瞬きに立つ者は
目に見える物が真実と言えるか?
鏡の中の自身にそう言われた途端、世界は動き出す。瞬きの刹那、ストロボの向こう、暗闇に浮かぶのは血塗れた掌だった。
ついさっきまでの記憶は抜け落ちて、自身が何者なのかも分からない。
ただ分かる事は一つ、鏡の中の存在も、自身も、元は一つであったという事、鏡の向こうの自身の唇は弧を描いた。
「はじめまして自分…」
「はじめまして?」
揺れる瞳、雷の様に鏡に亀裂が走り、瞬きの間に視界は血塗られし手に塞がれる。
「お前はもうオレのものだ。」
もう一人の人格が答えた。
あぁ……意識が闇に落ちる。
暗い暗い底の底、自身の価値すら分からない。ストロボの世界、闇と光のせめぎ合う世界、果たして自身を信じられるか?
猟奇的な掌は誰の物?
この信じがたい現実は誰の物?
雷の轟に声は捉えられない。
自分は何者?何者……何者…………
思い出されるのは、ノイズ混じりの記憶が見せる愛しい人の笑み、壊れたラジオの様に、水中へ落としたラジオの様に、音は轟の向こうへぶつりと途切れた。
……彼の人はどこに?
鏡の向こうの動く唇、つられてこぼした声はたどたどしい。
「……か……の人……を……殺…………し……たの……は……お……前だ…………」
煩い位の雨音、ストロボが横たわる彼の人を照らして、遅れて暗闇の中、絶叫する。
「嘘だ……嘘だ!嘘だ!!」
「信じがたいだろう?何せお前の記憶はオレの中、真実は全てオレが奪い隠してしまった。」
鏡から伸びる手に引かれ、叫び声は雷にかき消された。
「安心してお休み、愛しい愛しいオレの半身。」
ストロボの中、弧を描く唇、それは生まれ落ちた。高笑いは暗闇に包まれた部屋によく響いた。
鈍くなる思考、君の中の君は君にあらず、遠雷を耳に影は光に成り代わった。触れた指は無機質なガラスに拒まれた。
気付けばそこは鏡の中、酷く安らかなる場所、ガラスに拒まれた先…
見つめる先にある奪われた場所は、果たして本当の居場所と言えるのか?
遠雷が聞こえる。大切な場所も大切な人も雷の瞬きに奪われた。
ストロボの世界、闇と光のせめぎ合う世界、音のしない世界で瞳を閉じた。