5・孤島のお茶会
ドルトがテーブルや日よけパラソルや椅子を出し、カーリィが一番お洒落なテーブルクロスと花を見栄え良く挿した花瓶を準備し、リティウスがお茶やらお菓子やらを準備している時。
遠くからハミングが聞こえて来た。
ファルルのものだ。
透き通った綺麗なハミング。
「ファルル様、ご機嫌ですね(にこにこ)」
「ファルル、楽しそうだな~」
「うんっ、いい歌声ね~ぇ」
と、それぞれに独り言のように呟く。
いや、ように、ではなく完全に独り言だ。
そんなファルルは、泉の側にある切り株に腰を下ろし、体を左右に揺らしながらハミングを続けている。
というか、離れた場所にいる三人の耳に届いているのは、ちょっとした風魔法を掛けているからなのだが、盗聴レベルなのは気のせいだろう。
ファルルは、自然が好きだ。
ゆったりと流れる時が流れる空間が好きだ。
目を閉じて、風に揺れてさわさわとなる草花や木々の葉音を聴き、小鳥が囀るのを聴き、妖精や精霊達が彼女の脇で羽ばたかせる音を聴き、いつの間にやら集まって来る小動物の動く音を聴く。
そうしている内に、だんだんとご機嫌になってきて鼻歌が漏れる。
というのがいつもの流れである。
ファルルは、人と接する事が苦手で、とにかく自然と混ざってゆったりしているのが好きなのだ。
「ファルル様に、美味しいお茶とお菓子でもっと喜んで頂きましょう」
リティウスは目を閉じ、ほんの少しだけそのハミングに耳を傾け柔らかく微笑んだ。
ふっと口元を綻ばせ眼尻を下げながら、いい具合の温度になったお湯に茶葉を入れじっと待つ。
魔法で作り出した氷をグラスに入れ、爽やかな酸味のスターレモンの果汁とシュガービーの柔らかい甘みのある蜂蜜を準備し、グラスに注いだ紅茶と合わせていく。
仕上げに、スターレモンの薄切りを飾りに浮かばせ、温くなってしまわない様にグラスそのものをほんのりと魔法で冷やして出来上がりだ。
そして、大皿に盛った大漁のクッキー各種と、人数分により分けたアップルベリーのパイ、甘味を少なめにしたホワイトムースの上にほんのりと甘酸っぱいキウイのクラッシュゼリーを乗せたデザートも準備し、満足げな笑みを浮かべた。
「おっ、来た来た」
「お待たせしました」
「ん~っ。いい香り~」
「ファルル~っ。準備で来たぞ~」
「うんっ」
迎えに来たドルトににこりと返事をして、切り株から腰を上げ向かう。
そして。
「わっ……」
「っとと……。まーったく。ほんと危なっかし~な~。大丈夫かよ? 慌てなくても逃げねーって。あははっ」
「えへへ~……」
と、何もない所でまたこけそうになっていた。
ドルト達がいなければ、地面と何度もご挨拶して今頃はボロボロになっている所である。
ドルトにとっても、ファルルを支えるのは小枝程度の物でしかないので気にもならない。
見ると、リティウスもカーリィもそんなファルルを見て笑っていた。
春の爽やかな風ですら、どことなく笑っているようである。
「うぅ~……」
「そんなファルル様ですからいいんですよ(にこにこ)」
「うんうん。ファルルはいつまでもファルルのままでいてね~ぇ?」
ふわふわ~っと飛んでファルルに抱き着く。
ぽよんっとファルルの体から音がしそうである。
「うう……」
しゅんっとなって落ち込むファルルに、いい子いい子とカーリィが頭を撫でると、照れくさそうにほわんっとはにかんだ笑顔を浮かべた。
その笑顔で満足する。
三人の満足点もかなり低い。
ただし、ファルル限定で。
「さぁさぁ、頂きましょう。このアップルベリーパイは自信作なんですよ」
「う、うん。美味しそう……」
「(きらきら)」
ぱぁっと笑顔になるファルルを見たリティウスは、見た目の出来栄えでファルルをご機嫌にさせて満足し、目を細めた。
「「「「頂きます」」」」
そんなわけで、賑やかなティータイムが始まった。
大盛のクッキーがあれよあれよと無くなっていく。
四人が一枚二枚と食べている間に、五個六個と減っていく。
<おいし~っ>
<リトのクッキー甘くてほっぺた落ちる~っ>
<サクサク~>
食いしん坊のお菓子大好きな妖精や精霊達──もう面倒臭いのでひっくるめて精霊と呼ぼうと思う──がわらわらと集まって、自分と同じ大きさのクッキーを抱えてパクパクと頬張っているのだ。
クッキーが大皿に大盛りにされていたのは、食いしん坊な精霊達のためでもあった。
クッキー争奪戦は、盛大に行われる。
この時ばかりは地位も外聞もかなぐり捨てて、我先にと好きな物を取っていく。
<あ~っ! それボクのだし~っ!>
<ふふ~んっ。私が先に取ったのよ~っ>
<最初に目を付けたのはボクだし~っ>
<取った者勝ちよ~っ>
ぶ~っとほっぺを膨らませる精霊の肩をちょんちょんとつつく。
ファルルが手に取っていた同じクッキーを精霊に見せると、精霊はにぱっとしてクッキーに抱き着いた。
<ファルル、大好き~っ>
しっかりとクッキーを抱えて、ファルルの頬に軽くキスをする。
「ふふっ」
人と関わるのは苦手だが、選り好みしない彼等やリティウス達は別だった。
周りに気を遣う事も無く、周りも自然体でいてくれるこの場所は、ファルルにとって天国である。
とはいえ、仲間内でも普段は積極的に話をする彼女ではない。
彼女は、みんなが騒いで楽しんでいる空気を楽しむ人なのだ。
口数は少ないが、もともと楽しい事は好きなのだ。
ここは気を張らないでいられる場所だから、余計に楽しいと感じる。
そして、みんなの様子を楽しそうに眺めながら、パイを一口一口ゆっくりと美味しそうに口に運ぶ。
「おーいしーぃっ! やっぱりリトの手作りお菓子は最高だわ~ぁっ。スターレモンティの絶妙な甘酸っぱさは最高ねっ」
「うんっ、うまいっ。 アップルベリーパイ甘すぎないしソースも丁度いい感じだな~っ」
カーリィもドルトも、早くもおかわりをしていた。
「作った甲斐がありましたね(にこにこ)」
ファルルの口に合っているか、ちらりと視線を向けたリティウスは、口に運ぶ度に満面の笑顔を浮かべる様子に満足し、自分も会話に加わりながらティータイムを楽しむ事にする。
「うん、今日も素晴らしい出来になりました。満足です」
「うわ~ぁ……。リト自分で褒めちゃってるわ~……」
「ていうか、ファルル意外だと自分一番だもんな……」
「失礼ですね? 私はただ、より完璧を求めているだけですよ? 全てはファルル様のためにです」
愛されるぽよぽよファルル。
この孤島から出る必要は一切必要なさそうだ。
そのファルルが、ちょいちょいとリティウスの服の裾をつついた。
「ファルル様? 何かお気に召しませんでしたか?」
戸惑いながら問いかけるリティウスに、少しピクッとしながら首を振り、
「え……えとね、とっても美味しいの。いつも、ありがとう……」
と、照れくさそうに俯き加減で呟いた。
瞬間、リティウスがパアアッと目をキラキラさせながら破顔し、今日一番の光悦に浸っていた。
何も知らない者が傍から見ると、多分、多少気持ち悪く思うかもしれない。
が、イケメン補正でカバーする。
イケメン怖い。
食べるのもゆっくりなファルル。
みんながわいわいと喋っているのを楽しそうに眺めているせいもある。
更に。
最後の一かけらが口に運ばれると、ファルルの目線が他へ移っている間に、リティウスが素早くもう一枚と乗せるので、余計減らない。
遠慮なくカーリィもドルトもおかわりしているので問題ない様にも見えるが。
普通、痩せさせようとするはずなのに、その素振りは一切ない。
食べさせ過ぎの様な気がするのは、決して気のせいではないだろう。
が、嬉しそうに美味しそうに幸せそうに食べる姿は、彼等にとってはそれがまた幸せの材料になるのであった。
孤島の住人ファルルとその仲間達の日常はほのぼのとしていて、こんな風に日々はゆったりと過ぎて行き、今日も例外なくほのぼのライフを送っていた。