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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆一年生◆

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*19* だから言ったじゃないですか。



 最近一日の授業が終わると、誰より早く教室を出てやってくる鍛錬場。こんなにここに足繁く通う日が来るとは、前世の私なら考えつかないな。大体推しメンを追いかけていたから、ほぼマップは学園の中心部分だけしか背景を見ていなかったこともあって、未だに迷う。


 学園自体の造りが大きな教会建築方式というか、修道院っぽい。組まれた石の壁ってみんな同じだから、壁にかかっているタペストリーだとか、窓からの景色で憶えている。


 本日は“九月三十日”。天気はやや雲の広がりがちな曇りだ。


「あらぁ、それじゃあ、アンタの推しメンは、髪型でアンタの見分け付けてたのね?」


「うーん、そうみたいだね……。だから言ったのに。田舎者が急に色気付いたと思われるだけだって」


「アンタってば本当にお馬鹿ね? そういうのを自意識過剰だって言うのよ。むしろ髪型が変わってることには気付いててもらえてたんだから、それで良しとしなさい。大体ねぇ、こんな手入れもしない枝毛だらけの髪で、生意気に傷付いてんじゃないわよ」


「うぅわ……このタイミングで容赦ない罵声とか、酷いな、鬼」


 鍛錬場の奥まった場所にあるベンチに座りながらそう会話をする間も、ラシードの手は私の傷んだ髪を丹念に櫛削る。櫛削るとはいっても目の細かい櫛と目の粗い櫛、それから豚の毛で作られたブラシと、まさかの三段構え。


 一番最初に毛先を目の細かい櫛でとかし、次に目の粗い櫛で全体を絡まなくなるまでとき、最後に豚の毛で作ったブラシでザクザクと空気を含ませながらとかす。


 自分でもここまで髪の毛をとかすのに気を使ったことはない。その手際の良さに加え、言葉の辛辣さの割に優しくとかしてくれる指先は嫌いじゃない。


「こんな鳥の巣みたいな髪を手入れしてあげてるアタシが、鬼なわけないでしょう? ったく、髪を乱暴に解くから、毛先が玉結びみたいになってるじゃないのよ。綺麗に解けないじゃない」


 この数日ですっかり私との関係を勘違いしたらしいラシードのクラスメイト達は、私達が二人でベンチにいる間はここへ寄ってこないので、こういう話も気兼ねなく出来て助かる。


 だがしかし、私は何もここへ髪の手入れをしてもらいに来ているわけではない。毎日スティルマン君に会えると分かっている図書館へも通わずにここへ来ているのは、純然たる任務遂行の為である。


「うぅ……ゴメンってば。それより今日こそアーロンの奴は来た? もしくは何かこの“ラシード”っていうキャラクターのこと、思い出せそう?」


 何だか訊いている内容が意味不明だと私も思うけれど、そこには仕方がない事情があるのだ。


「ちょっと、アタシが記憶喪失みたいな言い方しないでくれる? 憶えてないっていうよりも知らないのよ。アタシはアンタほどこのゲームはやり込んでないの。数ある中の積みゲーだったし、何でこのゲームに転生したのかも分からないわ。他にも同時進行でやってたゲームはあったのにねぇ」


 そう、実はこのオネエさん。前世では何種類かのゲームを同時にこなす積みゲープレイヤーだったのだ。


 少しだけ後ろを振り返れば「今で二年生だってことと、留学生だってことと……後は下に腹違いの妹が二人ってこと意外はなぁんにも」と悪びれずに答える“ラシード”。けれどその“腹違いの妹”っていうのは触れないぞ? どうせそれがゲームでいうところのイベントに絡むんだろうけど。


 乙女ゲームのご家庭事情は複雑なので、案件的には“押すなよ、絶対に押すなよ!”というあれである。


「――くぅっ、この浮気者。前世じゃあゲームでもリアルでも、恋の駆け引きが同時進行出来るタイプだったんでしょう」


「コラ、アンタね人聞きの悪いこと言・わ・な・い・の。前世でも今世でもアタシは一途よ。それにアタシのキャラのことは何にも思い出せなかったけど、その代わりに耳寄りな情報があるのよ。どう、聞きたくなぁい?」


 甘い重低音な語尾にときめきよりも先にゾワッとした。声優好きな人なら分かると思うけれど、重低音な良い声っていうのは耳から流し込まれる甘美な毒だ。


 それが良いという人も沢山いるだろうけど、私は耳許ですると腰砕けになりそうで苦手。


「聞きたいんだけど……ちょっと、声が近い。耳が孕む」


「前世からそんな経験もなさそうなのに、何お馬鹿なこと言ってんのよ。あのね、アタシ今日ここでアンタが言ってたヒロインちゃんっぽい容姿の子、男子生徒といるの見かけたわ」


 私のクラスの方が授業の終わりが遅い時のことを考えて、事前にヒロインちゃんの外見的特徴を教えておいて良かった。それに私と同じクラスの生徒もチラホラ顔を見かけるから、見つからないように隠れてやり過ごしているのであまり近付くことも出来ないしね。


 いや、まぁ、その後にすぐ続いた「だけど相手の男子生徒は、アンタから聞いてた赤い髪じゃなかったわね」という、内容的には何一つ取ったところで良いことないんだけれどね?


 これは最早髪を梳いてもらっている場合ではない。早急に手を打たなければならない案件だ。


「その相手って赤い髪じゃないならどんな奴だった? 髪はもしかして水色? それとも巨峰色? まさか他の色だったりした?」


 勢い良く振り返った私の髪に、顔面を強襲される形になったラシードが「いきなり振り向かないでよ!」と苦情を言う。ここでご機嫌を損なったら拙い。


「ゴ、ゴメン、痛かった?」


「痛いわよお馬鹿。アンタ自分の毛質と量を考えなさいよね? 堅めの三つ編みなんかにしたら、ちょっとした武器よ?」

 

 顔をさすりながらそう言うラシードは、言葉の割に怒っていないようで「冗談よ。まだ途中なんだから前向いて。焦らないでもちゃんと話してあげるわよ」と、またボサボサになってしまった私の髪を丁寧にブラッシングしてくれる。


 頭皮を優しく刺激するようなブラッシングに、それまで波立っていた心が少しだけ落ち着いた。


「たぶんなんだけど……その時ヒロインちゃんと一緒にいたの、アンタの推しメンよ。ほら、今日はアンタが職員室に呼び出し食らって遅かったでしょう? その間にね、すぐに帰っちゃったけど――地味なダークブラウンの髪で、ちょっと陰気な男子生徒が一緒だったわ」


「――おい、陰気は止めろ。せめて控え目って言って」


「怖っ、今のオジサンみたいな低い声、どこから出してるのよこの子は……。まぁ、良いわ。それで、今アンタがちょっと出した水色の髪の男子生徒と、アンタの推しメンが揉めたのよ」


 思わず自分でも出したことのなかった声を出してしまった私は、ラシードの発言にちょっとだけ目を瞑って先を訊ねた。


「それはまた何で?」


「アタシもこっちの世界に転生してからは、一応こうして剣の腕前磨いてるわけじゃない? だからあの推しメン君の言いたいことも分かるんだけど……注意の仕方がちょっとねぇ」


「あ……何となく察した」


「あら、じゃああれは嫌味でも何でもなく地なのね。前世にもああいう物の言い方する人いたけど、正論でも嫌われるタイプだわ」


「そういうキャラなんですよ、彼は……。それで何をやらかしてたの?」


 推しメンと日々過ごすうちに、ある種独特の価値観を習得してしまった私には、この先に続くよからぬ展開が嫌でも読めてしまったぞ? 勿論裏切ってくれる展開ならとても嬉しい。嬉しいんだけれど――……。


「剣の長さと重さが、水色君が使う武器として体格に合ってないって言いたかったんだと思うのよ。アタシから見ても危なっかしいというか、振り回されてる感じがあったもの。でもね、それを注意するのに――“体格が小さい人間に限って見栄えのするものを使いたがる”ですって」


 うおぉ……安定のヘイトマスターめ。斜め上の展開に流石にちょっと血の気が引いてしまった。あの口の悪さはどこからくるんだろうか? 普通に言えばまだ聞いてもらえそうなのに。


「しかもね“商人に剣術がいるとは思えん。大人しく計算だけしていれば良いものを”って言ったの。たぶん水色君が良い格好したかったヒロインちゃんの前で。あれは控え目に言ってもどうかと思うわぁ」


「あぁ………スティルマン君の性格からして、商人が危ない思いをしてまで剣術に精を出さずに、家業に集中しろって言いたかったんだろうと思うよ」


「アンタの翻訳機壊れてるわよ。どれだけ甘い翻訳能力してるの」


 ラシードの呆れた声が背後から聞こえ、少し笑ってしまった。残念ながら微笑じゃなくて苦笑の方だけど。


「お褒めに与り光栄なんだけど――ってことは、もしかして……?」


 もしかするのだろうか。


 流れ的にもしかするんだろうな。


「ええ、そうよ。アンタのご心配通りバッチリ! 天恵祭でのイベント発生してたわね」

 

「あぁー……やっぱりぃぃぃ。せっかくアーロンとのイベント発生は阻止出来てたのに! 何で今日に限って呼出しとかあるんだよぉ」


「そりゃアンタの実技点数がヤバいからでしょうよ。見たわよ、あの“星詠み学科試験”一年の部の結果。一月予報ボロボロじゃない。あんなの一週間予報を四回繰り返しただけよ? なんであんな外せるの」


 そんな風に見目だけではなく【星詠師】としての才能まで持って転生した前世仲間は簡単に言ってくれる。転生の神様とやらのやり口に納得いかないわ。不満で下唇が突き出すのが止まらない。


 そんな私の顔が見えているわけではないだろうに「下唇。そのままの顔で止まったらどうするの」と旋毛をつつかれた。


「まぁ、アタシはアンタの補講とかに興味はないけど。それよりこの先どうするの? まさかアンタのことだから、このまま大人しく指を咥えて見てたりしないんでしょう?」


 どこか面白がる響きのあるラシードの声に、私は「当然」と答えた。こんな変化球でイベント発生があるとは思わなかったけど、これはある意味飛んで火に入るなんとやらだ。


「……ラシードから見て、水色君はそんなに強い感じじゃないんだよね?」


「そうね、中の下ってところかしら? 華奢だし型を丁寧にこなせるだけじゃあ実技では通用しないわね」


 ということは、現状では足に不安の残るスティルマン君と良い勝負だと考えても良さそうだ。スティルマン君はゲームの中ではああ見えて、アーロン相手にそれなりに善戦してたもんね。


「ねぇ――ラシードにお願いがあるんだけど、良い?」


 そんなに知り合ってからまだ時間の経っていない人にお願い事をするのは心苦しいし、怖い。けれど恐る恐る振り返った私のその問を予想していたのか、ラシードは「今晩からアタシが教えるスキンケアを頑張るなら、聞いてあげても良いわよ」と笑った。


 そのスキンケアとやらの手順は私にしてみればとても難しいものだったけれど、推しメンを救うお願い事を聞いてもらう為ならば頑張らせて頂きますとも!


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