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お探しモノはウサギですか?  作者: ワンバンチ
5/5

ウサギと亀と病院です

『うわぁーん、痛いよぉ』


またあの子が泣いている。


『痛いよぉー、うぅー』


これはあの夢じゃない?

続き…なのか?どうして突然?


『痛いよぉ、お父様ぁ』


この子、どこか見覚えがある。

あぁ、この顔少し幼いがユウヒさんだ。

年の頃は七、八歳と言ったところだろうか?


『ユウヒ、また泣いているのかい?』


そう言って男が歩いてきた。

顔には靄がかかっていてよく見えない。


『お父様!おどうざまぁー』


そう言って腰の辺りに抱きついてきた。

涙と鼻水で濡れたその顔では、せっかくの可愛い顔が台無しだ。


『どうしたんだい?せっかくの可愛い顔が台無しだよ。なにがあったのかな?』


どうやら考えることは同じだったようだ。


『うっうっ。あのね、お庭でねかけっこしてたの。そしたら石があってね…うぅー』


あぁ途中まで頑張ってたけど最後は堪えきれなかったか。

でも泣いていた理由はわかった。庭を走り回っていたら転んで膝を擦りむいてしまったのだろう。

その証拠に膝から少し血が出ている。


幼いユウヒさんを体から少し離し、膝をついて目線を合わせたお父様は彼女に話かけた。


『ユウヒ、お膝から血が出ているね?見せてごらん』


『いた…く…しない?』


『大丈夫、痛くないよ。お父様を信じてくれるかい?』


『うん!ユウヒお父様信じてる!』


か、可愛い過ぎる!俺なら即抱き締める!抱き締めない自信がない!

この男もそうなのだろう、腕がプルプルしている。

でも今は優先することがある。そうだろう?

その予想は正しかったようで男は膝についた砂を優しく払い魔法を使った。

膝に当てた手から優しい光が溢れ数秒で納まった。それとほぼ同時に少女は笑みを浮かべ今度は首に手を回し抱きついてきた。


『おっと。どうだい?痛いのは飛んでいったかな?』


『はい!お膝はもう痛くありません!』


その後少女のユウヒさんは、お父様が地面に腰をおろしたのを見て、ささっと移動を開始しその膝の上に陣取り、楽しそうに話を始めた。


『それでね。ユウヒはビックリしたのです!お膝も痛かったのです!だからね、石がね悪いのです!』


『フフっ。そうか石が悪いか』


『お父様!笑ってわダメなのです!ユウヒはお膝がとっても痛かったのです!』


いかに石が悪いかの説明をする姿が可愛くてつい笑ってしまったが、どうやらお姫様のご機嫌を損ねてしまったようだ。

男は慣れた手つきで、優しくユウヒさんの頭を撫でご機嫌をとっている。これもいつものことなのだろう。


『それでね、お父様あのねユウヒは夢があります』


『それは素晴らしい!それで?ユウヒの夢はなんだい?』


『それはねーーー』




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


夢から覚めた時そこは知らない部屋だった。

もしかしたら今までのことが夢で日本に戻ってきたのかとも思ったが違うようだ。

視界にベッドの端でうつ伏せに眠るユウヒさんがみえた。


「そうか、夢じゃないんだよな…」


それともう一つそこにあるはずの左腕は肩から下がなく、痛みだけが確かにそこにはあったと肯定し、夢であることを否定した。


「お父様……か……」


思えば、今までなぜ気づかなかったのか?と言う位に今はストンと胸に納まっている。あれはユウヒさんだ。

今だにあの夢を見る理由はわからないが、予想はつく。それは限りなく正解に近いだろう予想だ。


「…ん、トール……トール!?目が覚めたの!?」

「あぁ……すいません。心配かけーー」

「ちょっと待って!『ハク』を呼んでくるから!」

「えっ!?あの、ちょっーー」


すごい勢いで扉から出ていったな。まともに話すことも出来なかった。

ユウヒさん、おそらくずっと俺の看病してくれていたんだな…。目の下の隈が凄かったし疲れが見えた。


しばらくすると廊下の方から声が聞こえてきた。


「ユウヒ!落ち着きなさい!わかったから押すな!」


とユウヒさんに背中を押され騒がしく入ってきたのは、"白い"女性だった。

白銀色の髪は腰まで伸びており、肌は眩いほどの美白、眉も白く瞳は白寄りの灰色と言った感じだろうか。着ているブラウスにタイトスカートも白、その上に白衣を着ているから尚更白く見えた。

だが不思議と野暮ったさや、やり過ぎ感のようなものがなく、清潔さや神聖さのように感じるのはこの人の持つ雰囲気や見た目のよさがあってのことなんだろう。


「やぁ、トール君だったね。僕は『ハク』医者をしている。今回は災難だったね」

「……災難ですね。まぁ命があっただけラッキーです。ここでLUCの高さが役立ちましたかね」

「フフっ。上手いことを言う、あながち間違いじゃないけどね。そんじゃサクッと今日の診察を始めようか」


その後はハクさんは傷の経過をみたり問診をしたりして、結果的には『経過は良好』と言って診察を終えた。


(そういえばさっきからユウヒさんが話していないな)


なんて思い視線を向けると、扉の近くに佇んで俯いていた。


「あの…ユウーー」

「私は!私は君を守れなかった!」


突然、叫ぶようにユウヒさんが言葉を発した。

感情の昂りが抑えきれないのかその目からは涙が溢れてきた。


「私は…もう君とはいられない…」


そう言ってまたしてもユウヒさんは、出ていってしまった。

咄嗟に追いかけようとしたが、激痛が走り起き上がることさえできなかった。


「なんなんだよちくしょう!一方的すぎだろ!」


悔しくて、情けなくて、右手で顔を覆った。これは涙なんかじゃない。



どれくらい経っただろうか、冷静になったとは言えないが、自分が怒っていると理解できるくらいには落ち着いた。


「はぁ…あの子も相変わらずなんだから。真っ直ぐと言うか頑固と言うか…」

「先生、まだいたんですか」


顔を見られたくなくて少し棘のある言葉が出た。


「あぁ、悪かった。出ていくタイミングを逃してね」

「いえ、すいません。こっちこそ八つ当たりしてしまいました」

「気にしなくていいよ。そう言うことも含めて医者の仕事だ」

「そうですか、じゃあついでに悩みなんかも聞いてくれますか?」

「ご自由に。僕は今、お医者様だからね」


それから俺はポツポツと話始めた。

ユウヒさんに兎人族から助けてもらったこと、レベルを上げるためにスライム狩りを手伝ってくれたこと、ミノスという男が現れた時戦ってくれたこと。それで…


「それで…やっぱり嫌われちゃいましたかね……?」

「どうだろうね、僕はあの子じゃないからね」

「…ですよね。出会ってまだ一日しか経ってないんですが、突然異世界にきて、死にそうな目にあって不安で怖かった、だけどそんな中でユウヒさんが手を差しのべてくれたんです。素直に嬉しかった」

「そう」

「でももう面倒見切れなくなったんですよね、こんなに弱くて心配かけて、迷惑かけて…」


心が折れるっていうのは、今まさにこの瞬間を表す言葉だろう。俺の心は不安と不甲斐なさで押し潰され、すべてが終わったように感じた。

それでもそれを良しとしない自分もいたが、そんな半端に残った思いが余計に苦しかった。

情けない話誰かに救ってほしかった、背中を押してもらいたかった、これから先一人で生きていけるように、もう一度立ち上がれると思えるように。

救いの手は伸ばされなかった…。手は伸ばされなかったのだが。


「はぁ……。まったく、今日は医者はやめだ!」


そう言って先生は白衣を脱ぎ捨てた。

そして何を思ったか、俺の頭に胸を押し付けるようにして抱きかかえた。


「わっぷ!ちょっ先生!?」

「うるさい!私は先生じゃない今はただのハクだ!」

「ハ、ハクさん!そ、その胸が顔に当たって!」

「当然だ!当てているのだから!それでどうだ?」

「えっ!?どうだって言われても…あの案外大きいんですね、あといい匂いがします」

「そういうことを聞いたんじゃない!私は生きているか?」


耳を澄ませなくてもわかる、トクントクンと力強い確かな生命の鼓動が聞こえる。


「僕は生きている、そして君も生きている。絶望に染まるな!生きる理由を手放すな!君がすべてを失ったと思うには早すぎる!」

「でも…俺は…」

「大丈夫、君は強くなる。それでも不安に心が負けそうになったら私がいつでも抱き締めてやる」

「っ……はい」


その時は泣いた、思いっきり泣いた。

不安も不甲斐なさも忘れるように洗い流すように、ひたすらに泣いた。

顔をあげた時、モノクロになった世界は再び色付き、生きる力が体に戻った気がした。

ハクさんの顔は照れ臭くて見れなかった。だけど胸の感触は名残惜しくて離れることが出来なかった。


「フフっ。乳房が好きなのかな?大きくて邪魔だと思っていたがたまには役にたつものだな」

「あの…その…心を…救われました」

「ふむ。言うなれば救いの乳ってところか」


そう言って今度は頭を撫でてくれたこれではまるで子供だ。いや実際成人はしてない子供なんだが、それでも嬉しいやら恥ずかしいやら。いや、今更か。



なんて和んでいたら、またもや扉が開け放たれた。ユウヒさんが戻ってきてくれたのか?とも思ったが、そこには頬を膨らませ不機嫌オーラ全開のウサギ耳の少女が俺を睨みつけながら立っていた。


トコトコと歩みより、ハクさんとの間に割って入ってきた。


「ハク!邪魔!アサヒの"トオル"に手を出すなぁー!」


グイグイとハクさんの体を押し退けつつ、『無駄肉』『エロ女医』などと暴言を吐き続けるこの子は一体?

"アサヒ"とか言ったよな?この子俺の名前を"トール"じゃなくて"トオル"って言えてたよな?


「ハ、ハクさん!この子一体誰なんですか!?うわっ!ちょっ暴れないで!ア、アサヒちゃん!?」

「もう!話がややこしくなるから、後で呼ぶって言ったのに……」


収拾がつかなくなりそうなタイミングで、ハクさんが動いた。

出来ればもう少し早くてもと思ったのは贅沢だろうか。


「アサヒいい加減になさい!」


そういって振りかぶられた拳は見事にアサヒちゃんの頭にヒットした。


「いったぁー!何すんのさ!このバカハク!」

「何するのじゃない!あんたが暴れているのは怪我人の上!」

「……ぅ、でもハクだって!」

「僕も降りるから、あなたも降りなさい」


有無を言わせないハクさんのオーラに負けベッドから降りたアサヒちゃんは、少し涙目だった。


「オホン。トール君紹介するわね、この子があなたをここまで運んだアサヒよ」

「え!?アサヒちゃんが運んでくれたんですか!?」

「えっへん!アサヒ力持ち!」


そう言って力瘤をつくって見せるが全く瘤はできてなかった。

この腕のどこにそんなパワーが……。


「というか、ここってどこなんですか?」

「そうだね、君にはそれも含めて教えておきたいことがある。もちろんユウヒのこともね」

「アサヒのことも教えてあげる」



俺の異世界はきっとここからがスタートなんだろう。

漠然とだが確かにそんな予感がした。


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