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喰らうは地獄の魔の蛙

 新宿歌舞伎町付近の所狭しと並んだボロいアパートの階段を、大神秋夜はコンビニの袋を片手に軽い足取りで登った。通路の奥を目指す途中、ポケットの中の鍵を探す。


「あれ?ねぇな…」


 奥の扉の前、風俗店のネオンの灯りを頼りに、錆びた手すりに寄りかかりながら、ポケットの中身を出した。いつもある筈のそこに鍵は無く、ため息がこぼれる。

 鍵を落とす筈がないからだ。

 案の定ノブに手をかければ、扉は簡単に開いて部屋の主である秋夜の顔が引きつる。


「Welcome to アキちゃん! 随分遅い帰りなのね。おかえりなさーい。」


 そう言った男は、秋夜のアパートの玄関先で、これまた秋夜のアパートの鍵を指先でクルクルと回しながら笑った。


「鴉のお前がなんでここに?」


「さてさて何故でしょう?」


 惚けた様子に眉間に皺が寄る。鴉とは暗殺者狩り集団『宵風』での男の役割に付いた名だった。男の本名は無い。この男が物心付く頃には既に鴉であったからだ。男はギラギラとした眼で秋夜を見つめていたと思えば、掴めない笑みを浮かべ楽しげに言う。


「答えは簡単!ボスの御命令でーす。」


「この酔っ払いが!」


 ここでのボスとは、宵風のボスではなく、存在しない男を指す。この男、鴉は二股をかけてる喰えない男なのだ。宵風をはぐらかし、狩るべき対象である存在しない男に忠誠を誓っている。

 いつ裏切るか分からない上に、飄々としてるから信用ならない。ニヤリと微笑んだ男を蹴っ飛ばし、秋夜は玄関先から室内に移動した。


「酒臭いならまだしも阿片か?」


「違うよ地獄蛙…」


 独特な口臭に眉間の皺が更に深くなる。

地獄蛙とは、その名の通り地獄に住む蛙の事で、その血に触れた生き物は全て即死するという曰く付きの蛙の事だ。そしてそれを服用できる鴉と呼ばれる男は、勿論人間では無い。


「酔っ払いとか酷いな…

気休めだよ酔っ払いのフリ、でなけりゃ殺しなんてやってらんないよ。アキちゃんだって同族だから、人間の使う酒もドラッグも効かない事は知ってるっしょ?」


「同族だと?」


反吐が出る。そう思った。


「あぁごめんね。

アキちゃんは高貴なお方だもんね。

私みたいに鼓動の消えた心臓なんて持ってない。下賤な血を引く私達と一緒にしちゃあいけなかったね。はい、我等がボスである、勇者様からの手紙。」


 一々癇に触る男だと秋夜は舌打ちすると、差し出された手紙を乱暴に受け取った。


「要件はそれだけ。

返事を受け取れとは言われてないから、私は帰るけど、ちゃんと食事はする様にね。」


「…食べてるだろ?」


「人としての食事はでしょ?

生き血は用意出来ないけど、地獄蛙に頼りたくなったらいつでも連絡頂戴よ。

それじゃあ私はこれで……」


 男はテーブルに置いてあったお茶の半分入ったコップに、鍵を落とすと部屋を出て行った。残された秋夜は、封筒の端を指で破り開ける。手紙の内容はアドレスだった。

 パソコンの電源を入れ、アドレスに空メールを送信すれば、直ぐに返事が返って来て、その文面に秋夜は驚きのあまり目を見開いた。


「存在しない男…

あんた何考えてんだ? オレに捕まれって言ってんのか?」


 無機質な画面にはこう綴られていた。


 親愛なるアキへ


 頼んだ荷物を無事届けたようだな。

 次は、2つの任務の遂行を命じる。


 一つ目の任務は今日アキが運んだ荷物の中身である美神沙織の護衛と手助けだ。


 二つ目の任務は美神沙織がしくじった場合の殺害。


 一つ目の手助けの基準も、二つ目のしくじったと思われる基準も任意だが、しくじった場合の殺害は絶対に遂行する事、拒否は許さない。因みに殺害方法は地獄蛙で頼む。それでは健闘を祈る。


「オレは殺人はしない主義なんだよっ!」


 スマホを開き番号を入力しコールする。


 コール音を数える。


 1……


 2…………


 3………………



「クソッ!出やしねぇ…」


 3コール以上は無意味だった。怒りのあまり投げ飛ばしたスマホは壁にぶつかり、頭を抱える。地獄蛙を生きた人間に使うなんて、しかも手に入れるなら鴉を使うしかない。


「この俺がなんで、あんな頭がいかれた奴に頼み事しなきゃならねぇんだ…」


 苛々としたままスマホを拾い上げた。数回のコール音の後、鴉は陽気な声で出る。勿論、奴は喜んで地獄蛙の手配を承諾した。


「幾らアキちゃんが吸血鬼の始祖様でも流石に正気では居られないって事?」


「使うのは俺じゃない。人間のそれも小娘だ。」


「あー……お勧め出来ないねそれ。アキちゃんの嫌いな醜い死体だ。ボスに断わらなかったの?」


 なんでこいつに心配されてるんだろうか。秋夜の頭が痛くなる。


「断れるわけないか……

分かった少しかかるけど、良い蛙にしてあげるよ。じゃあ紫外線に気を付けてねアキちゃん!」


「俺には日光も水もニンニクも杭も全て効かないんだよ!」


「冗談だよ…それじゃあまたね!」


 ブツリと切れてため息をこぼす。

あの荷物の中身か、液晶を眺めながら、存在しない男を思い浮かべた。

 今ならば出るかもしれない。

 再度番号を入力し、通話ボタンを押した。数回のコール音の後、今度はすんなりと留守電に切り替わる。


 誠意の現れだろうか?


 留守電なんて初めてで、軽い発信音の後、少し間を置いて告げる。


「荷物の中身がしくじろうが殺すかどうかは俺が決める。」


 それだけ言い残してスマホを切った。


「阿呆か…」


 冷静に考えれば分かる事、あの男が留守電なんか聞く男か?

 答えはNOだ。


「そんな事分かりきった事だろうが……」


 アパートの戸を叩く音が響き顔を上げる。

パソコンのデータを抹消し、拾い上げたスマホの通話記録を消した。スマホを鍵の入ったコップの中に落とせば、一瞬で沈黙する。


「はい!」


 営業用の明るい顔で、いい人を演じ扉を開く。


「大神秋夜だな?」


「どうも刑事さん…」


 ニッコリと笑った大神秋夜の瞳が赤から金に煌めいた気がして、刑事はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「刑事さん行きましょうか…」


 アパートの階段を下りれば、少女と顔見知りの刑事山神晴海が立っていた。


「あぁ、あんたが地獄蛙を喰らう小娘か。」


「地獄蛙を喰らう小娘?ってなんですか?

私は美神沙織、魔法使いさん私に力を貸して下さい。」


 ニヤリと大神秋夜は微笑んだ。


「愚問だな。

君が足掻くなら力を貸してやれと頼まれてる。

だからオレに殺されないよう、精々足掻くんだな。」


「分かってます。」


 真っ直ぐな瞳に秋夜はクツリと微笑んだ。

 あぁこの女の死体が見てみたい。


 殺すのは悪くないのかもしれない。


 暫くは付き合ってやるさ…


 地獄蛙が届くまでは…


刑事の車に乗り込み、魔法使いは楽しげに鼻歌を口ずさむ。美神沙織が地獄蛙を喰らう姿を思い浮かべながら。

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