8 王宮に行こう!in馬車
馬車は進むよ、王宮へと……。
どうもチャチャです。
出発直前に決行した『ちょっとトイレへ、そのままフェイドアウト』作戦も、トイレのドアの前に張り付いたウチの娘のがんばりによって不発に終わりました。
そして現在、馬車の中――。
わたしの横には、アンネローゼが少し緊張した顔で座っている。
かわいそうに、義母様直々に侍女代表として、たった一人付き添いに選ばれたのだ。何故、侍女頭のコジマではないのか?指名後、義母様はわたしを見て意味あり気に微笑んでいた。
その義母様がわたしの向かいにキリリと座っている。当然のように座っている義母様を見て、わたしは理解と共に絶望した。
すべてはわたしの逃亡防止策だ……。
義母様は、自身とアンネローゼの二人掛りで監視する気なのだ。
コジマよりアンネローゼを選んだ理由は、わたしがアンネローゼ相手に無茶はしない、そして甘いからだ。少なくとも目覚めてから後のわたしはそうだ。
義母様はこの一か月間の、わたしとアンネローゼの様子を見てそう判断したのだろう。恐るべし観察眼だ。
ふぅ〜。
あきらめておとなしくしてるしかないよね、コレ。
わたしは視線を義母様の横に移動する。
そこには、義母様をそのまま小さく小さくしたような少女が、不満そうに不安そうに座っている。
義母様の実子で、わたしの三ヶ月だけ妹のマルグリットだ。
義母様譲りの金髪をおさげにし、淡い緑色のドレスを着ている。青い切れ長の目が、時々わたしを睨んでいる?気のせいだよね?
マルグリットが馬車の中に、わたしと一緒にいるのは、彼女も精霊の儀を受けるためだ。
先日の精霊の儀で、わたしがやらかしてしまったため、クラウス家は、一日目のパーティーで王宮から総員撤退している。その巻き添えで、マルグリットも精霊の儀を欠席してしまったのだ。
その事実を、馬車に乗る段階まで、マルグリットと顔を合わせるまでわたしは知らなかった。
ゴメンよ、マルグリット。
馬鹿なお姉ちゃんで……。
心の底からそう思った。
精霊の儀に対する意気込みが、並々ならないものだと言うことを、わたしは記憶している。
『お母様の娘として、恥ずかしくない精霊さまに気に入られるの!そしてお兄様やお姉様のように『保護』を受けるのよ!!』
と、それは鼻息が荒かったのだ。
わたしチャチャはと言うと、その様子を見て、フン、と鼻で笑っていた。
それも含めて本当にゴメンよ、マルグリット。
そんなアレやコレや考え、一人頭を抱え悶えているわたしに、義母様は笑顔で追い打ちをかけてきた。
「チャチャ、不安に思うことはないのですよ。クラウス家だけが、今回特例の精霊の儀を受けるわけではないのですから。あの時事故を傍観していた、第四王子マティアス様と、アッヘンバッハ公爵子息オイゲン様、ビルケンシュトック侯爵子息ハーラルト様、ダールマイアー伯爵子息トビアス様も一緒です」
何ですかソレ、不安にしかならないのですが……。
王子様はもう別格、その他三人も一人だけが家と同格で、残りは家格が上だ。それ以上に、その三人は確か別格である王子様の『お友達』ではないですか!額面通り以上の面倒臭い相手のような気がする。
それに一番わたしの不安を煽るのは、義母様がその四人の名前を口にした時、隠しても隠しきれない不穏な響きが感じられたのだ。
その家なのかその四人個人なのかはわたしには分からないが、一つだけ感覚で分かることがある。
義母様、嫌いなのですね?いえ、大っ嫌いなのですね?
しかし、わたしとマルグリットは事情が分かるとして、その四人は何故、精霊の儀を受けていないのだろうか?
わたしはその疑問を、ぼそっと呟いた。
義母様は不快そうに眉を寄せた。それは本当に一瞬で、すぐに普段の表情――を通り越して、冷ややかな無表情になる。
そして扇で口元を隠し、わたしに答えた。
「あの惨状に、あなたに駆け寄ることも、誰かに知らせに行くこともなく、二階からピクリとも動かず、薄すら笑いを浮かべ、ぐったりとしたあなたを見下ろしていたからです、四人揃って 」
「意味が分かりません」
「ふふ、チャチャは良い子ね、普通身分に関係なく怒って良いトコロよ?あなた、命に関わる事態に、その四人に放置されていたのよ、いえ見殺しにされかかったというべきかしら?」
「……六歳の子供では、ショックが大きすぎたんじゃないでしょうか?多分、わたしも呆然とします……」
「そうね、小賢しい大人達はそう言うことにしたわ。あまりのショックに心が正常な判断を拒否したのだ、とね。乱れた心では、精霊さまと対面出来ない。後日回復したあなたと一緒に、特例で精霊の儀を受けさせることになったのよ」
「お母様、言葉が過ぎます」
それまで黙っていたマルグリットが、信じられないというように、義母様を見る。
義母様は口元の扇を外さず、マルグリットに視線を動かした。
「そうかしら?」
「お母様!マティアス王子は涙を流し、震えながら謝罪してたではありませんか!御三方も同じように……。チャチャお姉様の不注意の為に、皆様心に深い傷を受けたのですよ!?不幸にもあの場に居合わせた、王子や御三方は被害者です!!」
わたしはマルグリットに、キッ!と睨まれた。
わたしとマルグリットを見て、義母様は扇の内でため息を吐く。
「まあ、あの方々のお友達ですものね、あなた。ですが、そのお友達、三日目のパーティーに楽しそうに参加していたようですよ」
「え!?」
「マルグリット、これは母からの忠告です。先程のあなたの考えは絶対に我が家ではしないように。特に、旦那様、ユリウス、イムルヒルトにしてはいけませんよ」
義母様はそう言うと、口元から扇を外した。
そして――
「ああ、この母にもしてはいけませんよ」
と、微笑んだ。
コ、コワイ……目が全然笑ってない!
義母様ぁ、もう止めてあげて〜。
マルグリットもウチの娘も体力がゼロです。精神力はとっくに底を尽いていたようです、アンネローゼ……。
横を見ると、笑顔を貼り付けたままアンネローゼが固まっていた。
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