4 温かい食事
コトリ、コトリとテーブルに皿が置かれた。
皿には野菜がクタクタになったスープが湯気を上げ、テーブルの真ん中にはバスケットに山盛りのパンが盛られている。
パン二つと言ったのに、随分と持ってきたのね……あ、パン二つ持ってくるよりバスケットごとの方が持ち運びが楽か。
わたしはアンネローゼが、少し息を乱しながら準備する姿を見てそう思った。
ゴメンね、アンネローゼ。
わたしは心の中で謝った。
この時代に給仕用台車サービスワゴンがまだ無いとは知らなかったんだよ~。そのおかげでアンネローゼが、わたしの部屋と厨房を三往復するハメになるとは……。
準備が整ったらしく、アンネローゼがスッとテーブルから下がる。わたしはそれを目を細めながら見た。
「アンネローゼ、座りなさい」
「?」
わたしの顔をアンネローゼが引き攣った表情で見る。
そうよね……。
過去のわたしの所行に、これと同じような場面があるモノね。その時はお茶会だったけど。
笑顔で同席を促し、同席したその途端に叱責する……。
ゴメンね、でも、今回は違うのよ。
「あなたが座らないと、わたしも座らないわよ」
「ですが……」
「病上がりの主人を、いつまで立たせておく気?」
アンネローゼは顔を青くし、キュッと唇を軽く噛むと覚悟を決めたようにイスに座った。
わたしはそれを確認し、イスに座る。
「スプーンを持って」
「はいっ!」
「スープを飲みなさい」
「はいっ!」
「ゆっくりと、野菜はまだよ」
「はいっ!」
反射的に返事をし、アンネローゼが言われたとおりにカクカクと動く。
「もう一度同じく、スープを飲みなさい」
「はいっ!」
わたしも同じようにスープを飲む。
煮詰まったのか、少し塩辛いスープが喉を通り、お腹がほんのりと温かくなる。
「野菜を、そうそのクタクタの葉っぱを、ゆっくり噛んで飲みなさい」
「はいっ!」
野菜にはスープがたっぷりと染み込んでいて、噛むとじわりと甘みとスープの塩辛さが口の中に広がった。
ぐるぐるぐる~。
わたしとアンネローゼのお腹に住む、飢えた獣が目を覚ましたようだ。
お腹が鳴ったことに、アンネローゼは顔を赤くしてうつむいた。
「パンをちぎって、スープに浸してゆっくり食べなさい」
恥ずかしそうにモソモソと手と口を動かすアンネローゼを、わたしは笑って見ていた。
「仕方ないわ!わたしの看病で、あなたまともに食事もしてなかったのでしょう?」
「……」
そして多分、睡眠も……。
「後は自由に食べなさい。ただし、ゆっくりとね」
わたしはそう言うと、バスケットからパンを取った。
アンネローゼが何やらモゾモゾとしている。
「なぁ~に?まだ命令されないと食べられないの?」
「いえ!そのようなことは……」
「ではそうしなさい。それとも、わたしにゆっくりと食事をさせない気かしら?」
アンネローゼはブンブンと首を横に振る。わたしはそれをため息まじりに見ながら、パンをもふもふと頬張った。
正直、お腹の獣が大暴れしていて、アンネローゼにかまっていられるほど余裕が無くなってきているのだ。
二個目のパンに手を伸ばす。
白くて柔らかく、甘く香ばしいパン。
二個では足りないところだったわね。
バスケットで山盛り持ってくるとは、やはりアンネローゼは貴重な人材のようだ。
それにしても、このパン……。
リリやチビ達にも食べさせてあげたいなぁ。
無理とは分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
アンネローゼが食事の片付けを始めると、見計らったように部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
と返事をすると、ドアの向こうで『……え!?』と戸惑った声が聞こえた。
六歳年上の、ユリウス兄様の声のようだった。
「ああ、そうね。アンネローゼ」
わたしはこれまでの事を思い出し、アンネローゼにドアを開けるよう目で促した。
わたし=チャチャはノックをしようと声をかけようと、返事をすることも無く、自分の都合で侍女にドアを開けさせていたのだ。都合が悪ければ無言でドアを開けもしない。もし、勝手にドアを開けて入って来ようものなら、それは物凄い癇癪を起こして暴れたのだった……。
アンネローゼがドアを開けると、ユリウス兄様が笑顔で部屋に入って来た。
今年十二歳になったクラウス家の次期当主は、美少年である。お父様のヘルベルトによく似た灰色の瞳と、兄様のお母様でありわたしの義母様である、第一婦人のクリスティーネ様譲りのさらさらの明るい金髪は見る者を魅了し、あと二、三年もすれば何人もの女性を泣かすことは確実だろう。いや、もうすでに泣かされてる女性はいるかもしれない。
ちなみにわたしは、唯一の第二婦人の娘であり、そのお母様はわたしを産んで間もなく他界している。
「目が覚めたとアンネローゼから報告があったけど、思ったより元気そうだね」
ユリウス兄様はそう言うと、ヒョイとわたしを抱き上げた。
十二歳でまだ華奢なユリウス兄様でも、どうやら標準よりも小柄なわたしは楽に抱き上げられるらしい。
「ご心配をかけました。先ほどゴハンも食べましたので、もう大丈夫です」
「そうだね、みんな心配していたからね。ああ、用件を忘れるところだった。父様と母様が呼んでいたから、身なりを整えたら応接室に来てね」
ユリウス兄様はわたしを名残惜しそうに降ろすと、頭をぽんぽんと優しく撫でて部屋を出て行った。
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