亀ですか?
今、俺の目の前には岩がある。何でかって?こっちが知りたいよ。
気が付いたら知らないところにいて、兎耳達に頭を下げられいた。目が合ったら怒りだして囲まれ、刃物を取り出されて絶対絶命の状況に。ここまでは大丈夫だ。いや大丈夫ではないけど……。
その後『あぁ死ぬんだ』とどこか他人事のように感じながら、死神の鎌が振り下ろされるのを待っていた。だがその鎌が下ろされることはなかった。
最後の瞬間まで目をそらしてなるものか!と半ば意地で目前の相手を睨み付けていたのだが、その相手が構えをとったまま視線を後ろに向け、そのまま固まったのだ。否、その場の視線がその一点に集中したのだ。
そして、初めに感じたのは振動。次いで轟音。最後に視界に入ったのは立ち上る土煙。それは岩だった、『ゴゴゴ……』と重厚な音をたてながらこちらに向かって転がってきているのだ。
呆気にとられる俺。いや、それは兎耳達も同じで誰も動かなかった。というか動けなかった。とにかく早いのだ。ものすごい早さで転がり兎耳達をパッカーン!という擬音と共に弾き飛ばしたのだ。
このままでは俺も圧殺されてしまうと思ったが、岩は突然ピタッと止まりそのまま横にパタンと倒れたのだ。そこでようやく気づいた。
「亀?いや、亀の甲羅?」
そう、今まで岩だと思っていたものは亀の甲羅だった。ただとてつもなくでかい。高さだけでも2mはありそうだし、幅も5mはありそうだった。そして顔、手足、尻尾が出るであろう穴が開いている。
俺は興味本位で、ただほんのちょっと湧いた興味が抑えきれず穴の中を覗きこんだ。
「■"■"■■■■」
そんな声と共に俺は額に激しい痛みを感じた。
頭突かれたようだ。ものすごく痛い。
亀は甲羅から抜け出しのっそりと立ち上がり辺りを見回した。
俺は亀を見上げて驚いた。澄んだ海を思わせる碧い髪は軽くウェーブをし、日に焼けた健康的な肌は均整のとれたスタイルを際立たせている。出るとこが出て引っ込むところは引っ込むまさに絵に描いたようなモデル体型だった。眠たげな碧い目にスッと通った鼻筋は、美人と言って申し分ないものだった。
おもむろに甲羅に手を当てると甲羅はみるみる縮んでいき彼女はそれを背負うと、俺に話しかけようとしてしゃがんだ。
だが周りの兎耳達がそれを許すはずもなく。倒れたもの達も立ち上がると亀の女性を囲んだ。
「■■■■■■■!!■■■!?」
豪華な鎧を纏った美人の兎耳女性が亀の女性に詰め寄り、ものすごい剣幕で罵声をあびせているようだった。
「■■■■?」
亀の女性は冷静だった。淡々とそしてめんどくさそうに返事を返していた。この時までは。
「■■■■■■!!」
それは侮辱の言葉だったのだろうか、兎耳女性がその言葉を発した瞬間、亀の女性から濃密な殺気が放たれた。
冷や汗が止まらない、先程の比ではないほど体が震える。それは俺だけではなかった。兎耳達も同じように震えている。あの威勢よく話していた兎耳女性に至っては、その場にへたりこみ呼吸すらままならないようだった。
それも長く続かなかった。亀の女性が殺気を止め何事かを告げると兎耳女性が激しく首を上下に振り、周りを引き連れ足早にその場を後にしたのだ。
「■■■■■?■?」
亀の女性が話しかけてくるがやはりわからない。ダメもとで日本語で「言葉がわからない」と告げると。閃いた!と言わんばかりに手を合わせ、背中の甲羅をごそごそと探りはじめた。
差し出されたのは水風船のようなものだった。彼女はそれを俺に渡し、しきりに手を握ったり開いたりしている。
(これを割れと言っているのか?)
そう思い、手のひらの上の水風船を思いっきり握りしめた。
グッ! ポヨン。
グッ! ポヨン。
グッ! ポヨン……
何度やっても割れねぇよ!なんなのこれ?割れるの?というか亀の人途中から爆笑しだして、今なんてお腹かかえて転がってるし。
「よくわかった俺の本気見せてやんよ!」
と気合いをいれ両手で思いっきり握り割ってやった。
『スキル:異世界語を習得しました』
頭のなかに謎のアナウンスが流れ、そして激しい頭痛に襲われた。
「■■……☆★…も……し。もしもーし、かめかーめ。聞こえますか?」
「あぁ…なんとか理解できるみたいだ。しかし頭痛がひどい。」
「そりゃ良かった。頭痛は無理矢理スキルをぶちこんだ影響だね♪まぁそのうち治まるから安心して。それよりあなたは誰?どこから来たの?」
ひどく痛む頭を動かし、正直に言っていいものか考えた。突然『日本の路地裏からきました』なんて言ったら頭のおかしいやつとしか思えないし、日本という地名が通じるとも思えない。かといって上手く誤魔化す事ができる気もしない。だから素直が一番だとおもうんだ。
「日本の路地裏からきました」
「あぁ日本ね、地球だっけ?そりゃご苦労様。日本はわりと多いから安心していいよ。大きな都市に行けばそれなりに同郷と会えると思うわ」
唖然とした。まさか通じるとは…。というか口ぶりからして結構な人数がこの世界にいるようだ。安心したような、がっかりしたような。
「とりあえず立ちなさい。服も濡れてるみたいだし」
と差し出された手を握り俺は気を失った。