向かう先回りをしたかっただけだ。空き教室にラシードを引きずり込みドアの施錠を確認した私は、三十センチは確実に身長差のあるラシードを壁際に追い詰めて両手をその身体の両脇につく。
少女マンガや乙女ゲームでは定番の“捕まえた”的なこの格好も、私がやると何とも絞まらない。ラシードもそう思ったようで「このお嬢ちゃんは急にどうしたのかしら~?」と人の旋毛を長い人差し指でグリグリと押さえる。
それを片手ではたき落として見上げれば、ラシードはそれまでのからかうような態度を引っ込めて「どうしたの? 傷のことでクラスの子にイジメられた?」と少し優しい声音で訊ねてくれた。ああ……このオネエさん、分かってはいたけれどさぞかしモテるのだろうな。
その聞き上手なオーラと美貌に思わず両手を組んで崇めてしまいそうだ。前世ではオネエさんのいるようなお店に行ってみたことはなかったけど、今世は無理でも、もし来世も人間でその機会があれば行ってみよう。
ラシードは私にとってそれぐらい頼もしい存在だ。推しメンの次に幸せにしたいのが誰かと問われれば、間違いなくこの友人の名をあげる。何せ男女の友人株を一人で持てる貴重な人材だ。そのうえ人格者。こんなチートキャラが前世の記憶持ち仲間で良かった。
私からの無茶振りにも等しい約束も律儀に守ってくれているのか、天恵祭以降少しも濃さを変えないエフェクトが物語っている。それはつまり、ヒロインちゃんの視界に入らないように注意しながら学生生活をしてくれているということだ。
そんな尊敬の思いを込めた私の視線に「ちょっと……本当に大丈夫なのルシア?」と優しいけれど訝しげな声が降ってくる。ついでに短くなった髪をその長い指先が梳くので、くすぐったさに目を細めた。
……さっきは男女の友人が、ラシード一人で出来たと思ったけれど、こうなると姉と兄が一度に出来たみたいだなぁ。一粒で二つ美味しいキャラめ。
「いやその、実は色々とご相談したいことがありましてですね……」
「相談は別に構わないけど、わざわざこの状態で?」
「別にこの状態でなくても良いね!」
「も~……だったら逃げやしないから離れなさい。お嫁入り前の女の子がはしたないわよ? 世の中には探せばおかしな趣味の奴はいるんだから。気をつけなさい」
そう言って鼻の頭をギュッと摘まんだラシードに「探せばとか言うな」と文句を言ったけれど、当然聞き入れてはもらえなかった。
***
「あら、それじゃあ昨夜アタシがいない間にそんな面……素敵なこと言われたの? 良かったじゃないの、たぶんこれから先のアンタの人生で一回もご縁がなさそうな言葉よ」
空き教室の椅子に二人で腰を下ろし、今日になったばかりの時間帯に起こった出来事を包み隠さず話し終えた直後、ラシードはそう言ってニンマリと笑った。それは別に構わないのだが……このオネエさん、もしやいま私の悩みを“面白い”と言いかけなかったか?
「全然良くないよー……こっちはあの魅力に腰砕けになるところだったんだから。本人は何の気なしに口にした言葉で危うく殺されるところだよ。全くもってけしからん。前世の年齢イコール独り身だった女をからかうなよなぁ」
いやまぁ、今世ではまだピチピチの十五歳だけどね? そこは喪女の頃の方が生きた時間が長かったからまだ根深いのだ。今世はそこらへんをやり直したい。
せっかくの第二の人生。前世では希薄だった分、今世では幸せな家族を持ちたいですから。
「言葉で殺して……か。アンタもたまには詩的ね。良いじゃない、良いじゃない。それでこそ乙女ゲームっぽいわ」
「ははぁ……あれだ、ラシード先輩さては恋愛馬鹿なの? 一年の終わりに私が死んだら誰が推しメンを幸せなルートまで連れて行くのさ。そもそも推しメンが乙女ゲームのキャラを演じるならヒロインちゃんにでしょうが。好意がカンストしてる私相手に魅力の無駄遣いしてる場合じゃないってば」
頭の中がお花畑の恋愛脳なのは私よりも断然ラシードの方だ。お婿さんもお嫁さんもいけるのか。どこまで能力値をを上乗せしていくつもりだ、このオネエさんは。ほんのちょっとその能力値の半分……いや、三分の一で良いから下さい。
「ちょっとお待ち。聞き捨てならないわね、このおブス。アタシから言わせれば恋愛馬鹿はアンタよア・ン・タ! せっかくそんな美味しい場面に出くわしておきながら、印象付けの為のスキンシップ一つも取れないでおめおめ引き下がるだなんて」
「恋愛経験ゼロの人間に無理言わないで。あのタイミングのどこでスキンシップを挟めというのさ……って、だから、違う違う! 私が印象付けしてどうするんだよ。今は推しメンがヒロインちゃんに印象付けする話をしたいの。もう十一月も終わるのに、あんまり友好度が上がってない気がするんだよね。十二月になったら冬期休暇もあるし……それまでにヒロインちゃんにもう少し推しメンを意識してもらえるようにしたいんだ」
私がどうにかこのもどかしい現状を伝えようとするのに、隣でそれを聞いているラシードは何やら難しい顔をしている。しかもこちらはもう話し終えているのに返事というか、反応がない。
一体何を考えているのだろうかと思って顔を覗き込もうとしたとき、その彫刻めいた顔がこちらを向いた。
「あのね、アタシずっと気になってたんだけど……推しメンは本当にヒロインちゃんのことが好きなの? ちっともそんな感じじゃないっていうか、むしろ少し避けてるような気がするんだけど」
「ええ、何で?」
「何でと訊かれても困るけど、恋愛上級者の勘よ。本当に好きなら過去のことがあるにしても、もう少し学園内で接点を持とうとしてくると思うのよね。実際にゲーム内だとそういうキャラクターなんでしょう?」
「うっ、それはそうだけど――……。ほら、今回は私が先回りして他のイベントをぶち壊して回ってるから、そんなに焦ってないだけなんじゃないの?」
「うーん……その線もあるかもしれないけど、やっぱりそうだとしても何だか引っかかるわよ。それに実際の問題として、アタシはどう? アンタのこのゲームに関しての記憶の中にアタシのキャラクターはいなかったわけでしょう?」
ラシードが何気なく口にしたその言葉に、一瞬ギクリとした。確かにこのゲームはやり尽くしたはずなのに私はラシードや、図書館のホーンスさんといった一部のキャラクターの情報がすっぽりと抜け落ちている。もっと正確にいえば、私は“隣に座る友人を含めた“彼等”を知らない。
いきなり突きつけられたその事実に、私は愕然とした。だって、それはそうなのだ。ラシードの言うように知らない“登場人物”がこの二人だけだと誰が言える?
「……ね、何だかおかしいでしょう? それからまだ不安にさせるようで悪いんだけど、この際だからもう一つ良い?」
気遣わしげに私を覗き込んだラシードは、この状況で物凄く聞きたくない情報を私の心に投下した。
「アタシもこのゲームにそこまでのめり込んでなかったから、あやふやな記憶で明言出来ないのは許してほしいんだけど……。このゲーム、一作目が微妙な出来映えだったから、確か公式のサイトでその微妙だった出来の部分をシナリオ加筆した第二段の製作開始とかっていう続報見た気がするのよね。アンタ憶えてない?」
前世のお仕事は死に方を含め、ブラック企業に片足を突っ込んだような職場。当然平日の帰宅後はグダグダになっていたし、それでも毎日食事とお風呂の後は寝落ち覚悟でゲームをした。
三十分くらいしか目を開けていられなくても、推しメンを見たかったからね。けれど……だからこそ、私は公式のサイトを追いかける作業にはあまり熱心な口ではなかったのだ。
従ってこのゲームの二作目が出るという情報は全く知らなかった。この瞬間に私の脳裏を過ぎったのは、海外のパニック映画に良くあるあのオチだ。徐々に主要人物達から遠ざかって行くカメラに向かって言う例のお約束。
――――これでこの話が終わったとは思えないわ……。
――――ああ、そうだな。きっとまだ第二、第三の奴らが……。
シナリオの回収がつかないからってそれはあんまりなんじゃないのかな?




