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閑話 お兄ちゃんは混乱してます

ちょっと息抜きです。


僕の名前はユリウス。

今年で十二歳になった、クラウス伯爵家の長男だ。

父上譲りの灰色の瞳に、母上譲りの金髪、そして両親譲りの容姿のおかげか、世間ではそれなりの評判のようだ。

僕としては瞳や髪の色だけではなく、父上の冷徹な政治家としての知性や、母上の一騎当千の武力も譲り受けていると、いずれは評価されたいと密かに考えている。

母上は部門の一族として名高いエーデルシュタイン伯爵家の長女で、母上自身『神槍』と呼ばれる槍の名人だ。若い頃は色恋沙汰とは無縁で、僕の御祖父様(当時のエーデルシュタイン家当主)の頭痛の種だったらしいが、何故か父上と大恋愛の末クラウス伯爵家の第一婦人となり現在に至っている。




むう、少し話がそれてしまったようだ。

ともかく父上と母上は、目指すべき理想なのだ。僕は、二人に少しでも近付けるよう、努力を重ねる忙しい日々を過ごしていた。

しかし、最近忙しい毎日に気になる存在が現れた。いや、現れたというのは適切ではないのか?

妹、チャチャはそれまでもいたのだから……。




チャチャは亡くなられた第二婦人の子供で、末妹のマルグリットと同じ六歳の少女だ。

腰まで届くクセのないつややかな髪、白く透き通るような肌、整った顔立ち。そして、何よりも目を惹くのは、世にも珍しい黒い髪と黒い瞳だ。

我が妹ながら美少女だと感心する。

まるで月のようだ、とは我が家のお客様が漏らした感想である。

ただそんな妹だが、その、何だ、頭と性格は少し残念だった……。

まあそれも含めて可愛いと思い、他の二人の妹と変わらず構っていたのだが、最近は少し違うのだ。

なんと言えば良いのだろうか……?

もうハッキリと言おう、チャチャが変なのだ。




それまで侍女を困らせるほどベッドから出ない寝坊だったのが、突然早起きをし、庭を走り出したのである。

何を始めたのかと問い質すと、



「いざという時のために、鍛えてるのです。少しでも速く長く走れるように」



と笑顔でそう言った。その後もの凄い勢いで走り去って行った。

一日で飽きるだろうと思ったが、一月経った今日も続けている。王宮に行く日だというのに走り続け、母上に槍で引っ掛けられて回収されていた。




部屋に様子を見に行った時も驚いた。

それまで文字を読むことも、書くこともほとんど出来なかったチャチャが、真剣な顔で何かを書いていた。

またイタズラ書きだろうと思ってみると、綺麗な文字で文章を書いていた。

いつの間にそんなことが出来るようになったのだ!?

驚いて何を書いてるのかと僕は聞いた。

チャチャは満面の笑みを浮かべ、自慢げに鼻を鳴らした。



「ユリウス兄様、これはわたしの人生の指針です!」


「指針?随分難しい言葉を知ってるね、チャチャ」



そう言って自慢げに見せる紙面を見て、僕は首を傾げた。

そこにはこう書いてあった。



一、王族にはなるべく近付かない!


二、民衆には優しく!


三、年表作成!


四、庭を走って逃げ足を鍛える!



意味が分からないよ、チャチャ!




王族にはなるべく近付かないって、君、一か月後に王宮に行くよね、精霊の儀を受けに。王宮は、王族の住む場所だよ!それに君の血筋を分かってるのかい、チャチャ……。

僕が精霊の儀の件を指摘すると、チャチャはこの世の終わりのような顔をして頭を抱えた。

他にも色々聞きたかったし、血筋の件も指摘したかったが、妹の様子を見て諦めた。




逃げ足を鍛えるって、何をする気?




これまでのチャチャの行動を思い出し、僕はため息を着いた。

やはりアレが原因としか考えられない……。

アレ、とはチャチャが王宮の階段を転げ落ち、頭を強打した事件だ。

世間ではチャチャの不注意による事故、となっているが、僕は密かに第四王子とその取り巻きを疑っている。

彼等が、チャチャを転落させたんだと。

チャチャはああ見えて、非常識な身体能力を持っている。

二階の窓から飛び降りても、怪我一つせず走り出せる娘なのだ。不注意で階段を踏み外しただけなら、チャチャはケロっとしていたはずだ。

七日も意識を失い、眠り続けることなどなかったはずだ。




いや、証拠もなく疑ってはいけないな。

だけど……その事件が何らかの原因であることは、僕は疑っていない。七日も意識を失うほど頭を打ったのだ、少し変になっても仕方ない、そうも思う。

変なこと、と言えば目が覚めた翌日には、屋敷中の使用人達にゴメンナサイ、ゴメンナサイと頭を下げて回っていたな……。




昨日のチャチャも変だったな。




お父様に呼び出されたのだ、と紙の束を手に、眉を八の字に廊下を歩いていた。

チャチャは、父上の執務室から戻ってきたところだったようだ。彼女の後ろには、専属侍女のアンネローゼが控えている。



「ユリウス兄様は、どの領地を持ってるんですか?」



頭をこてんと傾げて、チャチャは僕を見た。



領地?



質問の意味が分からなかったが、チャチャが六歳になったことを思い出した。

クラウス家では、子供が六歳を迎えると、領地を一つもらうのだ。その領地を経営することで、自分のお小遣いや活動費、学費などを賄うのだ。

随分と子供に甘い家だ、と思わないで欲しい。

これでなかなか大変なのだ。

ほとんど自由に決められるのだ。やろうと思えば、法律から税まで決められる。普通は代官を置いて、領地を経営してもらう。僕も現在は代官に任せっきりだが、将来的には自分で領地経営をしてみたいとも思う。

そんなことを思いながら、僕はチャチャの質問に答えた。



「ゲンクだよ、チャチャ」



 ゲンクとは、北域の星である。鉱山を有し、鍛冶の盛んな場所である。王都までゲートも利用すれば、片道七日程の距離にある、非常に豊かな星だ。

ちなみにクラウス伯爵家は、元々は王宮仕えの貴族のため、本宅も王都にあり、まとまった領地も先祖代々の領地を持っていない。先祖代々が何らかの功績や取引によってその都度に得た街や村や星、鉱山などを領地といている。その為星域の各地に飛び地となっている。



「ゲンクですか……」



チャチャは何やらうなっている。

おそらくチャチャも六歳になったので、経営する領地をどこにするか聞かれたのだろう。だいたい父上は、候補地を五つくらい上げて、その中から好きなのを選ばせる。



「じゃあ、ユリウス兄様にわたし、少し恩返しいたしますね」


「?」


「わたし、ここに決めました」



そう言って僕に見せたのは、マリンドルフと書かれた紙だった。



「チャチャ、マリンドルフは……」



言いかけて、僕は悩んだ。助言を与えても、父上は怒らないだろうか?

マリンドルフは王都から船で一日程の距離にある星だ。

王都の玄関口のため、大変賑わいのある星だが、ここ数十年は赤字続きの星でもある。

赤字の原因は、王都の玄関口であると言うこと。

その為港湾施設の整備や、多く出入りする人や物資の管理のため人件費が莫大にかかるらしい。

マリンドルフの代官である、エルバッハ男爵が父上にこぼしていたのを聞いたことがある。



「大丈夫ですよ、ユリウス兄様」



脳天気そうにチャチャはニコリと笑う。



「わたし、早速お父様の所に行きます」



言いながらチャチャは走り出していた。慌ててアンネローゼがその後を追い、思い出したように僕に頭を下げた。

その様子に僕は苦笑し、ため息を着いた。




しかし、この件で僕は後に、妹チャチャの凄さを知ることになる……。

お読みいただきありがとうございました。

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