命の大切さ
私は生きているの?ここはどこなのだろう。私は周りを見渡した。どうやら私はベッドの上で寝ている。ここは病院なのだろうか?私が考えていると、ドアをノックするような音が聞こえてきて、誰かが部屋に入ってきた。看護師さんのようだ。私は、ここが病院であることに間違いないと思った。看護師さんは私に近づき、声をかけてきた。
「良かった!きがつかれたみたいですね。私、医師に連絡してきます。また、すぐに戻って来ますから。」
看護師さんはそう言うと、慌てて部屋から出て行った。私は頭がボーとする中で、もう一度周りを見渡した。部屋には花が置いてあり、窓の外はきれいな青空が広がっていた。私が外の景色を見ていると、またドアをノックする音が聞こえてきて私は「はい。」と返事をした。ドアが開き、先ほどの看護師さんが入ってきて、その後ろから男の人が入ってきた。たぶん、看護師さんが言っていた医師なのだろうと私は思った。看護師さんと医師が私のベッドの横に立ち、医師が私に話しかけてきた。
「気分はどうですか?どこか痛いところはありますか?」
私は医師の顔を見て、「大丈夫です。」と言った。医師は頷くと、また私に質問した。
「あなたは、何故ここにいると思いますか?」
私はうつむき、考えているような素振りをした。私の考える姿を見た医師は、それ以上は聞かずに部屋から出て行った。私は顔をあげて看護師さんを見た。
「私は生きているんですね。どうして死なずに済んだんでしょうか?」
看護師さんは、私を見て笑顔で答えてくれた。
「それは、ここの名医のおかげですよ。確かに、あなたは本当なら死んでいたかもしれませんが、発見されたのが早かったので助けられたと先生は言っておられました。さぁ、もう少し休んでいてください。また、後で来ますね。」
そう言って、看護師さんは部屋から出て行った。私は看護師さんが出て行ったあと、あの日の事を思い出した。あの日、私は自殺しようと決意して五階建てのビルの屋上から飛び降りた。そう、私は生きることに疲れてしまったのだ。いろいろと嫌な事があった。仕事ではいつも、朝から夜まで働くが失敗ばかり、仕事のことを忘れるために、恋をするが告白しても断られてしまう。私は自分が嫌になってきていた。仕事で疲れているから、少しでも安らげる空間が欲しくて恋をしたいのに、断られては安らぐどころか、心に大きな穴が開いたみたいになってしまう。そんな自分に呆れて、ここで人生を終わらせようと、ビルから飛び降りた。でも結果的に、私は死なずに生き残ってしまった。これは私にもっとつらい思いをしろということなのだろうか?私は死にたかった。死んで何もかも終わらせようと思っていたのに、助けてほしくなんてなかったのに!私が悩んでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。私が「どうぞ。」と言うとドアが開き、少し若い感じの男の人が入ってきて、私に声をかけてきた。
「どうも。医師の佐伯秀です。あなたの手術を担当した者です。」
男は笑いながら言った。私は、少し溜息をつき小さな声で言った。
「あなたが、私を助けてくれたんですか。死にたかった私を・・・」
私は佐伯先生を見て言ったが、佐伯先生は笑顔のままだった。私は佐伯先生が、少しでも戸惑うような感じを見せると思っていたのに、佐伯先生は笑顔だったので、私が逆に戸惑ったような顔をしてしまった。そんな私を見て、佐伯先生は言った。
「僕がそんな事を言われたぐらいで、動揺するとでも思っていたんですか?言っておきますが、あなたのような人を数えきれないぐらい助けてきました。僕も最初は、あなたのように言われた時は驚きましたが、それもだんだん慣れてくるんですよ。あなたは、まだいい方ですよ。中には怒って、その場で死のうとしたりする人がいましたから。まぁ、この話はこれぐらいにしましょう。今日来たのは、あなたが目を覚ましたと聞いて挨拶に来ただけなので。それでは、僕は失礼します。」
佐伯先生は、そう言うと部屋から出て行った。私は部屋から出ていく佐伯先生を睨んだ。私は佐伯先生に、(あなたの自殺の理由など、たいした事がない)と言われているように感じた。私が死にたかった理由が、あなたに分かるはずがないし、私より不幸な人なんているはずがないと思った。あなたが、私の何を知っているの!何も知らないくせに、勝手な事を言って!私がイライラしたまま、夜が迎え朝になった。私はあまり眠れなかった。佐伯先生の事をずっと考えていたので、ほとんど寝ていなかった。昨日と同じように、私はイライラしていた。今日も、佐伯先生が私の部屋を訪ねてきた。私は佐伯先生の顔を見た瞬間に「何ですか?」と怒り口調で言った。だが、佐伯先生は笑顔で私を見て言った。
「今日は怒っているみたいですね。僕があなたを助けたからですか?それとも違うことですか?」
私は、佐伯先生の落ち着いた口調と笑顔に腹が立ち、怒り口調で佐伯先生を睨んでいった。
「ええ!あなたが私を助けたことにも怒っていますが、昨日のあなたの態度、一番腹が立ちます!私の死にたかった理由が分かっているかのような、あの態度が!」
私は佐伯先生を睨んだまま、目をそらさなかった。佐伯先生から笑顔が消え、真面目な表情になった。
「そうですか。僕の昨日の態度が気に入らなかったのなら謝ります。すみませんでした。ですが、僕はあなたが死にたかった理由を分かっているつもりですよ。今、あなたは自分より不幸な人はいないと思っているでしょう。それは間違いです!あなたより不幸な人は沢山います。生まれてからすぐに親を亡くし、孤児院で親の温もりを知らないまま育ち、社会に出て仕事をするが、会社をクビになり、仕事がなくなった事により、生活していくために借金をする事になり、仕事を探すが中々仕事が見つからず借金が膨らむばかりで、もう死んで楽になってしまおうかと思っても、諦めずに働き借金を返し、今では名医にまでなった人もいるんですよ。」
私はその話を聞いて驚いた。明らかに、佐伯先生は自分の過去の話のように聞こえてくる。それでも、私は佐伯先生に言った。
「あなたが、どんな過去を持っていようとも、私は死にたいんです。もう逃げたいんですよ!」
佐伯先生の顔が怒っているような表情に変わった。
「いい加減にしなさい!あなたは自分の命をなんだと思っているんですか!あなたの命は自分だけのものではないんですよ!お母さんやお父さんの命でもあるんですよ。何のためにあなたを育ててくれたと思っているんですか!あなたに死んで欲しい人など誰もいません。あなたが死ぬことにより、悲しむ人がいることを考えないのですか!僕は、あなたのように簡単に死ぬと言う言葉を使う人が、一番腹が立ちます。あなたは本当に不幸だったんですか?よく考えてみてください。きっと、あなたが気づいていないだけで、幸せなことは沢山あったはずです。あなたはきっと、ちょっとした事で不幸と思い、ちょっとした幸せには気づいていないだけなんです。だから、自分に自信を持ってください。少しでも長く生きてください。もし、今あなたが自分のした事が間違っていたと思うなら、この先あなたと同じような人が出ないように、あなたに出来るやり方でみんなを助けてあげてください。僕が言いたかったのはそれだけです。」
佐伯先生に言われて、私は自分が情けないと思った。自分の事しか考えずに、周りの事がよく見えない。私は自分が情けなすぎて、涙が出てきた。部屋から出て行こうとする佐伯先生を見て、私は泣きながら言った。
「私・・・。間違っていました。先生の言うとおり、私より不幸な人は沢山います。私だって気付いていなかった訳じゃないんです!でも、抑えきれなかった。私なんて幸せな方だと考えていたけど、不幸な事が重なって、自分が幸せだとは思えなくなって、もう逃げたかった。ダメだと思っていても、逃げ出したかった。死ねば、このつらい気持ちから解放されると思うと・・・」
私は次の言葉を言うことも出来ずに泣き崩れた。佐伯先生は部屋から出る寸前で止まり、私の方を見て最後に一言だけ言った。
「あなたは幸せですよ。生きているんですから。死んでしまったらそれで終わりです。人間、生きているという事が一番幸せなんですよ。」
佐伯先生はそう言い、部屋から出て行った。私は、佐伯先生が部屋から出た後も、ずっと泣き続けた。心配した看護師さんが来てくれたが、私はそのまま三時間ほど泣き続け、その日を境に全く違う自分に生まれ変わった。
あれから三年、私は仕事をしながら悩める人たちのためにカウンセラーを始め、私がしてしまった過ちを他の人がしないように、いつも何十人もの話を聞いている。今の私がいるのは、佐伯先生がいてくれたからである。あの時、佐伯先生ではなかったら、私はこの場にはいないだろう。私は佐伯先生から言われたとおり、私が出来るやり方でみんなを助けています。
人が自殺する理由は沢山ありますが、自殺してしまうとその場で全てがリセットされてしまう。自殺に意味はない。死んでしまえば、その先にある幸せをつかむことができなくなってしまう。世界は広い、生きたくても食べるものが無くて死んでしまう人もいるのに、自殺するという行為はその人たちに失礼ではないだろうか?必死に生きようとしている人に対して、簡単に自分の命を投げ出してしまう。自殺する必要などない。死ぬ事を考える前に、一歳でも多く生きることを考えるべきではないだろうか?