お父さんはショベルカー
小さな島の小さな町にひとつの家族が住んでいました。家族はお父さんとお母さんと小学生の女の子。家族はいつも笑顔でみんな仲良く暮らしていました。
お父さんは町で一番大きな会社に勤めていました。お父さんは働き者で毎日毎日スーツをビシッと着て出勤し、朝から晩までずっと働いていました。お父さんの仕事は真面目で優秀。それは町で評判でした。ただ、女の子はそれが少し不満でした。お父さんは毎日毎日働きました。ただ、そのため休みの日は疲れているせいで家でずっと寝てしまいます。だから女の子は全然お父さんと遊んでもらえませんでした。
「日曜日、パパと遊びに行くんだ~。」
「うちは家族でドライブに行くよ。」
「うちは出掛けないけどサッカーを教えてもらうんだ。」
みんなが休みの日の話をしているとき、女の子はいつも相づちだけしかできませんでした。休みの日になって他の子供たちが親子で仲良く遊んでいるのを見るといつもうらやましく思っていました。
ある日、女の子はお母さんに聞きました。
「お父さんは何であんなに働いているの?他の子はお父さんとよく遊んでもらってるよ?」
お母さんは少し考えてから答えました。
「お父さんはレーシングカーみたいな人なの。走り始めたら止まらない人。いつも真面目に働いていないとダメな人なのよ。でも、お父さんのおかげで私もあなたも不自由なく暮らせているのよ。だから我慢してあげて。」
女の子はお母さんの言葉を聞いて考えました。
確かに他のみんなと比べて不自由を感じたことはない。むしろみんなよりも裕福だと感じる。まわりの人からお父さんが誉められるのも誇らしく思う。
「うん。わかった。働いてるお父さんかっこいいもんね。」
女の子が笑顔でうなずくのを見てお母さんはほっとして笑いました。
数日後、女の子の通う学校で作文の宿題がありました。作文の課題は『私の家族』でした。女の子は自分の気持ちを素直に文章にしました。
『私のお父さんはレーシングカーみたいなお父さんです。毎日毎日働いて、休みの日はずっと寝ています。私とは全然遊んでくれません。でもお父さんが働いてくれているおかげで私は幸せに暮らせているとお母さんが言っていました。それに働いているお父さんはかっこよくて、私はそんなお父さんが大好きです。』
その作文は先生にとてもほめられて、女の子はとても喜びました。
ところがしばらくたった頃、お父さんは急に仕事に行かなくなってしまいました。毎日毎日ため息ばかりついています。家にはいるのに女の子と遊ぶこともなく、ずっと悲しい顔をしています。そんなお父さんを見て女の子はお母さんに聞きました。
「お母さん、お父さんは何で仕事に行かなくなっちゃったの?レーシングカーじゃなかったの?」
お母さんは少し悩んでから答えました。
「お父さんはレーシングカーだったから、平らな道路をすごく速く走るのが得意だったの。今までの仕事ならすごく速くこなすことができたの。でも、お父さんの会社が突然平らな道路を無くしてしまったの。お父さんを今までの仕事から別の仕事にしてしまったの。だからお父さんは走れなくなってしまったの。でも、お父さんはきっとまた走り出すから。待っててあげて。」
女の子は小さくうなずきました。
お父さん…、走れないから辛かったんだね。
女の子はそっとお父さんのそばに座りました。
「お父さん。私はお父さんがレーシングカーじゃなくてもいいよ。」
お父さんは驚いた顔で女の子の方を見ました。
「私はお父さんがレーシングカーじゃなくてもいいよ。ショベルカーでもダンプカーでも。どんなお父さんでも好きだよ。」
お父さんは涙を流して女の子を抱き締めました。女の子は小さな手でお父さんの頭を優しくなでてあげました。
しばらくしてお父さんはまた仕事に行くようになりました。今までと違って力仕事が多くて大変そうでした。体は汗と泥まみれで毎日ふらふらになりながら帰ってきました。でもそんなお父さんを女の子はかっこいいと思っていました。
「今のお父さんも好きだよ。泥だらけだけど強そう。かっこいいよ。」
女の子はお父さんに笑顔でそう伝えました。
「ありがとう。お父さん、頑張るよ。」
お父さんは笑顔で女の子の頭をなでました。
それからしばらくたった冬のこと、町に大雪が降りました。この町には毎年雪は降ります。でもいつもならすぐに止むはずの雪がこの年はいつまでたっても止みません。町の人は毎日雪かきにおわれました。けれども町の人がいくら頑張っても毎日毎日雪が降り続いたので、家も道もすべて雪に埋まってしまいました。お父さんは雪が降り始めた日から仕事に行ったきりでいつまでたっても帰って来ません。女の子は心配になってお母さんに聞きました。
「お母さん、お父さんは帰って来られないの?」
お母さんは笑顔で答えました。
「大丈夫よ。今のお父さんはショベルカーだから。今ごろみんなのために雪をどけて道を作ってるよ。」
「そうなんだ。」
女の子は毎日お父さんの帰りを待っていました。来る日も来る日も窓の外の白い景色を眺めていました。
ピンポーン。
ある日の夜、家のチャイムがなりました。その日はちょうどクリスマスイブでした。
「お父さんかな。」
女の子がドアを開けると隣のおばあさんが立っていました。
「あなたのお父さんが雪をどけてくれたおかげで病院に行くことができたの。どうもありがとう。」
おばあさんはお礼のお菓子を女の子に渡すと帰っていきました。
少したつと今度は男の子が訪ねてきました。
「あなたのパパのおかげで僕のパパが家に帰ってこれたよ。ありがとう。」
男の子はお菓子を女の子に渡すと帰っていきました。
次に訪ねてきたのは町の郵便屋さん。
「きみのお父さんのおかげでみんなに手紙を届けられたよ。」
郵便屋さんもお礼のお菓子を女の子に渡して帰っていきました。
「ね。お父さん、ちゃんと頑張ってるでしょ。みんなのために働いているでしょ。」
お母さんのその言葉に女の子は何度もうなずきました。
その後もいろいろな人が訪ねてきてお礼を言っては帰っていきました。その中にはお父さんの会社の社長さんやこの町の町長さんもいました。
「君のパパはすごい人だ。」
「誰かのためにあんなに働ける人はいない。」
社長さんも町長さんもお父さんを誉めてくれました。女の子にはそれがすごく嬉しくて心から喜びました。
「お父さん、すごいね。」
女の子が嬉しそうに笑うとお母さんも笑顔でうなずきました。
夜遅くになってお父さんはやっと仕事から帰ってきました。ちょうど日付が変わる頃で女の子はすやすやと寝ていました。お父さんは女の子のそばにプレゼントをそっと置こうとしました。するとそこには小さな手紙が二通置いてありました。
『サンタさんへ。今年はプレゼントはいりません。その代わりに町の雪を片付けてくれたお父さんにプレゼントをあげてください。』
『お父さんへ。お父さんのおかげでみんな喜んでたよ。お父さんのおかげできっとサンタさんもみんなにプレゼントを配れるよ。お父さんありがとう。』
「ありがとう。頑張れたのはお前のおかげだよ。ショベルカーでもいいって言ってくれたおかげだよ…。」
お父さんは手紙をそっと手に持つと女の子のそばにプレゼントを置きました。
しばらくして学校で女の子は作文を書きました。女の子の作文の題名は『お父さんはショベルカー』でした。
『私のお父さんはショベルカーみたいです。朝から晩まで泥だらけになりながら働いています。手はマメだらけ、油や汗の臭いでちょっと臭いです。でも、私はそんなお父さんが大好きです。みんなのために、私たち家族のために一生懸命働くお父さんが私は世界一大好きです。』