6.逃亡の果て
走った。
木の根に足を取られながらも走った。
ただ単純に走って、走って、走った先。
一本の巨大な木の根本まで辿り着いて、そこで声にならない声を上げながら荒い息を吐いた。
「ご、っふ……ぜぇ、ぜぇ……」
(なんだ、あの怪物!?)
文字通り、絶対に俺が知っている範疇にはあんな生命体は存在しない。
怪物……そうだ、怪物か悪魔とでも呼ぶのが相応しい、ナニカ。
それから逃げられたのは、幾つかの幸運が重なったからに違いない。
焚き火を灯していたこと。
偶然焚き火から離れ、距離があったこと。
そして、相手の謎の行動があったこと。
この内、最初と二番目はまあ理解できなくはない。
炎、火を恐れるというのはまま聞く内容だったから。
狂犬病は水を恐れるようになる、というけれどそれに近いものだったかもしれないし。
それに、距離がなければ簡単に飛び越えて四肢で押さえつけられていただろう。
ただ、最後の行動だけは理解できない。
「……なん、だったん、だか。」
呼吸も少しずつ落ち着いてくる。
水を飲んだばかりで脇腹が痛いが、そんなことは努めて無視する。
まず、間違いなくあの舌は俺を抉るはずだった。
相手はそれを確信して放ったのだろうし、俺も根源的な……口ではいいづらいが、間違いなく『死んでしまう』実感があったのだから。
にも関わらず、あの攻撃は俺には傷一つ付けなかった。
寧ろ、放った本人に抉られた痕があったように見えた。
と、するならば――――。
「無意識に返した、とか……?」
或いは、相手の行動が何故か180度反転したか。
どっちにしても、あの舌が危険でないのは『朱く』見えていたかどうかで判断していたわけだが。
その考え方は間違ってはいなかったようだ。
そう、つまり視界に見える朱は危険なものを表している。
逆に言うならば、そうでない、普通に見えるものは。
「果実……。」
空を見上げ、届かない範囲にあるそれを見て溜息を吐いた。
現状、毒や腹痛などに襲われて動けなくなったら即座に死ぬだろう。
かと言って、水分や食事が取れなくても死ぬのは遠くない。
だとすれば、取るべき行動は一つ。
(どっちに行けばいいかだけでも、分かればいいんだけど。)
川を遡る? 確か動物は川沿いに集まる事があるはずだ。 水分の関係で。
とするならその手段も取れるわけもなく。
仕方なく、地面に棒を立てて倒した。
「えーと……向こうから走ってきた、んだよな。」
幸いなことに、走ってきた方向は泥濘に足跡が出来ていることで分かりやすい。
それ以外の方向で、と。
棒が倒れた方向に向い、歩き始めた。