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5 お父様と義母様と

 アンネローゼに身支度を整えてもらい、わたしは鏡の中の自分を見る。

 茶色ブラウンと灰色の瞳のお父様からも、紅い髪と金色の瞳が印象的だったと言う、亡くなったお母様からも譲り受ける事の無かった髪と瞳の色合い。世界中、いや歴史上でもわたしを含めて五人程しかいないと言う。

 黒い腰まで届くサラサラでクセのない髪と、黒い瞳。

 それ以外どうと言う特徴もない容姿。



 思わずため息が出る。



 ユリウス兄様やイルムヒルト姉様、それに三ヶ月ほど妹になるマルグリット。

 この三人は、一つの才能と言っても間違いない優れた容姿をしているというのに……。

 容姿が普通な分だけ、この特異な髪と瞳が目立つのだ。 

 その上あの三人は、その容姿だけではなく、家の者達はもちろん、世間にも優秀であると評判だ。

 まあ、評判と言うことであれば、わたしも負けずに評判が高いけどね。主に悪い方向だけど。人はそれを悪名とも言う……。



 わたしは短くため息を着くと、鏡にクルリと背を向けた。アンネローゼにニコリと微笑み、



「さあ行こうか、アンネローゼ。お父様と義母様が待っているわ」



 と歩き出す。

 わたしはアンネローゼを引き連れて、お父様と義母様が待つ応接室に向かった。


「ユリウスの言うように、思ったよりも元気そうだね。さあ、まずは座りなさい、チャチャ」



 応接室に入ると、お父様がそう言った。

 わたしは小さく頷いて、勧められたソファに座った。アンネローゼが、スッとわたしの後ろに下がり背筋を伸ばして立つ。お父様と義母様の前で、アンネローゼは少し緊張しているようだ。

 それは、わたしも同じか……。

 侍女頭のコジマが、ティーカップをわたしの前に静かに置いた。

 お父様と義母様がティーカップを手に持ち、静かに優雅に一口飲む。そして二人は目を細めてわたしを見、ティーカップをテーブルに置いた。

 わたしもティーカップを口に運び、一口啜る。



 あ、おいしい……。



 思わずゴクゴクと飲んでしまい、あっという間にティーカップの中身が空になった。

 まだ飲み足りないな、とわたしは空になったティーカップを残念そうに戻した。と、コジマは手早く紅茶を注いでくれる。

 わたしはコジマの顔を見上げ、ニコリと微笑む。



 さすがクラウス家の侍女頭である。



 わたしはコジマのさり気なくも優秀さに、二杯目の紅茶を啜りながら感心する。

 アンネローゼのまだまだ及ばないところである。だが、アンネローゼが貴重な人材であるのはわたしの中では変わらない。年季の差なのだ。そこを現在のアンネローゼに求めても仕方がないのだ。

 そんなことを考えながら、わたしは重大なことに気が付いた。



 あ、わたしお父様と義母様に呼ばれていたんだった……。



 ティーカップ越しに恐る恐る二人を見る。

 お父様と義母様は、何故か微笑ましいものでも見るような優しい目をしていた。



「ご、ごめんさい、わたし……」



 目を泳がせながら、わたしはティーカップを慌てて戻した。

 カチャン、と音を鳴らしてしまいさらに慌てる。



 うわーん!どうしよう!!

 土下座か?土下座した方が良いのかしら!?

 リリが言っていた。

 『土下座』――遙か東方より伝わる、究極の免罪符。

 過去に一度命の危機に発動したときは、奴隷頭に後頭部をグリッ、と踏まれるだけで済んだ。

 あの『土下座』を発動するしかないだろうか?

 わたしは冷や汗で、心が溺死でもしてしまいそうな中、『土下座』の発動タイミングを必死に考えていた。

 そんなわたしのどこを見てなのか、お父様が堪えきれないというように、くっくっと笑う。



「本当に目が覚めて良かった。まさか精霊の儀のパーティーで、あんな事が起こるなんてね」


「精霊の儀?」



 耳慣れない単語に小首を傾げた。



「そうだよ、まだ記憶が混乱しているのかな?」



 お父様は茶色ブラウンの髪をさらりと揺らし、灰色の瞳でわたしの目を覗く。吸い込まれるような、不思議な瞳だった。

 どこまでも、心の中までも覗かれるような気がする。

 わたしが視線を、ふいっと外すと、お父様はため息を一つ着いて説明を始めた。



 スイマセン、馬鹿な娘で……。



 精霊の儀とは――。

 その年六歳になる子供が受ける儀式で、これは平民も貴族も例外なく受ける儀式だ。

 ただ儀式を受ける場所と規模が違うらしい。

 平民は町や村にある神殿で、王都の神殿から派遣された神官が、その年その年で決められた月日に儀式を行う。

 ちょっとしたお祭りのようなものになるらしいが、これは一日で終わるのだそうだ。

 だが、貴族の場合は王都の王宮で行われる。

 それも三日間!

 一日目が前夜祭で、王宮にてパーティーが開かれる。

 二日目が儀式本番。

 王宮にある精霊の間と言う所で、対象となる貴族のご子息ご令嬢が集められるのだ。

 実際何が行われるのかと言えば、精霊さまとの対面である。

 精霊さま、正確には()()と対面し、対話し、なるべく気に入られるように子供達が頑張るのだ。

 精霊さま達は、その子供の性格や能力、魂の色や輝き、魔力の量や質によって『契約』『保護』『祝福』のいずれかを行う。



 『祝福』は精霊さま達にとっては一番簡単なもので、与えられた者はその精霊さまの特性により、ささやかな恩恵を受けることになる。

 例えば麦の精霊さまから祝福を与えられた子供は、麦の栽培が他の人より少しだけ上手になったり、とか。



 『保護』は『祝福』よりもさらに強い恩恵と、ピンチの時に助言を与えてくれたり、または実際に助けてくれたりするらしい。

 しかし、精霊さま達にそこまで愛される者は十年に一人くらいなのだとか……。



 そして『契約』は、その子供を主と認め、その子供の一生を共に生きるため主従契約、正確には精霊契約を行う事らしい。精霊さまが常にかたわらにおり、魔力の提供により精霊さまの不思議能力も使い放題になるという。

 歴史上、記録に有る限りでは片手の指が余るほどしかいない。



 説明の途中で、ふと不安になり、わたしはお父様に質問をしてみた。

 精霊さま達にまったく相手にされないと言うことはないのでしょうか?と。

 つまり『契約』『保護』はもちろん、『祝福』すらされない、と言う事態である。

 不安気なわたしを、お父様は笑い飛ばした。それこそ歴史上皆無なことらしい……。

 そんなことよりも何の精霊さまに、そしてどれだけ力のある精霊さまに気に入ってもらえるかを心配しなさい、とお父様はわたしの頭をポンポンと撫でながらそう言った。



 なるほど、どれだけ実用的な精霊さまに好かれるかだよね。あと聞こえの良い精霊さまが良いな~。

 トイレの精霊さまとか、どれだけ立派な精霊さまでも、聞こえが何となく悪い気がするのだ。



 そして精霊さま達の世界も、階級社会なのだ。

 その中でも力がある精霊さまは、号というものを持ってる。

 上から『皇』『帝』『聖』『王』『公』の五つ。

 例えば『千鞭炎姫王エラ』とかなる。

 ちなみに『千鞭炎姫エラ』と言う精霊さまは、ユリウス兄様を『保護』する火の精霊さまだ。



 子供達は少しでも力のある精霊さま、出来るなら号持ちの精霊さまに気に入られるように頑張るのだ。

 しかし、具体的にどう頑張るのだろう?

 朝早くから夜遅くまで、王宮の精霊の間で過ごすらしいのだが、お昼ゴハンとかどうするのだろうか?



 そして三日目が後夜祭で、王宮にて精霊さま達への感謝と、子供達の成長を祝してパーティーが開かれる。



 わたしはその一日目のパーティーで退場してしまったらしい。

 わたしは、同じく儀式を受ける第四王子と、そのご友人達とパーティー会場から抜け出し、遊んでいたらしい。その時、わたしは足を滑らし階段から転げ落ちたのだ。二階から一階まで、ノンストップでそれは見事に転がったようだ。その結果、七日間の意識不明である。



 幼い王子達に、変なトラウマを植え付けていないだろうか?

 わたしはチョット心配になった。



「チャチャは、肝心の儀式を受けていないから、特例で後日受けることになっている」


「後日とは、いつですか?」


「一か月後よ、チャチャ」



 それまでお父様の横で、静かにお茶を飲んでいた義母様がそう言った。



「一か月後?」


「ええ」


「チャチャが目覚めたと報告を受けて、至急王宮に使いを出したんだ。すぐに返事が戻ってきたよ」


「早くないですか?」



 わたしは思わず呟いた。

 いやだって、本来は一年かけて準備するもののはずなのだ。精霊さまにもいろいろ都合があるはずである。




「本来ならもう少し落ち着いて、身体の回復を待った方が良いのでしょうけど、七日も意識を失う事故にあったあなたには、一刻も早く精霊さまの加護が必要です」



 そういう義母さまを見ると、目の下に薄らとクマができていた。義母様にもわたしは心配をかけていたのだろうか?父様も、少し顔色が悪いように見える……。

 そう思うと、非常に申し訳なくなってきた。



「あの……わたし……その」



 もごもごしているわたしに、お父様は微笑んだ。



「幸い我が家は王都にある。王宮まで目と鼻の先だ。だから……一か月後の精霊の儀に備えて、それまでおとなしくしているんだよ、チャチャ」


「コジマ、アンネローゼ」



 義母様はわたしの後ろに控える二人に視線を向け、ゆっくりとわたしに視線を移した。

 そして、優しく微笑んだ。



「二人とも、チャチャをお願いしますよ」



 二人の侍女は静かに、しかしはっきりと、



「はい、かしこまりました」



 と力強く頷いた。



 わたしは、何だか分からないけど涙が溢れてきて、泣いていた。

 でも、これだけは言わなきゃならないと思った。



「お父様、義母様心配をかけてゴメンナサイ」



 わたしはツンと鳴る鼻を我慢して、何とかそう言い、深々と頭を下げた。



 お父様と義母様が、そんなわたしを二人で優しく抱きしめてくれた。

お読みいただきありがとうございます

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