プロローグ
あの時、○○していれば。
誰だってそんな風に過去を悔やむ事が何度かあるだろう。
「ありがとう」の感謝だろうが、
「ごめんね」の謝罪だろうが。
ただ、一言が言えないばっかりにその後の関係がギクシャクしてしまったり、疎遠になっていったり。
もしくは、余計な一言のせいで予想外に相手を傷付けてしまうなどなど……。
あの時、○○していれば――。
そんな風に、戻ることの無い過去を振り返り、反省を繰り返しどうする事も出来ない負のスパイラルに陥ってしまう。
そんな経験はないだろうか?
……と、人に同意を求めた所でそれが少し前の僕の現状だった。
きっかけは些細な事で、近所に住む幼馴染みの異性とのこれまた些細な喧嘩が原因。
子供の頃から顔馴染みで、双方共に両親とも面識がある僕らは互いの家に遊びに行く事も多かった。
高校一年生になってからもそんな関係が続く、ある日。
彼女が幼少の頃から大事に身に付けていた大切なペンダントを、僕がふとした弾みで壊してしまった。
直ぐに、謝りはしたのだが、そこは慣れ親しんだ仲。
つい、余計な一言が言葉の最後に付随してしまったのだ。
「いい機会だから、買い換えたら?」なんて。
勿論、彼女がその装飾品を大事にしていた事は知っていたし、ましてや買い換える事など有り得ないだろう事は分かりきっていた。
これまで、彼女をすぐ隣で見続けていた僕がそんな簡単な事に分からない筈がなかった。
いつもの軽口のように、彼女も返してくれるだろう、なんて……甘い考えのもと、口から出てしまったのだ。
その時の彼女の様子は、壊れてしまったペンダントを握りしめると、僕に顔を向ける事なくその場を去ってしまった……。
それ以来、僕らが言葉を交わす事も顔を会わす事も無く、数ヶ月が過ぎる。
そして、ある時、僕は彼女が街中を歩く姿を見てしまったのだ――。
同い年の男子と仲良さげに歩く後ろ姿を。
それを見た時、僕の中の何かが音を立てて崩れるような、砕かれるようなそんな音を感じた。
あれから何度後悔しただろうか。
何度あの時に戻りたいと願っただろうか。
あの時の余計な一言が無ければ。
それ以上に彼女の大切な宝物を僕が壊してしまわなければ……。
脱け出す事の出来ない懺悔の中に、一筋の光が指す。
「どうしてもやり直したいかい?」
声の聞こえた先には、犬だか猫だか狸だか分からない生き物が僕に話し掛けていた。
「……君の想いが聞こえてきたんだけど、間違えたかな?」
狼狽える僕に、その生き物が続けた。
「もう一度聞くけど。どうしても、やり直したいかい?」
その生き物が、真っ直ぐに僕を見つめる。
――やり直せるのならば、もう一度、やり直したい。
僕の答えに、その生き物は、
「たとえ、悪魔に魂を売っても?」
そう返した。
それでも、僕の意思は変わらなかった。
どんな代償を支払う事になろうと、もしあの時、あの瞬間を変えることが出来るのならば、と。
そんな僕の想いに、
「分かった。君の願いは受け取ったよ」
その生き物はそう答えると、目映い光を放ち始める。
周りの景色が白に埋め尽くされ分からなくなり、意識が遠退いていった……。
そして、今現在、意識が戻った僕が最初に目にしたものは……。
「フゲッ、グゲゲ」
テレビゲームや、漫画で見るような所謂、『モンスター』の姿だった……。
「……なんか、思ってたんと、違う……」
僕の言葉が、目の前の相手に理解されている筈などなかった。