仮面のあの子のその声を
登場人物
小野 春樹 (16) ♂
人に馴染むことがあまり得意ではない性格で、
話せる人とは話せる。そんな男の子。
ネットに明け暮れていた中学時代だったりと
部活をやっていたわけでもなく、特に何かの目標が
あるわけでもない、怠惰な高校生活を過ごしている。
またネットの世界にハマってしまい昼夜逆転。
「コハル」というユーザー名で一人の女の子と知り合う事に。
鮎 智香 (16) ♀
主人公の春樹とは住んでいる場所が全然違い、
九州に住んでいる春樹に対し、智香は都内。
表向き明るい性格ではあるが、どこか心に闇をもっており
春樹と同じネットワークサービス「フレンズクロス」を利用する。
ユーザー名は「カチュア」。
津崎 孝紀 (16) ♂
春樹の数少ない友人ともいえる男の子。
ゲーム繋がりで仲良くなった悪友で、
バイト仲間でもある。あまり気をかけるようなタイプでなく、
基本的あらゆる意味で鈍感だが、目に見てわかるレベルに
堕ちていく春樹に気が付く。
小野 みつき (35) ♀
春樹の母親にあたる女性。
ネットに依存傾向がある春樹を心配している。
語り (?) ♂/♀
語り。
春樹 ♂:
智香 ♀:
孝紀 ♂:
みつき♀:
語り♂/♀:
『』は心の声です
《》は話中のオンラインテキストです
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みつき「春樹、朝でしょ! 早く起きなさい」
春樹 「あぁ…ふぁぁぁぁぁぁぁ……行くよ」
みつき「もしかして……ずっと起きてたの…?」
春樹 「母さんには関係ないだろ…どいて、もう行くから」
みつき「ちょっと…朝ごはんとお弁当は…!?」
春樹 「いいよ、学校で寝るから。じゃあね」
みつき「春樹! 待ちなさい……あ……」
語り 「春樹は高校1年の冬休み間近であるこの時期に、ニュースでも話題になったネットワークサービス【フレンズクロス】に出会い、昼夜逆転の毎日を過ごしていた」
孝紀 「何してんだよ、ったく」
春樹 「仕方ねぇだろ……アップデートで環境が変わってたんだから」
孝紀 「そういや、アップデートされて…新しい衣装が実装されたろ?」
春樹 「あぁ、シークレット以外は全部コンプリートしたよ」
孝紀 「さすが課金勢だな……っておい」
春樹 「え? 痛っ!」
孝紀 「また寝ずにやってたのかよ…? どこまでも馬鹿だな」
語り 「フレンズには、バーサスモードとファミリーモードの2つが存在し、オンラインの知らない人間との純粋な通話や会話を楽しみたいユーザーはファミリーモードを利用するが、オンラインでの戦いを楽しみたいユーザーはバーサスモードの世界を利用する」
孝紀 「そんなでバイト、大丈夫かよ?」
春樹 「なんとかなるなる。明日は休みだしゆっくり寝るさ」
孝紀 「だといいけどよ」
春樹 「まぁ、いいや」
孝紀 「さっさと行こうぜ、今日と明日と学校行ったら冬休みだ!」
語り 「ネットは怖い。そんな言葉よく耳にするが、実際その言葉をうのみにしている人間の方が多い。春樹もその一人だった。物理的な害がなければ良い。そんな考えをネットのユーザーは大抵心の隅にとどめている」
智香 「………はぁ……なんなのかな……」
語り 「鮎智香。作家になりたいという夢があるものの、その夢を誰にも打ち明ける事が出来ず、毎日を暗く過ごしていた」
智香 「………もう…いいや…明日は休もう……よい…っしょと……」
語り 「智香は真っ暗な部屋にポツンと1つ光を放つパソコンの目の前に腰を降ろした」
智香 「…これが………フレンズクロス…だよね…女の子もすごくやるって…聞いたけど………あっ…ただ会話を楽しむだけのモードもあるんだ……」
みつき「またゲーム…? 春樹、いい加減にしなさい」
春樹 「迷惑かけてないだろ、俺の事は放っておいてよ」
みつき「はぁ…………あっそ」
春樹 「もういいや、ガチ部屋バーサスは明日にしよ……出会い厨潰しでもするか…?」
智香 「ちょ…誰……この人……キリサメ…? これ…出会い厨って人…!? 気持ち悪い……あれ…?」
語り 「フレンズクロスのルールとして、ファミリーモードでも乱入設定をオンにしていればユーザーがユーザーに対してバーサス、つまり戦いをしかけることができる。負けたプレイヤーはホームステーションに戻されるという設定もあり、多くのライトプレイヤーはこの2つの設定に気づかず、勝率ランカーに狩られている」
春樹 「誰だよこのキリサメって? 比率2.3…? 弱いじゃん…出会い厨でこれはなぁ…」
智香 「えっ…凄い…このコハルって人…比率7!?」
語り 「勝敗比率。2.3であれば3回戦えば1回負ける、もしくは3回以上連続的に勝って、負ける…を繰り返せば刻まれる戦績。1を超えていればわりと上級者である」
春樹 「誰だ…? カチュアさん…? なになに…《助けていただいてありがとうございます》……返信するか…」
智香 「《いえいえ、出会い厨は嫌いなので。この時間はわりと沸くので気を付けた方がいいです》……へぇ…そうなんだ……」
春樹 「本当に女性だったら危ないんだよなぁ……」
智香 「……本当の女性…わ…私本物だけど……え…? プライベートルームを建てたら他のユーザーは入れない…? あ、ほんとだ…開ける…」
春樹 「ってあれ………追加されてる…? 何で俺も…?」
語り 「プライベートルームは自分だけの部屋にすることも可能。智香は操作を誤り初期人数に春樹も設定してしまった」
智香 「……あれ……なんだろう…この音…」
春樹 「あ……この人マイク設定ミュートにしてないんだ…」
智香 「え!? あのっ…え?」
春樹 「あ、聞こえてます?」
智香 「…こ…コハルさん?」
春樹 「そうですそうです、マイク設定ミュートにしてないんです…? もしかして初心者の方……みたいですね…。勝敗比率も0だし…」
智香 「はい…使い方とか…全然わからなくて…」
春樹 「あ、僕でよければ教えますよ?」
智香 「ほ、本当ですか…! ありがとうございます」
語り 「操作等、もろもろ教えてもらったことで智香はネットの繋がりではあるものの春樹にどこかしら、心を開いた」
春樹 「僕が普段何をしてるか…ですか?」
智香 「はい……よかったら…聞きたいなって…」
春樹 「ただの高校一年ですよ、ははっ」
智香 「えっ!? 私と同じ…!?」
春樹 「うそっ!? 本当に…!」
智香 「本当です…びっくりしました……」
春樹 「……同じ学年にそんな可愛らしい声してる人とかいなかったんで全く未知数でしたよ」
智香 「可愛いなんてやめてください! 現実世界は本当、イメージと違うと思いますから!」
春樹 「俺も全然。ゲームの中じゃ強い方かもしれないですけど、その辺の高校生と何も変わらないんで」
智香 「そうなんですか………あっ……あの…」
春樹 「? どうしました?」
智香 「もう夜の2時ですけど…私と話してて大丈夫なんですか…? 学校とか…」
春樹 「あぁ、俺はいつもこんななんで大丈夫です。ってそっちも同じ高校生じゃないですか~」
智香 「その…私は明日は行く気なくて……」
春樹 「なにか…あったんです? 俺で良ければ…聞きますけど」
智香 「本当ですか…? すいません…聞いていただきたいです…周りの人に言えなくて…」
語り 「寝落ち通話と呼ばれたりもする。2人はお互いが眠るまでその晩、話し続けた」
智香 「コハルさん! コハルさん! 朝ですよ、起きてください!」
春樹 「……ん……カチュア…さん…?」
みつき「春樹…! 起きなさい!」
春樹 「…! あぁ……朝か……今行くからあっち行ってよ…」
みつき「……今日はご飯食べていくように…! 支度しなさい」
智香 「春樹さん…っていうんですね……すいません…聞こえちゃいました…」
春樹 「ははっ、べつに大丈夫ですよ…すいません起こしてもらったのに……カチュアさん」
智香 「いえ…学校…頑張ってきてください」
春樹 「まあ……2限だし…バイトも無いんで……すぐ帰って来るんですけどね…」
智香 「…あの…」
春樹 「はい?」
智香 「帰ってきたら……また…教えてくれませんか…? もっと…その……コハルさんの声聞きたくて……」
春樹 「! はい、了解です。じゃ…また。切ります!」
みつき「誰と喋っていたの?」
春樹 「ネットの人だよ」
みつき「…まったく…ネットネットって…そんなんで進級できるの?」
春樹 「するよ…うるっさいなぁ……」
みつき「お母さんはあなたのことを心配して言ってるのに……」
春樹 「ごちそうさま、大丈夫だよ。本当」
みつき「ちょっと、どこに行くの?」
春樹 「ケータイ取りに戻るだけだよ」
みつき「遅刻しない様になさい!」
春樹 「えっと……このアプリだっけ………これだ!」
語り 「春樹はフレクロミニ、というフレンドクロスの公式アプリを自分のケータイへインストールを行う。こうすることで、パソコンが受け取るメッセージを全てケータイでも受信可能となる」
智香 「コハルさん…早く帰って来ないかな……」
孝紀 「お前昨日ずっとオンラインになってただろ…? ほんと、体壊すぞ」
春樹 「大丈夫だっての、それに寝たっての」
孝紀 「本当か? んじゃ、どうしてオンラインユーザー一覧のとこがずっと青色だったんだよ」
春樹 「放置だよ、放置」
孝紀 「放置…? 勿体ねぇなぁ………」
春樹 「んだよ、うるせぇな……」
孝紀 「心配してやってんのになんだよ? ったく……」
春樹 「まぁ、いいだろ…? 明日から冬休みだぜ?」
孝紀 「それもそうだな…さて…さっさと行くかァ…!」
智香 「《恐らく12時には帰れると思います》……! やった…!」
孝紀 「小野! 今日はカラオケでも行って帰らねぇか?」
春樹 「悪い、今日は帰る」
孝紀 「ノリ悪いヤツだなぁ…まぁ、いいや。んじゃな、また誘うさ」
春樹 「あぁ、んじゃな~!」
語り 「たったの2週間と感じるはずだった冬休みを……まだ2時間と感じてしまうほどの地獄。心が破れてしまいそうになる冬休みを春樹は迎えた」
智香 「春、遅いよ」
春樹 「ごめん、智香」
語り 「ネットで出会う事1週間。お互いの本名を知り、気づけば下の名前で呼び合っていた。そう、街中を行き交うカップルが呼び合うかのように」
智香 「春と話してると…凄く落ち着く…」
春樹 「……なんだろう…正直…俺も…」
智香 「でも……ネットの…その…恋愛って…よくないとか……聞くけど……」
春樹 「じゃあ……ネットの関係で終わらなきゃいいんだよ」
智香 「どういうこと…?」
春樹 「来年の夏休み、俺金貯めて…東京の方に遊びに行くよ」
智香 「えっ!? でも、遠いし…なにより……素顔見せる自信がないよ…」
春樹 「俺だってそうだよ、ぶっちゃけ…行った時に嫌われたらって凄く心配だ」
語り 「話したい、声を聴きたい。そんな感情を越え、気づけばお互いに触れてみたいと思うようになった2人だが、2人の仲は大きく引き裂かれる。それも…フレンズクロス、ゲームによって」
智香 「ごめん…ファミリーさんがフレンド交流戦しようって…」
春樹 「げほっ…げほっ…! あぁ…いつ、戻って来れる…?」
智香 「いつも夜の9時ぐらいから12時くらいだから…きっと日づけが変わるころには戻って来れると思う…」
春樹 「そう…。んじゃそれまで…げほっ! 待ってるよ」
智香 「風邪ひいてるの…!? お願いだから無理しないでね……しんどくなったら…寝てね…!」
春樹 「…あぁ……」
語り 「だが。日付が変わっても、1時をまわっても2時を回っても…智香からのメッセージは無かった」
春樹 「……いつ来るんだよ…まだ…10分!! くそっ…いつだよ……」
語り 「午前4時。智香を待っていた春樹に寝るという言葉は無く、1件のメッセージがケータイに届いた」
智香 《ごめん、今日は戻れそうにない。交流戦が凄く長引いてる》
春樹 「…………」
みつき「春樹…? 大丈夫……?」
春樹 「……あぁ」
みつき「今日からまた登校でしょ…? ゲームしてたんでしょう…?」
春樹 「してないよ」
みつき「そんな嘘はいいから…」
春樹 「してないって言ってるだろ!!!」
みつき「! ………本当にどうしたの…?」
春樹 「……もう行くから…」
孝紀 「さっきから何度もケータイ開いてどうした…?」
春樹 「別に」
孝紀 「最近お前どんどん痩せてってるぞ…? 何かあったのか…?」
春樹 「………何でもない……」
語り 「智香の声を最後に聞いてからもう1週間。春樹の精神は限界に達していた」
春樹 「……! 《今夜なら話せる……》やった…!」
語り 「春樹は気づいていなかった。自分が人前で被っているつもりの仮面もオンラインで被っているつもりの仮面ももう意味など無かったことに」
孝紀 「あいつ、いつもネットの為に早く帰ってたのかよ…冷めたぜ…知るかよあんな奴」
智香 「お母さんにね……パソコンもケータイも取り上げられるかもしれない……」
春樹 「…え…?」
智香 「……だから……春とも連絡…とれないかもしれない………」
春樹 「な…何か手段あるだろ…!? あるって…」
智香 「……私ね……人が怖いの………そう………春も」
春樹 「……え?」
智香 「もしかしたら連絡取れなくなるかもしれない…だから…これをきっかけに……春…もう連絡取るのやめよう…?」
春樹 「ど…どうして…!?」
智香 「…私…人が怖い……。正直……春だって…信用できない……」
春樹 「………そりゃ…ネットだとか…いろいろあるかもしれないけど…俺は本気で智香が好きって思ってるから実際に会いに行きたいって思うんだよ…!」
智香 「うん……ありがとう…でも……もう…いいよ……」
春樹 「待ってくれ! 俺が怖いとしても………信用できなくても……せめて…信用できるようになるまでの時間をくれよ…!」
智香 「無理だよ……」
みつき「春樹! いつまで部屋にいるの! もうバイトの時間過ぎてるでしょ!」
春樹 「……ちょっと待ってて…」
智香 「…………うん」
みつき「体調が悪いの…? ならもう少し早く言いなさい…。部屋に戻って休んでるように。ゲームなんてダメよ」
語り 「実際に体調が悪かったかは重要ではなく、春樹はこの通話を切ったらもう2度と智香と話せなくなるだろう、そう感じていた。だから……己の立場を切り崩してでもネットの彼女へ時間を割いた」
春樹 「バイト、休みにしてきた」
智香 「…!? どうして…」
春樹 「…それぐらい…俺にとって…智香は大事なんだよ……」
智香 「……ありがとう……春……」
語り 「出会って3ヶ月。ついに来てしまった、終わりの時が」
孝紀 「ったく…誘ってほしけりゃもうちょいノレよな? ほんと…まぁいいや。何歌うんだ?」
春樹 「えっと………音楽リスト見た方が良いか…って…あれ…?」
孝紀 「…? どした…?」
語り 「智香から届いたメッセージ」
智香 《ありがとう春。私と春のことがお母さんにばれたみたい。今からケータイもパソコンも没収される、ごめんね。楽しかった、本当にありがとう》
孝紀 「おい…! おい!」
春樹 「…なん…だよ…これ……」
孝紀 「おい! どうしたってんだよ……!」
春樹 「…クソッ!!」
語り 「カラオケを出ると全力で春樹は家へ向かった」
みつき「帰ったらひとこと言いなさい…って…あれ…?」
春樹 「なんだよ…なんだよなんだよなんだよ! どうなってんだよ!」
語り 「フレクロミニ、フレンドクロス。知り合ったきっかけであるその2つの他全て。気軽にメッセージのやり取りができるアプリ、そしてフォローし合えばコミュニティがどんどんと広がるサイト。全て春樹は智香のアカウントからブロックを受けていた」
孝紀 「おい……お前……どうした…? 目…あきらかにおかしいぞ…?」
語り 「連絡先がブロックされたのにもかかわらず、きっと母親に端末を取り上げられたから仕方ない。そう自分に言い聞かせ来ないはずのメッセージを待ち続けていた春樹の目に光は無かった」
孝紀 「しっかりしろ…何かあったのかよ……!? なぁ!」
春樹 「あぁ……あぁ…」
みつき「またゲームつけっぱなしにして……なにこれ…0.3…?」
語り 「もしかしたら別のアカウントがあるのかもしれない。そう考えて部屋に潜っては負け続けた春樹。だが、全ての小さな望みも彼の知らないところで潰えていた」
孝紀 「あいつ最近全然フレクロしてないんだな…? 最終ログイン14日前って………まぁいいや…ファミリーの方で遊ぶかなぁ……ってなんだこれ…? プライベートルームか…初めて見た…えっと……部屋主は…カチュア…?」
語り 「春樹は知らない。自分が知らぬ間に彼女がログインしていたことを。そして彼は…知ってしまう。自分の望みは無駄だったことを」
春樹 「あ……あぁ……ぁ……ぁ…」
語り 「簡単にケータイから思った事を呟くことができるサイト。鮎カチュアというアカウントが3分前に、交流戦が楽しかったと呟いていた」
智香 「人に飽きるの簡単に」
終
「仮面のあの子のその声を」