プロローグ
___雷撃が少女の体を穿つ。少女は風穴の空いた腹を見て、「ああ、もう終わっちゃうんだな」、と拍子抜けするほどあっさりと理解してしまう。
どさり、と背中からアスファルトの地面に倒れる。お腹から、信じられない位の勢いでこれまでの人生で見たこともないような血が流れ出す。
やがて外側が剥がれるようにして変身が解ける。先程とはまた違ったジクジクとした鈍い痛みが腹を襲う。しかし『この』体には傷一つついていない。事故によって欠損した部位に、あるはずのない痛みを感じるようになる幻痛のようなものだろう、と冷静な意識が酷く淡白な見解を示す。綺麗なままの服に血が染み込む不快な感覚がだんだん昇ってくる。
傍らには自身の変身アイテム、『ピアス』が転がっているのが見える。耳に付けていたはずのそれは変身が解けたことにより外れてしまっていた。___拾わなきゃ。そう思って手を伸ばそうとするが、ろくに動きもしない。それは大事な物だった。死んだ姉が自分に残してくれた唯一のプレゼント。成人となった祝いとして貰ったものだった。厳しかった姉からの、初めての、そして最後の贈り物。二度と手に入らない無二の宝物。
…だったけど、もういらないや。どうせもう…それに縋った所で意味は無い。虚ろな顔に苦笑を浮かべて空を見上げる。そこには変身した自分の腹を風穴に変えた張本人…青ざめた顔でステッキを握る、コミカルな格好の少女がいた。血の気の引いた顔で震えながらカチカチと歯を鳴らし、それこそ縋るようにステッキを握っている。…あーあ、子どもだと思って油断するんじゃなかったな。どう見てもこの世界における『素人』だったのに、と血塗れの少女は乾いた笑みをこぼす。
とどめを刺すことに躊躇するステッキの少女。しばらく腹を穿たれた少女は苦悶の呻き声をあげ始めた。変身を解いてしまった人間に訪れる『この世界』からの断罪。『崩壊』が、始まった。ぞぐり、ぞぐり、と体の端から乱暴に削られていく感覚と、自己が消失していく感覚に気が触れそうになる。それを見ていたステッキの少女はとうとう泣き出してしまった。
___おいおい、泣きたいのはこっちだ。脂汗を浮かべる少女は逆に笑ってしまう。死ぬほど痛いが、本当に死ぬとわかっているなら別に大した問題にはならない。むしろそれを見届ける者に与えるものに対して罪の意識を感じてしまうほどに。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…!」
半ばヒステリックに陥りながらステッキの少女は謝罪の言葉を重ねる。やがて片腕が消滅した少女は、それを見て恨むでもなく、ただ困った顔を浮かべた。…やれやれ。これからこんなことを何度も繰り返していくというのに、大丈夫かな。気にしないで、なんて絶対に言ってやらないが、せめて死にざまぐらい清々しくいさせて欲しい。あの日、笑いながら病に殺された姉のように。そうだ。せめてピアスを取って貰おう。私にできないなら彼女にやって貰えばいい。死に際ながら冴えている。その事を伝えようとしたその時。
「ごめん…なさい…私はどうしても…願いを叶えなきゃいけないのおおおおおおお!!!」
甲高い声で叫びながら、ステッキの少女は最高威力の雷撃を放つ。少女の想いを込めた全力の一撃は、消えかけの少女を文字通り跡形もなく焼き尽くす。雷炎は無慈悲にも、少女のピアスごと塵へと還した。
全力を出し切り、肩で息をするステッキの少女。そして一つの命が消えた時、少女のスコアの上昇を伝え、祝福する鐘の音が、あるいは一人の少女の死を憂う弔いの鐘の音が鳴り響いた。
ここは鏡の裏側の世界。重なり合った欲望が命を塗りつぶす世界。