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時を刻む少女

 地下鉄無差別大量殺人事件の捜査から本部へと戻った刑事は眉間に皺を寄せた。


「おい!この荷物どうした!?」


 怒鳴り声に一様に首を捻る警察署内の職員は、今気付きましたと言わんばかりの顔をする。刑事にはこの余りの異質さに覚えがあった。そう地下鉄無差別大量殺人をやってのけた犯人、存在しない男に関わる有り得ない事象の数々に似ている。


 箱には何が?


 送り状には「人間」と書かれていて、ガヤガヤと煩い中、恐る恐る耳を箱に近付ける。集中すれば鮮明に聞こえてくるその音に、慌てて飛び退き叫んだ。


「時限爆弾だ!」


 辺りは騒然とし、署員が爆弾処理班を呼びに部屋を出た。それとすれ違いに、後輩が現れる。


「先輩どうしたんですか?」


「そこの箱に…」


 その瞬間、箱の中からアラームがけたたましくなり響いた。


「なんだこれ!」


 後輩は驚きに身を隠す仲間を訝しく思いながらも、目の前の箱へと手を伸ばしビリビリとガムテープを剥がしだす。刑事が慌てて止めに入るが遅く、後輩は箱から目覚まし時計を取り出し、文句を言いながら止めた。


「ったくなんなんだ?」


 静寂の中、ぶつぶつと文句を言う後輩の口から驚きの声が上がった。


「せっ先輩!女の子が!!」


「女の子だと?」


 箱の中を覗けば、何かを抱えうずくまる少女が一人、そこに居た。呼吸はないのに、頬は暖かい。まるで時が止められているようだった。


「本当に生きているのか?」


 壊れていた時計が動き出す様に、ゆっくりと開かれた瞳に、刑事は息を呑む。


「………あれ?」


 少女はボーっと辺りを見渡し、次の瞬間驚きの余り立ち上がり、抱えていた物を落とす。床に音を立ててぶつかり転がったそれを、後輩が拾い上げた。


「靴?……ってこれって!」


「あの靴だな。」


 手の中の靴は、地下鉄無差別大量殺人事件で行方が分からなくなっていた片割れで、視線を少女に戻せば、少女は一瞬キョトンとして微笑んだ。


「刑事さんここって警察署ですよね?」


 少女はあの時、犯人を追いかけ地下鉄の車内から飛び出した少女だった。頷く後輩に、少女の笑みは深くなる。


「じゃあ一緒に捜してほしい人がいるんです。

その靴の持ち主である可哀想な勇者様を…」


「勇者?」


 あんまりに突飛な事を言われたものだから、思わず少女に聞き返す。靴の持ち主は勇者なんてモノではなくて、無差別殺人犯だからだ。


「はい勇者捜しです。えっと大丈夫ですよ?

私、勇者様の顔知ってますから。」


「顔を知っているだと?」


 しかも驚く事に、少女は今回の殺人犯である存在しない男の顔を知っているという。存在しない男とは、その名の通り顔も存在も無いという男、例え思い出せたとしても、顔が思い出せないのだ。


「君は?」


 何者なんだと思った。その問いに少女は呆気ない程簡単に答えた。


「私は美神沙織、ピッチピチの高校一年生です。」


 頭が痛い。目の前の少女、美神沙織の出現で事件は急展開を迎えようとしていた。


「私と一緒に勇者様を捜して下さい。」


「否、人相を似顔絵にするから、君が捜さなくても大丈夫だ。

君は安全な場所で待っていればいい。」


「ちょっと待って下さい。

顔を見ても判別出来ないのに、似顔絵なんて無駄ですよ。

それにこの世の中に安全なんてありません。

私を蚊帳の外にした途端、私は勇者様の命令でやってくる魔法使いに、殺されてしまいますから…」


「なぜ君が殺されるんだ?」


 少女は一瞬困った顔をして、勇者に言われた言葉を告げた。


「俺を捜せ、さもなくば殺す。

俺の顔が思い出せるのは、選ばれた人間であるお前と極僅かな人間だけだ。正直顔だけでは捜す事は難しいだろう。だからと言ってお前は諦めてはいけない。

諦めたお前は殺されてしまうから…

だからその極僅かな人間である魔法使いを用意してやろうと思う。魔法使いはブラッディホロウ」


「ブラッディホロウだと? 大神秋夜か!」


 彼女はコクリと頷く。驚きざわめくのをそのままに少女は話しを続けた。


「魔法使いはお前を殺しも助けもするだろう。

会いたければまずは魔法使いを捜せ、そして精々生き延びる事だ。と、言ってました。

だから私が捜査に協力します。何しろ私は勇者様の僧侶ですから。」


「分かりました。

では山神さんと、鳴神さん、彼女と協力して捜索して下さい。」


 突然の背後からの声に、驚き振り返れば、本庁から来た官僚がそこに立っていた。


「一般人を巻き込むつもりですか!? 有り得ない!!」


「有り得ない事だらけなのだから、有り得ない事に賭けてみるのも手です。それにあなたなら彼女を守れるでしょう?

何しろあなたは選ばれた特別な人材ですから…」


 皮肉な言葉を残して、本庁からの官僚は居なくなる。選ばれた特別な人材という言葉に、刑事山神晴海は顔を歪めた。


 止められていた時は動き出す。壊れていた時計が動き出す様に…


 目覚めた少女が時を刻むのを、存在しない男はほくそ笑むのだろうか?

 お互いに自己紹介し始めた後輩の鳴神冬哉と美神沙織に、山神のため息は尽きなかった。

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