私と掃除当番
掃除当番は全部で4人。
特別広い教室という訳でもないから4人で十分なのだ。
メンバーは私と祐兎くん。
それに、クラスのボス系女子・笹川さんと目立たない系男子・横井くん。
祐兎くん含め、私はこのメンバーと話したことはまったくない。
別に人見知りというわけではないが、話しかける理由も見当たらない。
祐兎くんとは話してみたいが、そんな勇気はまだない。
なにせ初恋の人。
どういう風に話しかければ良いのか。
どんなテンションで話しかければ良いのか。
何も分からないのだ。
「凛ちゃーん」
ふと誰かに名前を呼ばれた。
声の方向を見てみると、笹川さんがいた。
胸のあたりまで伸びた髪を指先で弄んでいる。
これは彼女がめんどくさい時にする癖。
人間観察が好きな私はそれを知ってる。
それにしても、まさかこの人が私の名前を知っているなんて・・・。
「なに?」
話したことはなかったが、話せないわけではない。
普通に応える。
「あのさ、あたし用事あるから掃除頼んじゃっていい?」
「え」
さぼりたいだけでしょ。
直感的にそう思ったが、口には出せない。
もし口に出したら私の高校生活が一瞬で終わりを迎える気がする。
「大丈夫大丈夫、3人でも何とかなるって
ね、いい?」
「うん、いいよ」
なんとなく逆らっちゃダメな気がしてしまった。
つい・・・。
笹川さんの目が一気に輝きを増す。
「ありがとう!!
この恩は忘れないから!!」
そう叫んで教室を飛び出していった。
あれは恐らく、外で友達を待たせているんだろう。
「はあ・・・」
おもわずため息が口から漏れた。
祐兎くんの席を見てみる。
彼はちょうど今起きたようで、腕を思いっきり伸ばしている。
そして、周りを少し見渡して微笑んだ。
(?
なんで笑ってるんだろう・・・)
いい夢でも見たのかな?
分からない。
彼の不思議な行動は、私の興味をそそる。
そして、そこが特に彼の好きなところでもある。
不思議少年、それが昔から私のタイプの人だった。
(・・・掃除しよ)
祐兎くんに見とれている場合ではない。
さっさと掃除をしないと、先生がきたときに怒られる。
とりあえず1人で、机を後ろに下げる。
ずっと教室の隅で携帯をいじっていた横井くんもそれに気づいて、机を動かしはじめた。
祐兎くんも音に気づいて、周りを見渡した。
私たちが机を動かしているのを見てハッとしたように立ち上がり、近くの机を下げはじめた。
3人で机を下げているだけでは効率が悪い。
私は机を動かすのを中断して、掃除用具が入ったロッカーへと向かった。
年季の入ったロッカーを開けて、ぼろぼろのほうきを取り出す。
教室の前の方から、とぼとぼとほうきを動かしていた。
(意外と埃あるなぁ)
そんなことを思いつつひたすらほうきを動かしていると、背中の方からだいすきな声が。
「春川さん」
振り向くと、やっぱり祐兎くん。
いつも耳を澄まして彼の声を聴いていた。
知らないはずない。
「な、なに?」
緊張とうれしさのあまり、声が震えてしまう。
「僕も、ほうきするの手伝おうか?」
私が持っているボロボロのほうきを指さして微笑んでくれる。
天使のような笑顔に、思わず顔が緩みそうになってしまう。
「うん、じゃあ、お願い」
「おっけい」
彼はルンルンしながらほうきを取りに行った。
すごく可愛い・・・。
なんだろう、可愛い。
幸せすぎる。
ほうきを動かすスピードも自然と速くなってしまう。
「春川さん」
また。
幸せな声。
「ん?」
「それ、こっちにしたら?」
彼の右手にあるのは、私が持っているのよりも綺麗なほうき。
「え、いいいの?」
「うん、いいよ
女の子が手怪我したら大変だからね」
確かに、私が持っているほうきは持ち手がボロボロで、変な使い方をしたら怪我をしてしまいそうだ。
「で、でも、祐兎くんも手怪我しちゃうよ?」
「いいのいいの
男の手は頑丈だからね」
そういって私の手からほうきを奪っていく代わりに、自分の綺麗なほうきを渡してくれた。
そして、私がやったところの隣から掃除を進めて行く。
祐兎くんって、すごく優しいんだ。
あんなに優しいなんて知らなかった。
いつも男友達と一緒だから。
(手、触っちゃった・・・)
奇跡の連発。
もう、私は死んでしまうのかもしれない。
これからの運を全て使ってしまったような気がする。
(ああ、幸せ・・・)