10・集落での昔話
「ははっ。相変わらずお調子もんだな、あいつ等は」
そう言いつつも、ガレインも楽しそうに笑っていた。
「ところでガレイン。さっきこの人等を見て固まってたろ。なんだったんだ」
「ちっ……。忘れろよ……」
「普通に気になるだろうがよ」
くしゃっと頭を掻く。
「ミクリアさん、すまんがファルルと一緒にちょっと席を外してくれないか。知らない方が幸せって事もある。後暫く周りに誰も近づけさせんでくれ」
「はい。構いませんよ。殿方同士、ごゆっくりお話し下さいませ。お嬢様。あちらへ網焼きでも見に行きましょうか。とてもいい香りがしていますよ」
ミクリアがファルルの手を取り遠く離れたのを確認して、
「オレはいいのか?」
「構わねぇよ。そもそも話を振ったのはお前だろうが。さて。まぁ酒でも飲みながら話すか」
ガレインが全員の木のグラスに酒を注ぎ足していく。
「ちょっとした昔話でもするか」
と、居住まいを正してから静かに口を開いた。
「西北に、今は滅びたルコットという小国があってな。俺はその国の生まれなんだ。ここと同じ自然に囲まれた国だったんだ。豊かというほど豊かではなかったが、食うには困らない。小国だからこそ争いも起こらねぇ。俺は孤児だったがひもじい思いをした事はなかったな。本当に居心地が良かった。大人になってもずっと国を離れず居座るんだとばかり思っていたんだ」
三人は、食事に手を付けつつ静かにガレインの話に耳を傾ける。
「ところでな。そのルコットという小国が何故滅びたか知っているか?」
「最近の出来事の中じゃ一番デカい有名な話だろ。オレ達の世代で知らない者はいねぇ」
「そうですね。歴史としてはまだ浅いですから、史実として正確に伝わっていますからね」
「数百年に一度の特大災害ですからな」
酒を飲みつつ、四人はその出来事をそれぞれに回想していく。
「五十数年前、魔物や魔獣が増えそれらが放つ魔力で自然の魔力が膨大し爆発。それらと共に多数の魔物獣が出現し暴走。俗にいうスタンピートですね。人の手が加わらない自然が多い場所は特に注意が必要なのですが」
「その通りだ。だが、ルコットは小国。腕の立つ冒険者が多いわけでもない。兵や傭兵が多いわけでもない。いくら予兆があったとしてもな、突発的に起こる事には変わりない。周辺諸国が協力してくれても、いつ起こるか分からん事に多くの手を長期待機させておくなんざ出来るはずもない。そうなりゃもう滅びるしかないだろ」
「ガレイン。お前そのスタンピートの中生き残ったっていうのか?」
「こうして生きているんだ。そうなるだろうな」
サバトは、はぁーっとため息を吐きながら首を振った。
「何十年も長い付き合いだってのによ……。北の生まれだと知っていたが、ルコットだとは思わなかったぞ」
それもそうだ。
あのスタンピートを生き延びている人間が目の前にいるとは、誰も思わないので仕方ない。
「いや黙っていたわけではないんだが、大声で言う事でもねぇしな。同情されるのも面倒だったんだよ。生き残りは俺を含めて一割もいないだろうな。スタンピートってやつは、どれだけ強くてもいくら人をかき集めても人間じゃあ太刀打ちできねぇよ。西の大国、グランヴァルの王都でも二割、良くて三割、残ればいい所だろうな」
その脅威を目の当たりにした生き残りの一人であるガレインは、遠くを見つめる様に故郷の終わりを思い出し、何とも言えない表情を見せた。
「だがな。俺が生き残れたのは本当に奇跡だった。目の前でこんな奇跡が起きるなんざ、誰が想像する? まだ十にもなっちゃいないの俺にとっちゃそれくらい、いや、俺じゃなくても奇跡だと思うだろうよ」
眺めていた酒を再び煽り、リティウスとバロフに視線を移す。
「お二人さん。あの日。あの地にいただろ?」
そう言って。
二人の視線をしっかりと捉えた。
「は? ガレイン、おめぇ何急に素っ頓狂な事言ってやがるんだ? バロフならまだ可能性としてあるかもしれん。だがよ、こいつぁ見た目と年代が合わねぇだろうが」
サバトのいう事は至極当然の事だ。
集落には様々の種族が生活し、それに慣れてしまっているせいとリティウス達の見た目のせいとで寿命の可能性を失念してしまっている。
「まぁ聞け。魔物等が波の様に押し寄せてくる中、全く意味もなさねぇ崩れた外壁に縮こまって隠れていた小僧がいたんだよ。隙間から見える夥しい大群に震えながらな。そん時、魔物等が吹き飛ばした瓦礫が吹っ飛んできて、魔物等じゃなく瓦礫で一生が終わりそうだった所に、急に背後から瓦礫をぶっ壊した奴が現れてな。なぁリトよ、覚えてねぇかい。外壁に蹲っていた小僧を飛んできた瓦礫を破壊して助けた。そうしたら、ふいに現れたバロフ、お前さんがな、『あ奴らが爽快に蹂躙される様を一緒に見学しますかな?』なんて、場に似合わねぇ口調で小僧に言ったんだ」
二人は顔を見合わせて、まさか? という顔をした。
その顔を見たガレインは、笑みを浮かべていた。