3・集落に落ちた雷
「嬢ちゃんが初めてでここまで懐くとは驚いたなぁ」
「珍しい事があるもんだ」
と、小さな声で口々に感心の声を上げる。
ミクリアに至っては。
「おっ、お嬢様がっ。ファルルお嬢様がっ……」
と、感極まった様子で近くにいる男衆の肩をグラグラと揺らして泣いている。
もちろん、ファルルに気付かれない様に。
「わ、分かった。分かったからミクリアさん、止め……」
目を回しかけているが、ミクリアが止まる気配はなかった。
リティウスはそんな背後の小さな声に内心苦笑しつつも、少し成長を見せたらしいファルルにずっと話しかけていた。
「この花の名前は月幸花というんです」
「この鳥さん……とおんなじ……?」
「この鳥さんは虹と書きます。このお花は幸と書くんですよ」
「わぁ……綺麗な、お名前」
頭に置かれたままの手の感覚と、綺麗な鳥と綺麗な花にほんわかと笑顔を浮かべた。
(綺麗な大きな優しいお手手。お父様の、お手手みたい)
小さい頃。
ぼんやりとかすんだ記憶の中にある手が、丁度こんな感じだった。
(でも……お父様のお手手は……)
離れた地に住む今の父親の手。
たまに思い出しては、記憶との食い違いに混乱する。
「ファルル様? 暗い顔をしていては幸せが逃げてしまいますよ? くすくす」
もう一輪の月幸花をふわふわとした髪に挿し、えへへっと再び笑顔になったファルルに満足し、ふっと目を細めた。
「リ……ト……さ、ま?」
「はい。どうなさいましたか?」
「んと……えと……ありが、とうござい、ます……。それ、と……えと……。ファ、ファルル・モルナ、リット……オズラークと、申し、ます。ようこそおいで……下さい、ました……。どうぞ、ごゆっくり寛いでいって、下さい、ませ……」
「ファルル様と仰るのですね。改めてご挨拶させて下さい。お初にお目にかかります。私はリトと申します。この場を提供して下さいましたファルル様、皆様のお心遣いに深く感謝申し上げます。どうぞよろしくお願い致します」
と、おどおどしつつも頑張って家人の礼を取ったファルルに、最上の礼で持って返す。
この流れる様な所作から、見る者が見ればただの高貴人ではない事は見抜くのだろうが、生憎ここには目の肥えた者はそんなにはいなかった。
「ほー……若いのに大したもんだ」
と、感心する程度には流麗に映ったくらいである。
まぁ、それなりに身分はあるのだろうとはおもったであろうが。
最上の礼をとったリティウスを見たファルル。
急に元のおどおどファルルに戻り、サバトの後ろに隠れてしまった。
「お嬢様が、ファルルお嬢様が……。見ました? ファルルお嬢様がご挨拶をなさっ……うっ……」
大袈裟である。
が、引っ込み思案、人見知り、恥かしがり屋のファルルにとっては一大イベントだったのだろう。
あれだけの長い言葉を喋ったのだ。
よく頑張ったとファルルを抱きしめ頭を撫で続け、涙ぐむミクリアである。
これにはもう、苦笑どころか肩を竦めてため息を漏らすしかない面々である。
そこへ。
コンコンコンと家人を呼ぶ音が玄関先に響き渡った。
「どなたでしょう。お嬢様、見て参りますね」
ミクリアは、玄関を開け訪問者に声を掛けた。
「どちら様でいらっしゃいますか?」
「突然の訪問申し訳ございませんな。こちらにリテ……ゴホン、いや、失礼。リトという御仁がお尋ねになっておりませんかな?」
きっちりとした身なりの中年の紳士がそこにいた。
「リト様でいらっしゃいますか? 確かにその名の方はいらっしゃいますが……」
(……見つかってしまいましたか。月虹鳥を呼び出した時の魔力で気付かれましたねぇ)
聞き耳を立てつつ、リティウスは軽く息を吐きつつ天井を見上げる。
「私はバロフと申します。失礼を承知でお願いしますが、案内して頂いても構いませんかな?」
(なぜリト様がこちらにいらっしゃるのがお分かりになったのでしょう)
ミクリアは、はぁ……と怪訝な顔をしつつも怪しい人物ではなさそうな事から、バロフと名乗った紳士を家に上げ案内をする。
部屋の戸が開くなり、バロフはリティウスを睨みながらズカズカと進み寄り、
「リト様! ようやく見つけましたぞ! まったくあなたはどうしてこういつもふらふらと! 直ぐにお戻りになると言ってどれ程経ったとお思いですかな!?」
その怒りに満ちた声量に、耳を塞ぐ面々。
「バロフ。少し落ち着きましょうか?」
「弟君より首根っこ引っ張ってでも連れ戻すようにと言われております!」
「あなたと弟のお陰で、こうしてたまに羽を伸ばす時間がとれてますから、感謝していますよ(にこにこ)」
「……リートーさーまー! 誤魔化されませんぞ!」
小一時間、こめかみに血管を浮かせながらこの部屋に小言という名の雷を落とし続けていた。
「まぁまぁ、バロフ……。若くないのですから、そう怒ると……」
「リト様! こうしておいでの間にも仕事はたまっておるのですぞ!」
呆気にとられる面々を横目に十数分。
バロフの雷が止むことはなかった。
(もしかしてダメ貴族……?)
と、面々が内心で呟いたのは気のせいではないだろう……。