5・集落の芸術家
いつの間にかファルルも姿を消していたのだが、暫くして戻って来た。
ドアから、少しだけ顔を覗かせて部屋の様子を見、おずおずしながら二人が座る場所へ近付く。
「ファルル様、どうかなさいましたか?」
「ファルル殿、こちらにお座りなされ」
バロフが横にずれ、リティウスとの間をあけポンポンと軽く叩く。
コクリと頷き、間に挟まる様に座ると手にしていた包みを二人に差し出した。
口数は少ない。
照れ屋。
人見知り。
臆病。
だが、慣れれば人も賑やかな場所も嫌いではない様だし、いい子であるには違いない。
二人は彼女の外見ではなく、中身を見ていた。
外見に捕らわれる事は身を亡ぼす事に直結する。
外見だけに捕らわれるのは愚かな行為だ。
伊達に長く生きていない。
「これは? 中を見てもよろしいですか?」
問いかけにファルルが頷くのを見て、二人は包みを開くと同時に感嘆の声をあげた。
「なんと見事な……」
思わずバロフが口にした言葉に、リティウスも頷く。
大きくはないが、絵画のような刺繍の施された一枚の壁掛け。
それぞれ集落の風景を模したものだが、描かれた景色は異なっていた。
二枚を繋げれば、一つの絵としても成り立つ様だ。
一針一針細かく丁寧に、糸を変え色を変え細部まで再現した刺繍。
同色が重ねるだけでも技術がいる。
それを刺繍で。
素朴なデザインだが、見る者の目を離さない見事なものである。
加えて、生地も素晴らしいものだ。
手触りが良く、柔らかく触れただけでも分かるほど上質で真っ白な絹。
「あの、ね。鳥さん……とお花、のお礼……」
だんだんと語尾が小さくなりつつも、余程嬉しかったのかお返しにと持ってきたらしい。
「素晴らしい見事な刺繍ですね。どなたが?」
真っ赤な顔をして俯きモジモジとするファルルの様子に、まさか……と目を見開き、リティウスとバロフは互いに目を合わせた。
まだ幼い子が、こんな刺繍をするとは誰が想像出来るだろう。
この様な技術を得るだけの時間が、この集落にはあるのだろうと思い至る。
時間がゆったりと流れる集落は、彼女に良く合っている様だ。
「ファルル殿が作られたのですな? これはまた……」
「全くです。本当に頂いても良いのですか?」
コクンと頷いて、
「喧嘩、もう、しない……?」
と、先程のバロフとリティウスのやり取りを気にしながら小さく言われては流石に苦笑するしかない。
「では、遠慮なく頂戴します。もうしませんから安心して下さい」
その刺繍絵を正面から横からと暫く眺めてから満足そうに頷いたのを見たファルルは、にこーっと笑って足をパタパタと揺らしていた。
二人にとっては、この何の含みを持たない贈り物が、ご機嫌を取りのための献上品よりも余程の価値があった。
その後、名うての職人が手掛けた刺繍を引き立たせるための額に収められ、それぞれの私室の一番目立つ場所に飾られたのは言うまでもない。