18・孤島の昼食
食堂で、ファルルはおろおろしていた。
「全く。いくら自由で手が空いているからといって、ふらふらしてばかりでは困りますからな!? 月に一度戻るだけ、言うだけ言って後は丸投げなら誰でも出来るのですぞ! たまにはご兄弟のお手伝いでもなさっては如何ですかっ! リティウス様は、ふらふらしている様に見えられても陰ではきちんとなすべきことはなさっておいでなのですからな!? 同じに思って頂いては困りますぞ!」
と、延々と説教を喰らっていた。
領があるわけでもなく正直風来坊的な感じではあるのだが、任というものはある。
やるべき事はしているのだが、リティウスよりも国に戻る頻度が少な過ぎるのだ。
書類だけぽいっと届けて、
後は任せたっ。
と、そんな感じで思いついた事をつらつらと書いた紙面をドッサリおいていく。
おかれていった方はたまったものではない。
紙面と口頭説明では伝わり方が違うのだ。
意図を組んで検討しなければいけない。
その苦労は想像に難くない。
ドルトよりマシと言えどリティウスも似た様なもので、下手に手を出してとばっちりを受けかねない。
そっと目を逸らし、見ないふりをしているのは気のせいではない。
「ボ……ボーデンさん……そろそろ……」
「ファルル、こうなってはあと三十分は収まらんじゃろ」
「おじいちゃん……なんとか……」
「まぁ、自業自得よね~ぇ」
「カーリィ、まで……あうう……」
「この様子ではもう少し昼食はお預けの様ですな」
「あ……。バロフさん……。こんにち、は……」
「小僧、久しぶりじゃのぉ」
「ファルル殿、こんにちは。お邪魔しておりますぞ。ワーグ殿、ご無沙汰しておりますな。しかし流石に小僧という歳ではありませんぞ」
苦笑するバロフ。
八千年以上の時を過ごすワーグにかかれば、みんなわっぱであり小僧だ。
仕方ない。
「そうは言うても、これでは食事も出来んのぉ。ボーデン、そろそろやめんか。せっかくの料理が冷めてしまうわいっ!」
と、問答無用でボーデンとドルトの頭をゴンッゴンッと拳骨で殴り、その場を沈めた。
乱暴である。
「じいさん、いてえ」
頭をさすりながら講義をする。
「フラフラしとるのが悪いわ。ボーデンもそろそろ落ち着かんかい」
「それもそうですな。皆の前で醜態を晒してしまったようである。失礼した」
と、ボーデンは軽く頭を下げた。
「ようやく食事にありつけるわ~ぁ。流石にお腹ペコペコよ~ぅ」
言いながら、カーリィは隣接するキッチンから料理を運んだ。
湯気が香り立ち食堂一杯に広がる。
茸たっぷりにあっさりとした味の鶏肉のシチュー。アスパラと星形のキャロットがアクセントになって美味しそうだ。
添えられたハーブがシチューの香りに混ざって食欲をそそる。
無遠慮に捕まえて来た魚のムニエル。
数種類のフルーツを絶妙なバランスでさっぱりとした酸味のソースが引かれ香りだけで涎が出そうだ。
魚は種類が定まってないので、食べる種類が違うのはご愛嬌。
数種類のフルーツと数種類の野菜、香草をつかったマリネ。
今ここにはいないパン職人が作り置きしてくれているパンをバスケットに入れ、テーブルの二箇所に置く。
「うまそうだのぉ」
「ですなぁ」
ワーグとバロフは並べられていく料理の香りや色使いを見て、うんうんと頷いている。
「これでみんなに行き渡ったわね~ぇ」
みんなが頷くのを確認して自分も席に着く。
「今日の昼食はファルルが作ってくれたのよ~ぉ。久しぶりだから楽しみだわ~ぁ」
「そうですね。では、頂きましょうか。ファルル様」
「う、うん。えっと……大地と海の恵みに感謝を」
「「「「「「感謝を」」」」」
宗教という訳ではないが、糧を得る場所に感謝の意を唱えるのは共通認識である。
基本、食卓においてその場にいる長となる者が感謝の意を最初に唱える。
本来なら、カーリィの役になるのが普通なのだが、なぜかファルルの役目になっている。
そもそも、ファルルは彼等の地位を知らないし、みんなファルル大好きなので仕方ない。
地位だけでいうには、カーリィ>リティウス=ワーグ>ドルト>バロフ=ボーデン>>ファルルとなる。
深く考えたら負けである。
ファルル自身、自分が長となる地位にいない事はなんとなく分かっている。
分かっているが、知らない。
なんとなくジレンマはあるが。
みんながそれで良いと言うのでそうなっている。
「今日来たのは正解でしたな」
「全くですな。ムニエルのソースの絶妙な味わいはファルル殿ならではですな」
「脇役が主役にもなる。素晴らしい」
バルフとボーデンは、口々に言いながら舌鼓を打っている。
久しぶりのファルルの手料理に舌鼓を打ち、幸せそうに顔を緩ませ、会話も和む。
「あう……」
恥ずかしそうに体を縮こませるも、縮こまっていないのはいつもの事である。
「ファルルに毎日作って貰いたいもんだがのぉ」
「いや、じいさん、別に食べる必要ないじゃん」
「分かっておらんのぉ。取り込む事と食べる楽しみは別なんじゃっ」
「知るかっ」
竜は基本、大気に溢れる魔力が糧であり全身から吸収する。
が、味覚もあるので美味しいものは美味しいと思う。
せっかくその感覚があるのだから、楽しまないと勿体ない。
「分かっておらんのぉ」と、ぼやきながらシチュー四杯目のおかわりをしていた。