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瞬きをすると消えてしまいそうに儚く、甘く香る可憐な彼女から目を離せなくなった。

彼女はお伽噺にでてくる"妖精"のようだった。















早朝から花の芳香に目を覚ました。

警備隊の宿舎である俺の部屋に花など飾る趣味もなく、常とは違う匂いに警戒をする。匂いの発生源は俺の部屋ではなさそうだ。侵入者かとも思ったが、こんなに正体を曝す間抜けな奴もあるまい。大方、お盛んな奴が女でも連れ込んでいるんだろう。


「はぁ…規則だからな…」


辺境の街を守る警備隊ゆえに、鬱憤も溜まるのは当然だ。女遊びをするなとは言わないが、宿舎に部外者を連れ込むのは規則違反である。

隊長職を担う俺は、違反者を探すために手早く支度を整え部屋をあとにした。


鼻の利く獣人である俺にバレないとでも思っているのか、こんな馬鹿なことをしでかすのは新人隊員だろう。

今年の新人隊員はわずか2人だ。その内のどちらか、それとも両方か。新人2人を思い浮かべて、1人しかいないなと思い直した。

この街の領主の長男は金髪碧眼の美丈夫だが、17歳にもなって女と話すのに赤面しているロイス。女を連れ込むなんて高等技術は持ち合わせていないだろう。

もう1人の新人、ダグラスは20歳になる。茶髪茶瞳のたれ目で、見た目はぱっとしないが、商人の次男のせいか口が上手い。特に女を口説くことに情熱を傾けているコイツしかいない、と当たりを付けてダグラスの部屋へ向かった。



いきなりドアを開けてやろうとダグラスの部屋まで来たはよいが、室内から聞こえる声に躊躇する。


「…ゃ、もぉ、だめ…、はぁ…ゆるし、て…」


「えろい声出すなよ。まだイけるだろう?」


ロイスの苦しそうな声と、それを愉しそうに煽っているのはダグラスだ。部屋の中からは2人の人間の気配しかしない。

彼奴らそういう関係だったのか?

同性愛を否定する気はないが、宿舎内では節度を守ってもらわんとなぁ…。

顎を擦りどうするか逡巡していると、ロイスの悲鳴じみた声が響いた。


「無理無理無理むりーっ!!」


ーバンッ!!


「やめろ!ダグラス!!」


ロイスの悲鳴にダグラスが無体を強いていると判断した俺は部屋に踏み込んだ。


「「「・・・・・・」」」


目の前の光景に唖然とした。

そこには、床で前屈しているロイスの背を押すダグラスがいたのだ。ぽかんとした顔で見てくる2人に、さっきの情事のような声は何だったんだと言いたい。

ああ、なんか頭痛が…。


「「おはようございます!隊長!」」


俺の姿を確認すると、喉の奥で小さい悲鳴をあげた2人は直ぐさま立ち上がり礼をとってきた。


「…あー、おはよう。…何してたんだ?」


勘違いした気恥ずかしさを誤魔化すのに、顎を擦りながら問いかける。


「ロイが体が固いって朝からうるさいんで、柔軟を手伝ってました!…隊長、それ止めた方がいいですよ?」


ダグラスが俺に答えながら、顎を擦る癖を指摘してくる。

顎を擦る癖は、周りから"おっさんくさい"から止めろと言われても、もう癖になってるから仕方がない。


「うるせぇ。俺はおっさんだからいいんだよ」


「えー、33歳はまだ男盛りですよ!」


ロイスが「うるさくなんかしてないです!」と文句を言っているが、無視してダグラスが軽口をきいてくる。


「隊長は只でさえ顔が怖いんだから、それにオッサン要素上乗せとかモテないですよー」


どうせ俺はモテねぇよ。

んなことは俺自身が一番よく解ってる。

結婚適齢期をとっくに過ぎて、30歳を過ぎた頃から少なかった見合いの話もぱったりと鳴りを潜めた。

俺の容姿はお世辞にもよいとは言えない。つり目に薄い唇、頬にひきつれた疵痕、獣人特有のでかい体躯とくれば、俺を見た女子供は泣くか気絶する。男どもでさえ敬遠している。まし(・・)な反応をするのは、警備隊で慣れてきた男くらいだ。


ギロリと睨んでやれば、直立不動で固まる2人。

ロイスを睨んだ覚えはないんだが、どうもコイツは場の空気にのまれ過ぎる。それでも、俺と話すときに目を反らさないのは根性がある証拠だろう。


「た、隊長は、こんな朝早くからどうされたんですか?」


蛇に睨まれた蛙のようになっても、ロイスはしっかり俺を見て訊いてくる。

そういや、女はどうした?

甘い花の香りは未だに消えていない。


「お前ら女を連れ込んだりしてねぇか?」


「欲求不満ですか?」


ーゴンッ!


問答無用でダグラスに拳骨をくれてやった。

この2人じゃないと既に判っていたが、確認のために訊いただけだ。

しばらく考え込んでいたら、ある違和感に気付いた。

俺の部屋からダグラスたち新人の部屋は、階も隔ててほぼ両端にある。自室からここに来るまでに、隊員以外の気配は感じなかったし、匂いの濃さも変わっていなかった。

どういうことだ?


「花のような匂いがしたんだが、お前ら匂わないか?」


「花ですか?汗臭い男臭しかしないですけど?」


「僕も特には…」


ダグラスもロイスも特に何も匂わないと首を傾げる。

今も香る微かな匂いは人間の嗅覚では感知できないか。

あるい俺の鼻が鈍っているのか?

鼻が利かないとなると警備に支障が出る。

あとで医師のところへ行っておくか。


「花ねぇ…。!! 隊長!それって!」


うーんと唸っていたダグラスが、何かに気付いたように声をあげる。良からぬ予感しかしないが先を促した。


「なんだ?」


「やっぱ欲求ふ」


ーゴゴンッ!


コイツは何がなんでも俺を欲求不満にしたいのか。

二度目の拳骨をくれてやった。

ロイスは自分が殴られたわけでもないのに、痛そうに頭を抱えている。


「って〜…。隊員ひどいです〜」


「自業自得だ」


「だって、花の匂いとかって女の子欲しがってるとしぃああああああっ!!」


ダグラス、お前が俺をどんなふうに見てるかよく解った。

片手でダグラスの顔を掴んで力を入れる。ギリギリと上に持ち上げ、つま先立ちになったところで解放した。


「2人とも稽古をつけてやる。帯剣して訓練場へ来い」


俺が欲求不満だと言うなら、存分に発散に付き合ってもらおうじゃねぇか。

俺も自分の剣を取りに踵を返した。

閉めたドアの向こうで、とばっちりだ何だとロイスが騒いでいるが諦めろ。ダグラスだけ相手したところで、俺の準備運動にすらならん。







「たいちょー、どこまで行くんですか?」


宿舎を出た途端に、あの花の香りが強くなったのを感じた俺は、訓練場横に広がる森の中にいた。

森に入って30分ほど経った頃、ダグラスがぼやきだした。


「だから、ついて来なくていいと言っただろうが」


「駄目ですよ!いくら隊長が強くても、森の単独行動は禁止されてます!」


魔獣討伐の実践訓練にも使う森だが、弱い魔獣しかいない。それでも隊員には安全のために2人以上での行動を義務付けている。ロイスは真面目にも、1人で森に入ると言う俺にくっついてきたのだ。どちらかというと足手まといなんだが…。

ロイス自身も俺の足手まといになる自覚はあるのか、自分の護衛役にダグラスを巻き込んでいた。

文句を垂れながらも一緒に来るダグラスも存外に人がよい。おまけに、大した脅威のない森だとしても何が起こるかわからない、と外套と携帯食料を取りに宿舎へ走ったのもダグラスだ。


「はぁ…、お前らもう帰れ。今から戻れば朝食の時間に丁度いいだろう。飯食ったらルドに訓練始めとけって伝えてくれ」


いろいろ面倒くさくなった俺は、2人に戻って副隊長のルドに伝言を指示した。


「隊長は戻らないんですか?」


「ああ、俺はもう少し…っ!!」


まだ森に残ると言いかけたとき、花の香りが濃くなった。

俺は衝動的に走りだしていた。

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